9.策
アヤコは最上階の管理事務所の中で俺たちと通信を行いながらアルバイトの情報を調べてくれ、その間俺とヘプタで非常階段が使えるかどうか調べていた。
結果は、期待通りだった。
画面越しに見たヘプタはひとまず非常扉が開くことを確認してすぐ店舗に戻り、俺はルーバーを切り抜くような形で据え付けられた格子門扉が正常に開くことを確認済だ。
「これならタイミングをずらす必要もなかったな」
俺は門扉を閉め、念のためその場から離れ電奇館の正面へと戻る。
周囲からは丸見えだが、見た所周囲にはほぼ浮遊霊も存在しない。
まして今の状態なら下手に電奇館に身を寄せている方がよほど不安というものだ。
『うーん、だねぇ。これだと途中に何かがいても見えないから怖いなぁ……』
俺たちが話しているのは非常階段およびその周りの外壁とルーバーについてだ。
非常階段は普段使用しないだけに必要最低限の簡素な造りで隙間が多いものを想像していたのだが、予想に反して踏板と踏板の間は同素材の
外部と階段を隔てるルーバーも羽板が非常に長く風景がほぼ見えないのだが、隣に見える折り返しの階段との間にも落下防止なのかほぼ同じものが設置されている。
これでは俺とヘプタのいる1階と6階どころか、すぐ下の階ですらまともに視界に入らない。
よってわざわざ調べる時間を変える必要もなかったが、ヘプタが言うように途中で何かが潜んでいても対処が遅れる可能性が出てきてしまった。
ともあれ、先に階段の形状を確認しておいたことで事前に覚悟もできるというものだ。
やはり調査することには大きな意義があったと言えるだろう。
『あっ……』
そんな折、アヤコが漏らした声が聞こえた。
俺たち二人が振り向く。
カイルは顔を伏せたままだが、そもそも口数もめっきり減っているし必死に痛みに耐えているのだろう。
正直なところ非常に心配だが彼を助けるためにはまず情報を集めるしかなく、ひとまずはアヤコ頼みになるしかなかった。
『多分あのナイフの人、この
アヤコがそう言いながら画面に映るよう向けてきた劣化の激しいコピー用紙の文面に、俺とヘプタは即座に注目し目を通し始める。
だが
要するに指田は閉店後のビル清掃時、居座っていた客がせっかく掃除した床に靴跡をつけたため頭に血がのぼり刺殺してしまったという話だ。
指田が短絡的であるとか少しでも同情の余地があったか否かなどはこの際重要ではなく、この情報と今の状況を照らし合わせると見えてくるものがある。
「ビルにもよるんだろうが、少なくとも電奇館の閉店時は非常階段にパーテーションを置かないんだろうな。で、おそらくだが店舗内は清掃を含め各テナントの管轄だったから今のところ廊下以外には入り込んでこないと」
『なら店舗に引きこもってればカイル君はひとまず安心――カイル君?』
ほんの一瞬楽観的に緩んだアヤコの表情が、再び
名を呼ばれたカイルはというと、倒れてこそいないものの座り込んだまま四肢を投げ出し無言で浅い呼吸を繰り返していた。
肩の止血はしていたはずだが、どういう訳か赤黒い染みは少しずつ広がっている。
『傷が塞がらないのも霊障なのかな……。いずれにせよ、引きこもってるだけじゃカイル君は助からないだろうね』
音声を切っていたので今画面に表示してみて気づいたが、俺の画面越しにカイルの様子を見た視聴者たちもコメントで『やばい』だの『Kyleさん死ぬんじゃね』などと多くの発言を残していた。
少し前にも言われていた話だが、例え店舗内が安全だとしても籠城していては事態が悪化するのみだ。
だが、思っている以上に残された時間は少ないのかもしれない。
俺はコメントで埋め尽くされた画面を閉じると、深く息を吐きまずは焦る気持ちを外に逃がす。
「俺に考えがある。アヤコはまず各階に入ったテナントについて調べてくれるか? その後は俺の指定した場所に移動して探し物をしてきてほしい。そして――」
それから二人の先輩を交互に見据え、意を決して口を開いた。
「指田は俺が倒す」
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