ぎゃるだりんぐ

詩一

プロローグ

第00課題 プロローグ

 差し出された手を握ったら、両手でがっちりホールドされた。黒ギャルの火登かとう燈香ともかさんに。


「アタシとペア組まない?」


 なんの? 僕の頭に浮かんだ疑問に応えるように、彼女の視線は右へと流れた。釣られて僕も視線を移す。

 そこには高さ150メートルの壁があった。赤と青と緑の突起に彩られた壁。その壁に6面を覆われて出来たそれは壁と言うよりは塔のようで。その塔には数人の人たちがしがみついていて。


 ——ウォール・トゥ・クライム。


 ボルダリングペア競技の日本一を決める壁。その天辺のホールドを両手で掴んだ女性の笑顔が、ビッグスクリーンに映し出される。周囲から歓声が沸き上がった。


 依然、僕の手を握ったままの燈香ともかさんへ視線を戻す。

 遠くのスクリーンに映る柔和な笑顔とは対照的に、目の前の燈香ともかさんは意志の強そうな大きなツリ目を僕に向けていた。深く澄んだエメラルドグリーンに吸い込まれそうになり、僕は呼吸もできず、なんの言葉も発せないままでいた。


一葉いちはは、ドローン飛ばせるんでしょ?」

「……うん」

「だったら、アタシを連れてってよ」


 彼女はウォール・トゥ・クライムの頂上を指して言う。


「あそこまで」


 まるでピクニックへ行くみたいに、楽しそうに簡単に。

 しかしそれが冗談ではないことを、僕はなぜだか知っていた。語気に確かな熱量を感じたからか、瞳が真剣さを纏っていたからか。

 風が吹き、頭頂部の左右で結ばれた銀色のツインテールが、ふぅっわふわと踊った。

 彼女は銀色に燃えていた。

 艶やかに揺れる銀色を、潤んだエメラルドグリーンを、健康的に焼けた肌を、そのすべてを美しいと思った。

 燈香ともかさんが両手で僕の手を握ったときから、二人のボルダリングペアは始まっていたのかもしれない。

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