25.遺されたもの
「
「あぁ、ヘプタも録画していた映像を確認してみたなら覚えているだろう。サイコメトラー達の始祖、カイルの父親だ」
『こ、こんな奇跡あるでござるか!?』
三者三様に喜色をあらわにする。
彼が
だが、少なくとも何も手がかりがないどん詰まりの状況よりは遥かにマシだ。
そこに行っても何かがわかる確証はないが、彼の住んでいた場所自体はカイルが遺してくれているので当面の行き先もすぐに決められる。
よって、何をしたらいいかわからないまま完全に立ち止まってしまうこともない。
『カ、カイル殿ーっ! 貴殿のおかげで櫂人殿の城が判明したでござるッ!』
「うーん、ちなみにそれって秋葉原だよね?」
伴さんの声からは抑揚のない電子音声なりに、歓喜の感情が伝わってくる。
すかさず場所について問うヘプタは幾分冷静そうに見えるが、此方は微かに弾む声音や目つきから精彩を感じ取れるようになった。
そんな彼に、伴さんの声が肯定を示す。
『左様、神田川沿いにある『グラナイト岩井町』でござるな』
「なぜ城にマンションじみた名前がついている?」
城とは言うが、横文字が入っていて妙に近代的な名前だ。
ブラウニーで地図を表示し、カイルの遺したピンの位置から以前──2020年代の写真を確認してみる。
マンションじみた名前の意味がわかった。
マンションだった。
『眉間の皺自重でござる』
「クロウ君ってたまに素でボケるよね……」
さて。
途中で伴さんのペースに呑まれはしたが、位置そのものは改めて把握できた。
前回の調査では万世橋を渡らなかったが、それを渡って神田川沿いに進んだ先にあるマンションがそれらしい。
俺が指摘を受けた眉間の皺を指先で引き延ばしている間、ヘプタが少し悩んだ後に今後の提案をしてくる。
「念のためもう一度聞くけど、やっぱり君が行くの? 僕は動くのも辛いほどじゃないし、明日までに多少休む時間もあるから君よりは回復すると思うよ」
一応俺も考えた。
が、やはり結論は変わらない。
「……肉体面だけで言えばまあそうかもな。だがあの日お前は外にいた訳でもなく、俺達を施設から見ていたんだろう? 至れり尽くせりの施設でほぼ体力を使っていないのにそうなるということは精神に相当な負荷がかかっているということだ。怪異との遭遇において、単なる体力の低下以上に精神面での不調は生死を分けるんじゃないか?」
俺かカイルのどちらか、あるいは両方に相当な思い入れがあったのだろうか。
電奇館でお人よしの一面を見ているのでその可能性も否定はしきれないが、どうにも
それにヘプタは冷静な判断を下せる男だと認識しているので、俺に休養を挟んでから行くように促すだけならともかく、今回はリスクを冒してまで自ら行きたがる理由がわからなかった。
不可解で非常に据わりが悪い心境だったために問い詰める形になってしまったが、ようやく目を斜め下に伏せ笑顔を
「……うーん……クロウ君、アヤコさんが玻璃蜘蛛に呪われたその次に僕が狙われたことは覚えてるかい?」
アヤコが光柱にされた、思い出したくもない記憶。
アヤコの風貌は思い出せなくとも、あの時の絶望は鮮明に覚えている。
もちろん、あの悲劇の後にヘプタが追われたことも含めてだ。
彼の場合は結果的に生き残ったが、再会するまではアヤコのようになってしまったのではないかと気が気ではなかった。
だから、頷いた。
「正直ヒヤヒヤした。駅ビルに入った時なんて特にな」
記憶を辿っていて思い出した出来事が、思わず口をついて出た。
「……今は放送中じゃないから言えるけど、正直ほとんど半狂乱だったからね。まともな判断も下せなくなってたのによく生きてたよね。もう少し鉄道まで距離があったら僕は今ここに居なかったと思う」
一貫して目を合わせないヘプタ。
声も少し震えているが、それ以上の恐怖を気取られたくなくて俺の方を直視できないのだろうか。
「多分、外に出てたら僕が狙われてたよね。……カイル君じゃなくて、さ。そう思うとこのまま引っ込んでていいのかなって悩むし、そのせいで今度は君がカイル君の二の舞になるかもしれない。もしそうなったら一生後悔しそうだなって思うし、早く解決しないといつ何時また狙われるか気が気じゃないんだよね」
消えてしまったアヤコやカイルのことばかりで頭がいっぱいになりがちだったが、もし俺がヘプタの立場だったら彼らの事ばかり考えられただろうか。
先程までヘプタは冷静沈着な人物だと思っていたし、親しいアヤコやカイルを失った当事者の俺と比べれば第三者だからこそ一歩退いた位置で状況を見ていると思っていた。
だがこうして胸の内を
彼もまたこの玻璃蜘蛛騒動の当事者であり、俺以上にいつ現れるともわからない件の怪異に怯えている。
だが、だからこそ話を聞いて良かった。
「こう言うのは失礼だが、思ったより繊細で人間味に
「そういう君こそ、思ったよりは笑うんだね」
やっと此方へ視線を向けたヘプタが双眸を細めつつ、眼鏡の位置を直す。
どうやら俺は少し表情を緩めていたらしい。
「まあとにかくだ、まずは互いに体調を整える事を優先しよう。来週になればどちらも回復はしているだろうが、二人とも行けば戦力的には助かっても玻璃蜘蛛が出た場合の対抗手段がないまま全滅しかねない。片方だけ行くことにしよう」
特に異論も出ないようだ。
俺とヘプタの体調が悪いことを鑑みて、今日はこれにて会議もお開きとなった。
VR空間から出て現実に戻った俺は、すぐベッドに向かってとにもかくにも身体を休めることに専念した。
――明日にはまた、遺跡へと向かうのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます