悪役領主の息子は最弱スキル『蔓』の力で世界平和を望む~嫌われっぱなしだっていい。勇者にさえなれるのなら~
@sakumon12070
第1話
カズラという少年がいた。カズラの暮らすユーキルダクト領には、ルーンという村がある。山に囲まれた丘に場違いなほど豪勢な屋敷を構えた土地である。カズラはその窓をのぞき込み、遠くから馬車がやってくるのをぼんやりと眺めていた。
だが、自分では興味本位にのぞき込むことすら叶わない。そう思って、部屋の椅子に再び深く腰掛けるのであった。
目の前にあるのは拷問道具の山。カズラは常日頃から、あらゆる痛みに耐えられるよう訓練を受けていた。同じ年頃の少年少女が剣術や魔法の腕を磨く中、彼に施された教育は、ただそれだけだった
「俺のような子供を捕まえてSMプレイとは、父上殿は全くもって趣味がいいな」
◇
カースト、というものが世の中にはある。それはここ、ルーン村でも同じことだった。親の家柄、財力、魔物という脅威へ対処できる武力、深い知識を必要とされるが何かと便利な魔法が使えるか否か。様々な要因を持ってしてその順位は決まる。
それが一般社会のカースト。しかし、この世界にはもっと分かりやすいカーストがある。それは、スキルカーストである。
「あなた! レインの魔法をお願い」
「おお。ほらよっと。俺の水はよく農作が育つぞ」
「流石ですなあ……もう芽が見えてきましたぞ。ただの水魔法じゃこうもいかない。これも、ご主人の『活性化』というBランクスキルのおかげですな」
スキル。人間が生まれ持つ才能。それは遡ること三千年。旧文明崩壊のきっかけでもある、『超常の日』。その日、ほとんどの子供に特殊能力が授けられたのだった。例えば腕がどこまでも伸びるスキル。農作物を活性化するスキル、果てには自らを古代の龍に変化させるスキルまであると言うのだから恐れ入る。
それは現代の社会において、大きなヒエラルキーを獲得していた。その原因は、魔物だ。人間にとっては未知との遭遇である脅威。それに対抗するのにスキルの持つ威力は一番の恩恵だったのだ。
「ヒールキラメのお嬢様がいらっしゃったぞ!」
「本当!? あの聖女様が……。握手なんて……ああ、いけないわ! こんな庶民の手で聖女様を汚すわけにはいかないもの!」
自然、強い者は上位へ入る。カースト上位にはそれなりの理由があるのだ。特に、魔物や悪魔と常に対峙しなければならない強者こそが絶対の世界では、誰もが上を見て尊敬している。貴族という称号に大きな意味が出たのは、ちょうど同じ時期のことだ。
強い者が讃えられ、弱き者は自分を守ってくれと慈悲を求めるようにサポートの限りを尽くした。それによって出来上がった構図が、貴族である領主とその庇護を被る領民というものだ。かつて旧文明と呼ばれる時代には、誰もが手を取り合い平和を築いていたと言うが、もう今やそんな希望は見る影も無い。
「でもどうして、お嬢様がこんな小さな領地に……」
「ほら、あれだろ……。領主、ユーキルダクト家への嫁入りだろう。可哀想になあ。この時代に政略結婚なんて、時代錯誤も良い所だぜ」
「あら。私は財力にものを言わせて領主様がヒールキラメ家の領地を買い取ったって聞いたわよ。そのための人質みたいなものらしいわ。ああ、なんてお痛ましい……」
そして、そんなカーストの中でも、最底辺というものは存在する。本来、カーストとは三角形の図になるのが正しいが……正確に言えば、菱形なのだ。
「やあやあ! よく来られましたなあ。ヒールキラメ殿。道中、大事なかったようで何よりです」
人々の注目を集めていた大型の馬車がその何倍もある大きな屋敷の前に止められた。そこに現れたのは、この領地を預かっている貴族、ユーキルダクト家当主だった。そして、馬車から降りてきたのは、やや小太りな剃髪の中年、ヒールキラメ家の当主である。
「はあ……。いえ、いえいえ。どうぞ、私のことはデインとお呼びください。ユーキルダクト様。あなたのご支援無しに我が領土は病から救われませんでしたから」
「ん、それならデイン殿。我が領地はいかがですかな。今年は豊作にも恵まれ、此度の結婚を祝うパーティも開く予定なのですよ」
結婚を祝う。その単語にデインの頬が引きつった。デインには一人の娘がいる。Sランクのスキルを所有する、器量も良い、自慢すべき愛娘である。
そして、ユーキルダクト家にも一人の息子がいる。これがまた問題なのであった。ランクGのスキルしか所有せず、大した武力も魔法もないという。裕福な家に生まれたがために甘えきって親のすねどころか領民のすねすらかじる俗物だともっぱらの噂である。
(そもそも、今回の来訪は支援金の礼をするためだ。だというのに、結婚だって? 全く、人の弱みにつけ込んで……さすがは『蔓』の紋章を持つ寄生当主だ。がめついにも程がある。我が領土の毒だって、ひょっとして貴様らが仕込んだのではないのか?)
そんな言葉がデインの脳内で叫ばれる。しかし、もちろん口に出すわけには行かない。
「……父上。こちらがヒールキラメ様ですか」
そこへ、どこか鬱屈したように見える……これはもはやデインの偏見だが……黒髪の少年がやってきた。ただの男爵家の息子が、同じだけ……いや、もっと高い地位にいる来賓より、当主より後に現れるとは、尋常では考えられないほどの無礼である。
「初めまして、君が……カズラ君だね。ユーキルダクト様からよく話を聞いているよ」
「……どうも。お恥ずかしい話ばかりでしょう。まあ、最期の旅行を我が領土で送られるとは……いえ、どうぞ、お楽しみ下さい」
最後? と、デインに耳にその言葉が引っかかる。だが、その真意を聞く前にその少年の背は当主によって押されてしまった。その仕草はデインの鍛え抜かれた目を持ってしても僅かにしか見えなかった。
「……では、僕はこれで失礼いたします」
第三者から見れば、カズラと呼ばれた少年は握手もそこそこに去って行ってしまう。それを見た領民がまたひそひそと。
「おい、見ろよ。カズラ様の傲慢っぷりをよ……。貴族の息子じゃなきゃ社会不適合者だぜ」
齢十ほどの少年としては真っ当な対応とも言えるが。
「よせよ。聞こえるぞ。しかし、まあ……相変わらずの魔力の無さだな。ネズミの方がまだ生命力を感じるってもんだぜ」
「偶然大金にありついただけの一族の息子なんて、Gランクなんてもんじゃないだろ。あれなら、ツメが伸びるのが早いだけのスキルを持った冒険者の方がマシだろうな。いや、グローブの買い換えの心配がないだけ楽なのかもな」
「それより聞いたかよ。カズラ様、『ヒーロニック学園』に入るそうだぜ。あんなのでも超エリート勇者育成校に入れるなんてな……金の力ってのは恐ろしいよな」
何を隠そう、このカズラこそがカースト最底辺である。ユーキルダクト家が誇る財力とは、それだけの金を稼げる能力を持っているからこそ輝くものであって。オリハルコンの鉱山を偶然見つけただけの成り上がりに対して人々が尊敬の念を抱くわけではないのだ。
よって、一般社会のカーストも最下位。仮にも貴族相手であるから、直接言う者はいないが。
そして、ユーキルダクト家は、魔物が出れば真っ先に強力な結界で守られた家に引きこもり、領民に全てを押しつける程度の強さしか持っていない。それは息子のカズラの無能なスキルを隠すため、というのが領民が持つ共通認識であった。
よって、スキルカーストにおいても最下位。それがさも自分達の上に居るように振る舞われるというのだから、負の感情がカズラに向かないわけがないのである。
「全く。カズラは仕方ないな……。すみませんね。美人の娘さんが来ると聞いて照れているようだ」
「……いえいえ。構いませんよ」
いっそのこと、このまま出会わないでいてくれると助かる、とデインは心中で思ったが、現実はそうはならなかった。ユーキルダクト家当主はぱん、と手を叩き門を開ける。
「おっと。いつまでも立ち話では失礼ですな。どうぞ、中へ。お嬢様には退屈な話でしょうし、うちのメイドに館内でも案内させましょう……おや、奥様は?」
「……家内はまだ体調を崩していましてね。本日は娘と私だけなのですよ。申し訳ありませんね」
(奥方を失ってから屋敷中の女を食っていると噂のお前の領地などに、我が妻を連れてくるわけがないだろうが。娘を連れてくるだけでも断腸の思いだったというのに……)
デインの不満は止まらない。だけど、それを堪えることができたのは……皮肉にも、それ以上に全てを堪えている様子の愛娘のおかげであった。
「……ミライ。お前はカズラ様のお相手でもしてきなさい」
「はい、お父様」
馬車から、新たな人物が降りてくる。それは、同世代の少女よりも長身の、ユーキルダクト家のくすんだ黒とは比にならないほどの美しい濡れ羽色の髪を持った少女だった。さらに、まるで花が咲いたような宝玉かと見まがう瞳を見れば、その場の誰もが知らずため息を漏らした。
だが、その返事はまるで人形。実家においての活発な姿を知っている父親は、ここに来るまでただの一言も話さなかったミライの心中を慮って涙を堪えた。
「さ、さ。アネモア! いるか?」
「は。ここに」
「ミライちゃんをカズラの元まで案内してあげなさい」
「承知いたしました」
声には静謐。存在感すら薄れさせている佇まいの褐色のメイドが、いつのまにかミライの目の前にいた。
双方はしばし、お互いの美貌に見惚れて……知らず知らず、微笑み合った。
「お初にお目にかかります。ユーキルダクト家侍従長を務めさせていただいております。アネモアとお呼び下さい」
「……初めまして。ミライ・ヒールキラメと申します。本日はよろしくお願いします」
そして、アネモアはミライにだけ聞こえるようにこっそりと。
「……カズラ様には一目会えばよろしいでしょう。よろしければ、その後、お茶を煎れさせていただきます」
「っ! は、はい。ぜひ……あ、いえ。これはその……」
ミライは自分の失言にわたわたと。アネモアはそれを微笑ましい表情で眺めて頷いた。
「では、参りましょう。こちらです。ミライ様」
そうして、ヒールキラメ親子はユーキルダクト館内へと入ったのだった。
◇
「ん? なんだ。今日はやけに魔物が静かだな……。というか、獣の匂いすらせんぞ」
「領主様の命でパーティのために狩りまくったからじゃないの?」
「いや、魔物が尽きるなんてあり得ない……。何か、大きな魔族でも近づいてなければいいんだが」
「なあに、どんな魔物が来たって構いやしないよ。我が領民は傷を負わずに魔物を倒すことだけが取り柄だからね」
「あとは、ひっでえ領主様が名物だな。あっはっは」
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