不安

 ストラがリアニを店に預けてから三日の時が過ぎた。


 ただ待つだけなのは申し訳ないと感じたリアニは、店の手伝いを申し出る。


 最初は「気にせずにいてくれていい」とその申し出を断っていたハンスとミランダだったが、やがてリアニに押し切られてしまう。


 ずっと三人の働く様子を見ていたからだろうか、その働きぶりは初めてのものとは思えないほどだった。


 リアニは働く中でいろんな話を耳にした。


 中でも特別印象に残ったものは警備の人間が化け物に襲われて亡くなったという話である。


 町中はその話で持ちきりで、人々の間には不安や恐怖が蘇り始め、明るく賑やかだった雰囲気は徐々にどこか暗く重苦しいものへと変わっていった。


 いつまでも迎えに来ないストラに何かあったのではという不安に駆り立てられるも、リアニはその不安を押し殺し、彼女を信じて待ち続ける――。




 翌日、分厚い雲が空を覆う中、町中の混乱を抑えるため町長であるヴェルナーが次のように声明を出した。


 「警備の兵士が化け物に襲われたことは本当であるが、現在ストラをはじめとした町中の魔法使い、外部のエンデの調査員などの力を借りて、全力で事の解決にあたっている。町の安全は必ず保証するのでどうか安心してほしい。そして事態が解決するまで、町の出入りは禁ずる」


 その声明で出された”ストラ”の名を聞いた町民には安堵の表情が浮かぶ。


 「彼女がいるなら安心できる」、「彼女がいれば、あの化け物だって怖くない」、「この事態はすでに解決したようなものだ」といろんな声が聞こえる中、リアニの中の不安はより一層重みを増していく――。


 もし相手がヴェルナーが言っていた特殊なエンデなら、尚更事態の解決は難しくなるだろう。


 最悪、自分たちも正門前に集まっていた人たちのようになる可能性も十分にあり得るのだ。




 彼女にもできないことはあり、万能ではない。


 これは彼女と共に暮らしたことのあるリアニだからこそわかる真実――。


 とてもすごい魔法が使えるから、傷や病を治すことができるから、いろんなことを知っているから、彼女にかかれば何でも解決してしまうと、そう思われてしまう。


 しかし彼女もリアニやミシェル、町民のみんなと同じ”人”に過ぎない。


 皆と同じようにご飯を食べ、おしゃれな服で自分を着飾る。


 皆と同じように嬉しかったり、楽しかったりするときはよく笑い、辛かったり、悲しかったりするときは涙を流す。


 整理整頓が苦手で部屋を散らかす一面だってある。


 彼女も完璧ではないのだ――。




   *




 時はリアニが初めてストラと町へ行った日の夜にまで遡る――。


 小屋まで戻った二人は、荷物を食品が入った棚の近くに置くと、ふかふかしたソファに座る。


 いろんな初めてに触れたリアニは、改めて今日あった出来事を振り返る――。


 大通りの人々の賑わい、初めて見る建物や食べ物、突如として告げられた特殊なエンデの存在、そしてミシェルという女の子との出会い――。


 驚きの連続であったが、これらの中で何よりも印象に残ったのは、ミシェルとの出会いだった。


 初対面である自分をとても気に入ってくれ、明るく接してくれた。


 彼女の店のシチューと彼女の笑顔や仕草、かけてくれた言葉はとても心温まるものだった。




 不意に胸の奥が熱くなる――。


 何か大きな力のようなものが溢れ出すような感覚に包まれる――。


 するといきなりストラに肩を掴まれ、驚きのあまり変な声が出る。


 「リアニちゃん……その魔力は……」


 訳も分からずあたふたしていると、ストラはハッとし肩を掴む手を放して謝罪する。


 「ご、ごめん、驚かせちゃって……。リアニちゃん、今自分の体から何かがぶわぁ~って出て来る感じがしなかった?」


 「う、うん。胸の奥が熱くなって、すごい力みたいなのが溢れていくみたいな……」


 「リアニちゃん! それ! それはリアニちゃんの魔力なんだよ!」


 ストラは興奮した様子で戸惑うリアニへ魔力について説明し始める。


 「魔力はいわばその人の強い思いの結晶みたいなものなの。例えば、相手のことを守りたいって強く思うと、ぞの人の傷を癒したり、守るための壁を魔力で作ることができるの。逆に相手のことを攻撃したいって強く思うと、その人を痛めつけたり、そのための道具を生み出したり、魔力で魔法を使うことができたりするの」


 「思うだけでいいの?」


 「そう。空を飛びたいって思うだけで空が飛べたり、部屋を片付けたいって思うだけで、本や紙を自分の思う場所に動かせたりできるの。ただその魔力っていうのは才能がいるよって話をしたの覚えてる?」


 リアニはフェリステアの洞穴で教えてもらっていた彼女の授業について思い出す。


 「確か、魔法は魔法力を使うから魔法を知っていれば誰でも使える。魔力干渉は才能がないと使えないものだって言ってた」


 自分の教えを正確に覚えてくれていたことに感動して、ストラは思わず彼女の頭を撫でる。


 「その通り。今リアニちゃんはその才能を開花させたの。とってもすごいことだよ! しかも今溢れ出てきた魔力、無意識に溢れ出ちゃったものだと思うんだけど、私よりもすごい魔力だよ!」


 リアニは自分がストラより優れた力を持っているという言葉に耳を疑った。


 リアニはどう口に出したらいいのか分からず戸惑っていると、ストラは棚にしまってある本を何冊か魔力で動かし目の前の机に積んで見せる。


 「リアニちゃん、さっきのすごい力の感覚を思い出しながら、この本を元の位置に戻したいって強く念じてみて。手を本へ向かって突き出してそこへ意識を集中させると上手くいくと思う」


 ストラに言われた通りに手を前に出し、その先の本に向かって強く念じてみると、目の前の本はもの凄い勢いで元の位置に戻っていく。


 あまりの勢いに唖然としてストラの方を見ると、彼女はきらきらと輝かせた目でリアニを見ていた。


 「すごい! すごいよリアニちゃん! その力、やっぱり私よりも強いものだよ!」


 「え、えっと……あ、ありがとう……? お姉さん、魔力の使い方もっと教えて」


 ストラは待ってましたと言わんばかりに、リアニへ魔力のあれこれを教えていく。


 その授業が終わったのは空がやや明るくなり始めた頃だった――。




   *




 四人は昼の営業を無事に終え、夜の営業に向けて準備を進める。


 各々が着々と準備を進める中、リアニの手はあまり動いていなかった。


 ヴェルナーより出された声明が頭から離れず、絶えず不安が彼女を襲っていた。


 その様子にいたたまれなくなったミシェルは、優しく彼女へ声をかける――。


 「リアニちゃん、ストラ様ならきっと大丈夫だよ。だってフェリステアで化け物からリアニちゃんを守ってくれたのはストラ様なんでしょ? なら今回もきっと大丈夫。だから信じて待ってあげよ? ストラ様は絶対にリアニちゃんを迎えに来てくれるから……」


 「うん……。ありがと、エルちゃん。そうだよね、お姉さんならきっと……大丈夫だよね……」


 ミシェルは不安に押しつぶされそうなリアニの震える背中を撫でてやる。


 自分と同じほどの背丈なのにもかかわらず、その背中は自分のものよりもとても小さく感じた。




 しばらくして、夜の営業を始めようと店の看板をひっくり返そうと、リアニが扉に近づく――。


 すると目の前がぴかっと眩しく光り、轟音と共に地面が揺れた。


 目を開けると、次の瞬間――店の扉が開けられる。




 そこに立っていたのは――終焉の魔女カリスだった――。

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