08.


「一緒にいい?」


 改めて部屋から出てきた鏡子きょうこさんが、俺に向かって首を傾げた。手にはケーキが載ったお皿を持っている。「もちろん」と頷くと、俺と瀬尾せおくんが腰掛けているソファと同色のスツールを向かいに置いて、そこに腰掛ける。


賢治けんじくん、高校生? 三年生だっけ」

「あ、はい。そうです」

「へえ、いいね。やっぱ、大変? 進路とか、勉強とか」

「大変……まあ、そこそこ……?」


 大変、というと、大変だが。

 受験勉強も塾の時間通りにやってるくらいだし、今はまだ塾の時間も増やしていないことを思えば、学生の本文をその通りに消化しているとしか思えない。

 だから、今一番大変なことというと、そうじゃなくて。


「そんな時期に、柳之介りゅうのすけがごめんね」

「え?」

「え、えー!」


 ケーキをもそもそ食べていた瀬尾くんが、もふもふと抗議の声を上げる。


「だって、だって~……」

「柳之介ー、言ったでしょ? 高校生は忙しいんだから、無理強いしちゃだめだって」

「うぇ……でも、賢治さん、いいって言ってくれたもん」

「柳之介がおねだりしたんでしょー? ちゃんと『嫌だったらいいです』って言えた?」

「う……」


 鏡子さんは一つ一つ、瀬尾くんに問い詰めていく。言い方こそ軽快だが、言っている内容は真面目だ。ウッと言葉に詰まるのは、瀬尾くんだけじゃなくて、俺もだった。

 鏡子さんは俺の方に向き直る。


「柳之介から話は聞いてたから、ちゃんとお礼が言いたかったの。賢治くん、この子にかまってくれて、ありがとう」

「い、いえ。大したことは、別に何も……」

「本当はすぐにでも謝りに行こうかって、彼女とも話してたんだけれど……挨拶が遅れたのも、ごめんなさい。何せ相手が全然知らない高校生だし、怒られも断られもしなかったっていうから、どうすればいいか、私たちも迷っちゃって。それに、私たちも“こう”だからねぇ。びっくりさせちゃ悪いし」

「あ、あー……」


 少しずつ状況が見えてきた。

 瀬尾くんと俺の関係を、多分彼女たちは知っているのだろう。俺がそれを断らず、うやむやにしようとしていることも、きっと察している。

 だけど言われてみれば確かに妙だ。小学生に告白されて、怒りもしないし断りもしないし、なんだったらその後普通に遊びに行ってるって。どんな人物像だよ。


 俺かよ。




 普通に礼を言われて、普通に話をした。

 話せば話すほど、普通だった。ただやっぱり、大人の女性二人の間に、小学生の男の子が挟まれている光景は、俺からすると奇妙で。

 違和感を覚えるとともに、納得したのだ。

 これが彼の“親”なんだなと。


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