27.グラナイト岩井町

『あの外壁に階段、恐らく本物の御影石でござろうなぁ。くぅ~、天然石! 見るからに高級マンションでござるからなぁ! 羨ましいでござるよ!』


「昔高級住宅に住んでいたところで、今は皆同じ居住区送りになっているだろう」


 それか、居住区にすら逃げこめないまま死んだかだ。

 櫂人かいとは子孫がいるから逃げ延びた側で、今の殺風景な居住区にはいたはずだ。


 ――もっとも、彼は40代で早世したらしいが。

 厄災の日の前に生きていた人間は健康管理がされていなかったため、そこそこ早死にする者が多いらしい。


 そう思うと伴さんは相当な年齢だろうに、流暢な会話ができる程度には健康でいるのだからすごいと思う。


『うーん、だからグラナイトなんだね。けど岩井町っていうのは何だろう。地図を見た限り該当する地名がなさそうなんだよね』


 昔は墓石などによく使われていたらしい御影石。

 英語に訳せばgranite(グラナイト)なので、ある意味外見そのままのネーミングだ。


 当時はオートロックが掛かっていたのだろう(今は自動ドアが開きっぱなしで放置されている)エントランスも、先の階段と同素材の床だけに留まらずインターホンと壁面に白御影石が使われていた。

 通り過ぎてきた内廊下や階段も至る所が同素材で、設計した者の並々ならぬ拘りが伺えた。


 だが岩井町の名の由来は何なのだろうか。

 ヘプタと同様の疑問を持ったところで、伴さんが答えてくれた。


『恐らく旧時代の地名でござるなぁ。江戸時代ごろはこの一帯に岩井町の名がつけられていたそうでござるよ』


 どう見ても近代的な造りのマンションになぜ大昔の町名が使われているのか気になるところではあるが、それについて議論する前に最上階に辿りついてしまった。

 最上階は一戸しか存在しないため迷うこともなく、あとは廊下の先にある最奥の扉まで歩くだけだ。


 流石に10階分の階段を昇るのはこたえたが、ここで立ち止まる訳にもいかず息を整えながらでも前に進んでいく。

 ――すぐに辿り着いてしまった、扉。


 例に漏れず、鍵はかかっていない。

 電奇館の時もそうだが、基本的に遺跡にある建物に鍵がかかっていることはほとんどない。


 明確な理由はわかっていないが、一部では怪異が通ったからではないかと言われている。

 時間をかけず侵入できるのでありがたいと言えばありがたいが、そう聞いているのでどうも不気味に思えてしまうのも事実だ。


 長年放置されて輝きこそ失いかけているものの、錆一つない金色のプッシュプルハンドルに手をかける。

 刹那、胸中の不安を勇気と覚悟に置き換えてそれを引いた。


 ――――


 中に入ってざっと全ての部屋を見渡したが、内部も一言で言えば高級マンションのそれだった。

 特徴としては玄関ポーチやキッチンなど至るところに御影石が使われていることが挙げられるだろうが、今重要なのはそれよりも霊がいるかいないか、櫂人の部屋がどこにあるかだ。


「3LDK、全ての部屋にベッドがあるが三人暮らしだったのか……?」


 まず、少なくとも目につく範囲には霊はいない。

 これは差し当たっての安心感を得られた。


 だがこの1001号室はかなり片付いており、どの部屋も生活感が見受けられない。

 どの部屋から調べればいいか悩みこそしたものの、直感で本棚の多い部屋を選ぶことにした。


 白木のフローリングに白い壁紙。

 一点のけがれもないそこからは暗がりの中であっても家主の性格が伺えるようだ。


 ブラウニーから発せられる頼りない光で、中を照らしていく。

 本棚、ベッド――と視線を移している最中、ふと机の上に置かれた一冊の本に目が留まった。


「……?」


 神経質なまでに物を片付けている割に、その本だけが放置されているのが気になった。

 机まで歩み寄って手に取れば、革張りのそれはどうやら書籍ではなくノートらしいと気づく。


「ノートがある。中は……」


『玄殿、それはもしやネクロノミコンではござらんか!? 読む前にSAN値の確認をするのは常識でござるよ!』


「食べ物以外にも産地の記載はあるのか?」


 また伴さんのよくわからない話が始まったのでそれは聞き流すが、一応背表紙にも怪しげな記述がないかは確認した上で中を開く。


 そこには小奇麗な文字が整然と並んでいたが、まず最初に書かれた見出しはとりわけ俺の目を引いた。


「……呪い返しについて……?」


 思わず呟いた後、俺はその手記につづられた文字を食い入るように目で追っていく。


 ――――


 『呪い返しについて』


 この先誰かに伝える必要が出てくるかもしれないので、こうして文章の形に残すことにする。

 僕は玻璃蜘蛛と思われる怪異に呪われ、それを後述の手法で相手に返し撃退したことがある。


 玻璃蜘蛛というのは、(以下、俺達が調べた玻璃蜘蛛とほぼ同じ情報のため中略)という怪異だ。

 その伝説が今の秋葉原周辺にあたる場所で生まれたものであるため、そこに住む僕もその話は知っていた。


 だから神田川付近で男性が行方不明になったニュースも気になっていて、僕はサイコメトリーの能力で神田川の記憶を読んだ。

 そこでぱらさんを知り、呪殺実況チャンネルに辿り着いた。


 この過程がなければ、彼の呪殺と玻璃蜘蛛を結びつけることはできなかったかもしれない。

 その場合、僕の命はその時点で尽きていたのだろう。


 けれど僕は事情を事前に知っていたので、呪殺のためにスマホで撮影するというワンクッションを玻璃蜘蛛の元になった下女の鏡に人を映すという作業に重ねることができた。

 『大日本帝国怪異事典』によれば下女は再び万世橋に現れた日、自らと同じように鏡を持っていた相手にそれを向け返されてしまったとある。


 それにより呪い返しが成立し、玻璃蜘蛛は神田川に落ち以降は姿を見せなくなった。

 同じ手法で呪いを返せるかもしれないと思った矢先、信じられないことに踊さんの次のターゲットが自分になった。


 迷っている時間はなかった。

 鏡を使うか悩んだけれど、踊さんが呪いに使用しているのはスマホだ。


 呪いを返すならきっと同種の呪具を使うべきだと思ったのはどうやら正解だったようで、すぐにスマホを取り出しカメラを起動。

 モニターに映った踊さんを撮影すれば、程なくしてあちらも僕の写真をまた撮影する。

 覚悟を決めたものの、結果的に呪い返しは成功したようでたおれたのはあちらだった。


 不思議なことに、僕の前に呪殺されたはずの人もその後生き返っていた。

 行方不明扱いになっていた男性――踊さんの上司も含めてだ。


 生き返ったというより、まだ日が浅いから玻璃蜘蛛を退けたことで呪いが解けたということなのかもしれない。


 ――これで玻璃蜘蛛は斃せた、のならいいんだけど。

 世界には最初に生まれた本物の怪異はとうに消えたにも関わらず伝説として残り続けていたり、霊障や人為的な手法でその怪異のコピーに変貌してしまう事例もある。


 よってもし何らかの原因でまた玻璃蜘蛛が現れた時のために、こうして呪い返しの手法を記しておくとする。


 ――――


 呪い返しの記述については、ここで終わっていた。

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