不穏

 二人がルーメンで暮らし始めてから一年が過ぎた。


 この一年間、リアニはカリスに魔力の制御、魔法の応用、二つを組み合わせた立ち回りなどの戦い方、そしてこの世界の昔と今、各種族のことなど、常識とも呼べるものを教わった。


 また定期的にミシェルからの手紙も届き、学校であった出来事やセレネでの生活など、不慣れな環境ながらも頑張っている旨が綴られていた。


 自分もカリスと一緒に……とは書けなかったので、父親と一緒に魔法の勉強をしていると返信したりして、文通を楽しんでいた。




 そんなある日、いつものようにミシェルから手紙が届く。


 次はどんなことがあったんだろうと、ワクワクしながらその手紙を開けたリアニは、それを見て驚き思わず悲鳴を上げる。


 彼女の悲鳴を聞いて実験を放り出してすっ飛んできたカリスは、顔を覆って涙を流すリアニをなだめながら、彼女が落とした手紙の内容を見る。


 そこには少し焼け焦げた紙面いっぱいに狂ったように”助けて”と書かれていた。


 カリスはすぐに父親が開発した小さな端末で組織と連絡を取り、セレネで今何が起こっているか、状況の確認を試みる。


 しばらくして組織の者から耳を疑うような情報を聞かされる。




 「セレネにいきなり現れた魔女が一部の人を洗脳して暴動を起こさせ、ゴスミアのあらゆる町や村を巻き込んで戦争を起こし始めた」


 「その戦争で湖周辺の町や村は壊滅状態。死傷者は数えきれないほど出てしまっている」




 いきなり訳の分からない情報を聞かされ混乱するも、カリスはある点が気になり聞き返す。


 「……そのセレネに現れた魔女って?」


 「……こちらの者ははっきり顔まで視認したわけではないので、必ずとは言い切れませんが……上がってきた報告にから……おそらくメフィスの仕業ではないかと……」


 それを聞いたカリスは怒りのボルテージがマックスにまで上がる。


 この一年間、メフィスはその姿を隠し、全く目撃情報が出なかった。


 彼女が利用していたとされるミルクヴァット近くの小屋はもぬけの殻となっており、ミルクヴァットの町民にストラのことを聞いてみるも「そんな人は知らない」の一点張り。


 最初は町ぐるみで彼女の行方を隠蔽しているものと思われていたが、調べてみるとストラという魔女の存在自体がその町から消されており、彼女の記憶もまたすべての町民から消されていた。


 彼女は全ての痕跡を完璧に消し去りどこかへ消えてしまったのだ。


 その彼女がいきなり姿を現し、あろうことか戦争の引き金を引いたというのだ。




 カリスはその真相を確かめるため、ゴスミアへ行く準備を始めると、先ほどまで泣いていたリアニが近づいてくる。


 「お姉ちゃん、私も連れて行って」


 「だ、だめ! 向こうで今起きてるのは戦争なんだよ! あちこち人が死ぬような場所にリアニちゃんは連れていけない!」


 「でもっ! でも……私の大切な友達が……助けを待ってるの……。私が……私が助けに行かなきゃ!」


 カリスがどこかへ行こうとする時、リアニは興味心でついて行くと言い出すことが多かった。


 しかし今回はそんな心は一切なく、ただ真剣に友人を救いに行きたいという思いでカリスにお願いしていた。


 その眼に宿る覚悟は本物で、カリスはどれだけ反対しても無駄になるだろうと思った。


 「……わかった。ただこれだけは約束して。そのお友達を助けたら、すぐにゴスミアから離れて。もし巻き込まれたらリアニちゃんだって、そのお友達だってただでは済まなくなるよ。いいね?」


 カリスの念押しにリアニは強く頷くと、手短に用意を済ませて二人はすぐに出発した。




   *




 燃え上がる街の中、人々の叫び声や悲鳴の中に、ゆったりと街中を観光するような足音が混じる。


 まるで夢のような美しさで、非現実感あふれる街並みは悉く瓦礫となり、見る影もなくなってしまっていた。


 その中を優雅に歩くその影は燃え上がる炎に見惚れ、逃げだす人々の悲鳴に耳を傾ける。


 なりふり構わず襲い掛かる人がその影に近づくと、次の瞬間容赦なく灰となる。


 それに満足したその影は再び歩み始める。


 その歩調はまるで平和な街中で買い物を楽しむ女の子のようだった――。




 「フフッ……はやく……こナいかナぁ……」




   *




 ゴスミアはルーメンから一番離れている大陸であり、その移動には一週間単位の時間がかかる。


 しかし急いでいた二人は魔力切れを気にせずに一直線に飛んで行った。


 その結果、本来は早くても一週間かかる道のりを、たった三日で駆け抜けてしまった。


 カリスはさすがにこれは堪えたのか、ゴスミアへ着くころには息を切らしていたが、リアニには一切そんな様子はなかった。


 改めて妹が保有する魔力の量を思い知り、軽く引きながらその魔力を分けてもらっていた。


 二人が上陸したのはゴスミアの北西部の砂原。


 あたりは何もなく、特に変わった様子は感じられないが、しばらく魔力を温存するために陸路で進んでいると、その変化を目の当たりにすることとなる。


 湖周辺にはいくつか町や村があり、その中で特筆して大きな町は四つある。


 一つ目は湖南西部に位置する町ミルクヴァット。


 ストラがその姿を消した後の町は、その前と比べて若干活気が落ちたものの、大通りの人混みは健在だったが、戦争に巻き込まれその見る影もない。


 二つ目は湖北西部に位置する町オアリア。


 砂原から湖への門番のような立ち位置のその町は、昨年エンデに襲われてからそのままであり、今は盗賊や追放者が住み着く場所となっている。


 三つ目は湖北東部に位置する町ミアルバーチェ。


 研究の町とも呼ばれるその町は魔力にとって代わる新たなエネルギーの開発に勤しみ、その成果が出始めていた。


 最後に湖南東部に位置する街セレネ。


 他の町とは一線を画すほど発展したその街並みは、ゴスミア随一と言われるほどの物であったが、突如としてもたらされた戦火に飲み込まれてしまった。




 二人が一番初めに目にしたのは北西部の町オアリア。


 ここは昨年すでに廃墟となり、盗賊や追放者が住み着くだけの場所となっていたはずが、この場も戦場と化し、至るところから刃物を振り回す音、大きな爆発の音、建物が崩れる音、逃げ惑う人の悲鳴、叫び声が聞こえる。


 彼らは何かと戦っているのではなく、本能に任せ、ただ暴れているようだった。


 それを抑えようとするもの、そこから逃げようとするもので、その場は混乱を極めていた。


 「くそっ……! 何がどうなってるの……!?」


 「早く……早くいかなきゃ……。お姉ちゃん! 私すぐにエルちゃんを助けに行かなきゃ!」


 そう言うとリアニは狼型の召喚獣を呼び出してセレネの方へ勝手に駆けだしてしまう。


 「あっ! ちょっと待って! 勝手に行ったら危ない!」


 その後をカリスも同じ召喚獣を呼び出してすぐに追いかける。


 すぐ目の前にある目的地に集中して二人は空から自分たちを見下ろす影に気づかなかった。




 「……」




 その影は何をするでもなく、二人をただじっと見つめていた――。

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