彼岸花

白崎なな

第1話 彼岸花

 しゅるり……と、私の前を白い蛇が動く。白い動物は、幸運をもたらすとされている。

 


「あたし、ヒイロ! 幸運の神様!」



 そうやって、白の蛇を追う。あたしは、その神様に叶えてほしいことがある。蛇なのに、全力で走る私よりも速度が速い。

 細い道をクネクネと回って、目が回りそうだ。




 苦しさを感じて、膝に手をおいて肩で呼吸をする。乾く口腔内で、必死に息を吸った。




「か〜み〜さま〜!」



 せっかくのチャンスだ。必ず、白い蛇を捕まえる。そう意気込んで、姿を消した白い蛇の進んだ曲がり角を曲がった。




 目がおかしくなりそうな色が、目に飛び込んできた。


 真っ赤な彼岸花が、あたり一面を覆い尽くしている。中心には、真っ白な一輪の彼岸花。その城の彼岸花を取り囲むようにして、赤の彼岸花が咲いている。




 風ひとつもない。静けさに、足を止める。あおい空に浮かぶ雲は、風に流されている。なのに、ここの空間には時が止まったかのようにさえ感じさせる。



 ――リンッ



「はっ」




 止まった空間にあたしは、息を止めていた。澄んだ綺麗な鈴の音に、ようやく留めた呼吸を再開させる。




 立ち止まったあたしの足元に、彼岸花が絡まってきた。足は、絡まった彼岸花によって身動きが取れなくなる。しかし、あたしは見ていることしかできなかった。





「どうして追ってきた?」




 先ほどの城の蛇が姿を現した。低音のどこか冷たさを含んだ声が聞こえてきた。赤い舌をぺろっと出されて、あたしの返事を待っているようだ。



「あたし、願い事を聞いて欲しくて!」




 白い蛇は、滑らかな動きで白の彼岸花の方へ進んでいく。赤の彼岸花は、蛇に道を譲るようにした。花に意思があるかのように、彼岸花は動く。




 普通であれば、悲鳴を上げるような状況。しかし、曼珠沙華ひがんばなは天上の華。神がいるのであれば、至極当然のことであろう。




 話を聞く気のあるのかないのか、わからない白い蛇。



 絡みつく彼岸花の赤色に、目がおかしくなりそうだ。ズキッと痛む頭に、手を添える。



「願い事は、叶えてもらうものじゃない。ここへ来てはいけない」



 大きな風が巻き起こった。目を開けていられなくて、固く閉じた。風に巻き上げれた彼岸花の花弁が、顔をつかないように両手で顔を覆った。



 手を離すと、ここへくる前の場所に戻っていた。しかも、曲がったはずの道は行き止まりになっている。




「絶対、神様だったのに……なんで!」




「私は、神様じゃない。あの場所は、危ないからもう来てはいけない」


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る