02.


「あのっ、お兄さん!」


 あのときはちょうど学校帰りで、俺は夕暮れの通学路を歩いていた。高校の最寄り駅から電車に乗り、地元に降りて、繁華街から住宅街へ向かう……その帰り道の、歩道橋でのことだった。

 短く刈り込んだ髪の毛、健康的に焼けた肌、すらりと細い棒のような手足。俺より頭一つ分以上小さな、野球少年っぽい見知らぬ小学生に、唐突に声をかけられた。


 なんだ、落とし物でもしたかな、それを拾ってくれたのかな~……などと、考えていたのだが。


「僕と、付き合ってください!!」


 …………。

 いや。

 いやいやいやいや。


 ランドセルを背負った少年は、腰をほぼ直角に曲げ、手をピンと伸ばしこちらに差し出して、お手本みたいな告白をして見せた。

 お手本みたいな告白をされたなら、俺だってお手本みたいな返事をしたかったが、いや、いやいやいや。


 同年代ともほぼ恋愛経験ゼロの俺が。

 こんな、ちっこい男の子に告白されて、どう答えろと?


 述べておくが、俺はごく普通の男子高校生だ。生まれながらに体の性別は男子で、ココロが不一致、ということもない(だとしても、まったくモテてもいないが)。好きになった相手も今のところみんな女性で……あーでも、男性に魅力をまったく感じないかというと、別にドラマや映画に出てくる俳優が、かっこいいなー、くらいは思うけど……。


 けど、それくらい。普通のレベルのはずだ。


 親友の雄太ゆうたがベタベタくっついてくるので、小さい頃はからかわれたこともあったが、あれはノーカンだろう。あいつはああいうやつだ。



 ともかく。



「ほんと、人違いじゃないかな」

「人違いじゃありません!」

「あの、初対面だよね? 俺、君のこと知らないけど」

「はい! 話すのは初めてです!」

「君は俺のこと知ってたってこと?」

「知ってました! 僕、この近くの美原みはら小学校に通ってて!! お兄さんのこと、よく見かけてました! 毎朝七時半にここを通りますよね!」


 大正解。しかも母校一緒じゃん。


「あっ、えと……ごっ、ごめんなさいっ。変なこと言って……き、気持ち悪いですよね!

 こ、こんな、登校時間とか知ってて……ストーカーみたいな……すみません!!」


 少年はおろおろと目を泳がせる。年不相応に大人っぽかったのに、その瞬間幼さが戻ってきて……正直に言うと、俺には身近に幼い知り合いや親戚がおらず、ちびっこ免疫が不足していたので、軽くズッキュンと胸を撃ち抜かれていた。なんだこれ、かわええ。


「気にしなくていいよ。登校時間くらい、地元の人なら知ってても変じゃないし」

「あ……ありがとうございます」

「いや、まぁ、それはそれとして……」


 やべぇ、話題の戻し方わかんねぇ。


 俺が戻していいのかもわからないし、なんと戻していいのかもわからないし、なんだったら、このまま話がうやむやになってくれれば……。


「あの、本当に、お兄さんのことが好きなんです! 付き合ってください!」


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