異変
セレネに着いた二人は言葉を失う。
そこにはゴスミア随一の街などなく、あるのは瓦礫と死体が転がり燃え盛る廃墟と化していた。
街には焼け焦げた匂いと流れた血の匂いが混じり合い、酷いものだった。
リアニは湧き上がる吐き気を何とか抑えながら、ミシェルが住んでいた学校の寮というものを探す。
しかし土地勘もなくその学校というものも見たことがないリアニにとって、瓦礫まみれになったこの街からその建物があったとされる場所を探すのは至難の業だった。
「ねえ、お姉ちゃん! 何か方法はない? 急いで見つけて助けてあげないと!!」
焦るリアニを落ち着かせカリスは周囲にメフィスの魔力を持った人間がいないか探す。
メフィスが分け与えた魔力を持った人の処理は全てカリスに一任されていて、他のものが手を出すことは許されていない。
そしてカリスはミルクヴァットの人々には未だに何も手を下していない。
それはつまり、ミシェルはまだメフィスの魔力を少し持っていることになる。
「見つけた。あの瓦礫の山の奥」
カリスは勢いよく駆けだす。
リアニもそれに置いて行かれることなくついて行く。
しかしその道中、順調に進めるわけではなく、暴れまわる人が何度も襲い掛かってくる。
「チッ! 邪魔すんな!」
二人は行く手を塞ぐ人をなるべく傷つけないように魔力で圧縮した空気の球をぶつけて吹き飛ばす。
しかし目標に近づけば近づくほど妨害が激しくなる。
まるでそこに近づけさせまいとしているかのように……。
「キリがないっ……!」
「あともう少しなのにっ……!」
二人の焦りをさらに煽るかのように増える行く手を阻む人々に、カリスはついに限界を迎える。
「ごめん、リアニちゃん。私にしっかり掴まってて」
リアニは急いでカリスの体にしがみつく。
「――吹き飛べぇ!」
その言葉と共にカリスは魔力を周囲一帯に思いっきり解き放つ。
それは瓦礫や人々もろともを一気に吹き飛ばし、半径十数メートルを更地にする。
「よし、行くよ!」
再びミシェルがいるであろう地点へ向かって駆けだそうとする――。
「――ッ! お姉ちゃん! 危ない!」
リアニは目の前で駆けだしたカリスに飛びつく。
次の瞬間、空から降ってきた何かが大きく地面を震わせた。
すんでのところでそれを倒れこむように回避した二人はすぐに体勢を立て直す。
砂煙の中姿を現したのは大きな岩の塊だった。
「あーあ……もうチョっとだっタのに……」
その声の主は空からふわりと降りて来る――。
二人の目の前に現れたそれは、ボロボロの白いローブを纏い、右腕には魔力でできた火球をいくつも漂わせ、その顔は大きな白い魔女帽が影になってよく確認できない。
しかしその姿は一年前の彼女と大きく異なり、頭には角が生え、右肩から岩のようなものが突き出し、腰のあたりから蝙蝠のような大きな翼が生えていた。
ただその声はどこか不協和音が混じっているものの、一年前に姿を消したあの魔女にそっくりだった。
「師匠……お久しぶりですね。ずいぶん趣味のいいお姿になられたようで……」
「フフフ……カっこいイでしょ? ア、リあニちゃんモ、ヒさしブりだネ。げンきそうデ、なにヨりだヨ」
「お姉さん……?」
明らかに人から外れた姿をしたメフィスは頭を上げ、その顔を二人に見せる――。
二人はその顔を見て言葉を失った。
彼女の顔の右半分はやけどをしたような傷ができており、右目は白目であるところが黒く、瞳孔は赤く染まっていた。
左の頬の辺りには右肩から突き出しているような石が少し現れてきており、まるで体が石に侵食されているようであった。
「それで……師匠はどうしてわざわざ私たちの前に……? 私としては探す手間が省けたのでありがたいですけど……」
魔法を構えつつ表面上はカリスは平静を保っているようだったが、メフィスの明らかな変化と彼女からあふれ出る魔力の質と量に気圧されていた。
「ドうしテって……そレはもチロん、コのかっこイいスがたヲ、かリすをリあにチゃんにほめテもらうたメだヨ」
そう言うと目の前のメフィスのような化け物は自分の魔力を解放する。
そのどす黒い濃密な魔力にあてられて二人は思わず膝をつく。
「アハハ! ドう? あのトきのりアニちゃンよりワたしのホうがすゴいデしょ!」
「くそっ……! これじゃお友達を助けるのに間に合わなくなる……。リアニちゃん、私が時間を稼ぐから、その隙に助け出して、できるだけ遠くに逃げなさい」
「で、でも……」
「大丈夫。お姉ちゃんを信じなさい!」
カリスはリアニへウィンクしてやると、思いっきり地面を蹴り飛ばしてメフィスの懐へ近づき、魔力を込めて具現化させた氷の槍で思い切りその体左胸から右肩に向けて貫く。
メフィスは油断していたからか、その攻撃をもろに喰らってよろめく。
リアニはその隙を逃さずに、カリスが言っていた目標地点を目指す。
すぐに体勢を立て直したメフィスは離れていくリアニを逃さないように、左手を突き上げ、自分を中心としたドーム状の魔力の壁を上から生み出す。
「させるかよ!」
カリスはメフィスの頭上に巨大な氷の塊を生み出し押し潰そうとする。
「はァ……」
メフィスはその攻撃を防ぐために、一瞬魔力の壁を生み出すことから意識が逸れる。
そのおかげでほんの一瞬壁ができるのが遅れたことにより、リアニはギリギリ壁の中に閉じ込められることなく、そのままミシェルの元へ駆けだしていった。
頭上の氷を跡形もなく消し、刺さった氷の槍を抜きながらメフィスは残念そうにしていた。
刺されていた箇所は傷跡が残ることなく瞬時に再生する。
「チッ……にゲられチャった……。まアいいヤ。かりスはほメてクれるモんね?」
「そんなきっしょい姿になったババァのどこを褒めりゃいいんですかぁ?」
カリスはこの場の空間魔法力を利用して、周囲の温度を氷点下以下にまで下げる。
ドーム内を一気に凍り付かせると、カリスは右手に片手杖を具現化させて構える。
メフィスはふわりとそのまま宙に浮きあがると、右手を前に出して魔力を放つ構えをする。
「ぜんブよ。ワたしノぜンぶがカっこイいといいナさイ!
その言葉と共に、まるで火山が噴火したかのように大きな火球が次々と放たれる。
その火球を的確に魔力の壁で捌きながらカリスも反撃に出る。
「羽が生えたらかっこいいとか、顔に傷があったらかっこいいとか、目の色が違ったらかっこいいとか、全部ガキの考えそうな物ばっかだなぁ? 全部詰め合わせた今のあんたはキャラが渋滞した化け物そのものだよ!」
自分の周りに鋭くとがった一メートルほどの氷の槍を魔力で大量に生み出し、それをいろんな方向へ飛ばし、メフィスに四方八方から浴びせる。
「かリす、アなたコんなニよワいまほウしか、ツかえませンでしタっけ?」
そう言うとその槍はメフィスの体を貫く前に溶けてしまう。
段々と周囲の温度が上がっていき、カリスは上手く氷を魔力で生み出せなくなる。
「あーア……コおりツかエなくナっちゃッタね」
メフィスはニヤリと微笑むと先ほどよりも出力を上げた
出力の上がったその魔法は、カリスの魔力壁をいとも簡単に破り、その身を焼き焦がした――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます