魔女
目の前に落ちた雷を皮切りに大粒の雨が降り始める。
雷が落ちた道路は舗装が抉れ、下に隠れていた地面が剝き出しになっている。
開いた扉の前には大きな黒いウィッチハットを被り、漆黒のローブに身を包む女性が立っており、彼女ははリアニへ向かって笑顔で手を振る。
「ハァ~イ、久しぶりだね、リアニちゃん。雷と一緒に出てきてみたけど……かっこよかったかな?」
突然現れた魔女カリスにリアニは腰を抜かしてしまう。
ストラが負わせた火傷は綺麗さっぱり治っており、その顔には相変わらず不気味な笑みが浮かべられていた。
「な、なんで……ここに……?」
「ん~……ちょっとした観光? 何日か前にとってもつよ~い魔力を感じたから、その見学も兼ねてってとこね。お邪魔しま~す」
ゆらゆらと近付き店の中へ入って扉を静かに閉めたその魔女は、魔力で濡れてしまった帽子と服を一瞬で乾かすと、腰を抜かして立ち上がれないリアニを横切ってカウンター席の中央へ座る。
リアニの彼女を怖がる様子と彼女から出る異様な気配に店の中は緊張した雰囲気が流れる。
「そちらの可愛い店員さん。私お腹空いちゃったんだけど、何か温かい物はある?」
カリスに視線を向けられたミシェルはその笑顔に乗せられてきた威圧感を前に体がこわばってしまい、いつものように流れるように素早い対応ができなくなり、まるで働き始めの店員のようなたどたどしいものになってしまう。
「えっと……ではビーフシチューなど……いかがですか……?」
「いいわね。それでお願い。それと……そんなに緊張しなくても大丈夫。いきなり襲い掛かったりしないから」
カリスから注文を受けると、ミシェルは逃げるようにキッチンの中へ引っ込んでしまう。
カリスは「あらあら……」と怯えるミシェルからリアニのいる方へと視線を移す。
リアニは恐怖で震える手足を何とか動かして、ようやく立ち上がるもその場からは一歩も動けなかった。
「フフッ……リアニちゃん、隣に来て。一緒にお喋りしましょう?」
どこか不協和音のようなその声を聴いた瞬間、リアニの体はまるで操られているかのように、本人の意思とは関係なく動き、言われたように隣の席へ掛ける。
動悸が激しくなり、呼吸が浅くなる。
手足はガタガタと震え、全身から嫌な汗が流れだす。
聞きたいことは山ほどあるはずなのに、その口は上手く言葉を紡ぎだすことができない。
――突如震える手を真っ白な両手が優しく包み込むように触れてくる。
その手は氷のように冷たく、まるで死人に触れられているような感覚が伝わってくる。
「フフフッ……その顔。本当に可愛らしい……。そう言えば、師匠はどこに行っちゃったの? もう死んじゃった? そんなわけないか。あのしぶとい師匠の事だもの。どこかで人助けでもしてるんでしょ? くだらない。そんなことしても罪は消えないって言うのに」
カリスがそう言い切ったタイミングでミランダが料理を持ってくる。
リアニはカリスの言った”罪”という言葉が引っかかって思わず「罪って?」と聞き返してしまう?
出されたシチューを口に運び、それをよく味わってから飲み込む――。
彼女のその所作一つ一つにはフェリステアで見せた狂気は微塵もなく、優雅な気品が感じ取られる。
水を一口飲んで口の中をリセットした後、カリスはリアニの疑問に答え始める。
「はぁ……やっぱり都合の悪いことはすぐに隠して誰にも話さないんだね、あの人って。師匠はね、”一つの国を滅ぼしたとんでもない魔女”だよ」
カリスの言葉に居合わせた四人の間には衝撃が走った――。
あのストラが、この町よりも規模の大きい国を滅ぼしたというのだ。
到底信じられることではなく、デタラメであると誰もが思った。
リアニは声を震わせながら「嘘だ……」と口にするが、カリスはそれを否定する。
「本当の事だよリアニちゃん。まだ世界に
カリスが饒舌にそう語ると、目の前のシチューをさらに口の中へと運び、その味を堪能する。
その様子を店の端で佇んで聞いていたミランダがいきなり声を荒げる。
「ふざけないで! 私たちを救ってくれたストラ様はそんなことしない! 子供たちの前でデタラメな嘘で彼女を侮辱するのはやめて!」
リアニとミシェルは彼女の怒りがこもった声に驚き体を震わせる。
顔を赤くし、目には涙を溜めながらカリスをにらみつけるその眼は、必死に彼女を威嚇する。
それに続き、キッチンからハンスが出てきてカリスの横に立つと、カウンターを強く叩きつける。
「お客さん。お代は要らないからそれを食べ終えたらすぐに帰ってくれないか? ストラ様は僕たち、いやこの町の人達の命の恩人だ。その人を侮辱するなら……どうなるか分かるだろう?」
二人の急変した様子にリアニは怖くなり、キッチンにいたミシェルの元へと駆け寄り二人で体を合わせて、何も目に入らないようにしゃがんで目を瞑る――。
ハンスとミランダは鬼の形相でカリスへ詰め寄るも、カリスはその二人を全く気にせずにシチューを残さず食べきると、再び話を続ける。
「おめでたい連中ね。――ねぇリアニちゃん。この町に来た時、おかしいと思わなかった? 最初師匠にゴスミアに行こうって言われた時、お母さんは行きたくないっていう様子じゃなかった?」
カリスにそう言われ、リアニは当時の様子を思い出す――。
彼女の言う通り、メルティスはゴスミアの人間の性格から自分たちは受け入れられないと心配し、その提案をすぐに承諾することはなかった。
またストラ自身もゴスミアの人間にはそういう一面があることを認めていた。
しかし結局リアニに押し負ける形で渋々承諾した彼女の様子を思い出したリアニの中には、ある疑問が生まれる。
――なぜ今私はこの町の人々に受け入れられているのだろうか?
「思い出した? 私たちのお母さんは最初、ここへ来ることを嫌がった。ただリアニちゃんの可愛さに押し負けちゃったの。でもこの町は聞いてた様子と全く違って、師匠と一緒にいるとちやほやされた。本来は正門の前で待ちぼうけていた奴らの一員になるはずだったのにね。でもそうはならなった。それはね、リアニちゃんの傍に師匠がいたからなの。この町は師匠が作ったあの魔女の理想郷であり隠れ蓑。自分の罪を隠して、困っている人や弱い立場の人を騙して一つの場所に集め、表面上は「私はいい人ですよ~」って取り繕って、自分に都合がいい場所を作り出してるの。わかる? この町の人達は人殺しを敬い、庇っているの。リアニちゃんは今その仲間になりかけてるんだよ」
その発言に怒りが頂点に達したハンスとミランダはカリスを取り押さえて、その頭をカウンターに押さえつける。
そこまでされてもなお、カリスは余裕の表情でリアニへ話を続ける。
「リアニちゃん。こうは思わなかった? 『この正門の前の人達も入れてあげることはできないのかな?』って。でも師匠は入れてあげようとはしなかったよね? それはね、自分にとって都合の悪い人、つまり自分の罪を知っている人が町に入らないようにするためなの。自分の理想郷が壊されないようにね」
「黙れ魔女! お前に俺たちの何が分かる!? ストラ様が大罪人? そんなわけないだろ! リアニちゃん、この女の話は全部デタラメだ! 信じてはいけない!」
ハンスが声を荒げると、その様子を耳にしたミシェルは恐怖で泣き出す。
対してリアニは酷く冷静で、恐怖は一切感じず、泣き出してしまったミシェルの背中をさする。
リアニはカリスの話した内容を信じたわけではないが、いくつか合点がいく内容も多かったその話は、ストラを待ち続けるという行動を変えさせるには十分だった。
「カリスお姉さん。一つ、私のお願いを聞いて――」
「いいよ。なんでも聞いてあげる」
「――私を、ストラの元へ連れて行って」
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