人斬り飯屋『誠』~幕末の人斬り剣豪は異世界で飯屋を開く~

雷三葉(かみなりみつは)

第0章 飯屋『誠』 

豆腐

「じゃ、邪魔する」

「はいいらっしゃ……何だ、黒エルフか」

「な、なにを!」


 ハイドラス帝国、辺境。


 人外魔境たるヨーギスの森と領地を接するワザール辺境伯の治める土地にあって、その最先鋒となるハイドラス帝国冒険者ギルド本部を擁する街。


 城塞都市カンタヴェーダ。


 そんな街に、最近、一件の変わった店が開店した。


 それがこの店。


 飯屋『まこと』である。


「黒エルフという言葉、聞き捨てならんな」

「じゃぁ泥エルフでどう?」

「むきーっ」


 そんな誠で、今、この店で働くエルフ。クルルの森デゥサイドの娘、リリエッタ・リル・ヘイマー=デュサイヤ、通称リリーが、あろうことかなかろうことか、せっかくやってきたお客のダークエルフと揉めている最中である。


 ちなみに、リリーもだが客として入ってきたエルフもかなりの美人。白い白磁のような肌にスレンダーなボディーが美しいリリーに対しダークエルフは惜しげもなくその褐色の肢体を晒した露出度の高い服装で、尻と胸がパンッと音が出るほど瑞々しく張っていて、でかい。


「この、エロエルフ!」

「な、言わせておけば……この貧相エルフが!!」

「なんですって、エルフにしてはおっきい方だもん!」

「はん、ダークエルフの里に来たら子作り期前の子供より小さいな」

「ピキーン!」


 まぁ、どうやら種族間の因縁らしい。


 が、これには、店の主が黙ってはいない。


「リリー! 失礼なこと言うとらんで、席に案内せんか馬鹿者」

「だぁって! ダークエルフなんかに食べさせる料理なんて!」

「やかましい、それを決めるのはお前ではないわ!」

「ちっ」

「舌打ちとな……お前、死にたいか?」


 店主は、どことなく和を感じる小さな店のカウンターの向こうからリリーを睨みつけ、そのままそっと包丁を置くと離した手を腰に帯びている刀の柄に添えた。


「斬るは一瞬ぞ」

「や、やめ、ごめんなさい!!」

「ふむ、ならば大人しくお客人を案内せい」

「はーい」


 彼の名前は松尾高英まつおこうえいいや、この世界ではこう呼ぶのがふさわしいだろう。


 マツオ・コーエイ。


 言うまでもなく、転生者だ。


「すまぬな、ウチの馬鹿が」

「いや構いません、ダークエルフとエルフ、出逢えばこれは必然ですから」

「そう、なのか」

「ええ、ってご存じないのですか?」


 ご存知ないもなにも、マツオは、リリーに合うまでエルフという存在すら知らなかった。異人は鼻が高い、目が落ちくぼんでいて、髪が赤や金。色は桃の如き色をしていて、毛深くて匂いが強い。


 そう聞いていたマツオだったが。


 まさか耳まで長いとは、と、そのときは驚いたものだ。


 しかし、今は違う。


「すまんな、この世のものではない故な」


 ここが日の本ではなく、どこか遠いお伽噺のような世界だと知っているのだ。


 しかしダークエルフは、その事実を軽く受け止めた。


「ああ、転生者ですか。ここ数十年はあまり聞きませんでしたが、久しぶりに来ていたんですね。でも、ほとんどの転生者はこっちの世界、えっと彼らの言うイセカイに詳しいはずですが」

「ああ、そうらしいな、しかし拙者は」


 マツオは少し口ごもると、それでも包み隠さず答えた。


「異世界転生者というヤツらのほとんどがやってくる時代より、四百年だか五百年だか古い時代の人間らしい」

「はぁ、人間の尺度でそれはかなりのものですね」

「物わかりがよくてありがたい。あの馬鹿に理解させるまでかなりの時間がかかったゆえな」

「そう、ですか」


 ダークエルフはそう答えつつ、カウンターの端でこちらを睨み見つつ控えているリリーを見た。あかんべーしている、リリーをだ。


 そして、顔をしかめた。


「たしかに少々子供っぽくはありますが、あれは普通のエルフでは……」

「お客人!」

「へ?」

「そういったことは慎むがよろしかろう」

「あ、そうでした、すいません」

「うむ」


 城塞都市カンタヴェーダ、ここは魔物との戦いの最前線。


 なので、ここにやってくるの人間は、命知らずのバトルジャンキーか一攫千金を夢みるギャンブラー、もしくは、手配がかかって人目を忍ばねばならない、そんな訳あり冒険者がその大半。あとの残りは、犯罪者か。


 といったわけで、土着の民がかわいそうになるほど、この街の治安は悪い。


 だからこそ、身の上の詮索は、たちまち殺し合いに発展することも、ある。


「本来は拙者に対してもであるがな」

「あ、そ、そうでした……、重ね重ねのご無礼、申し訳……」

「構わんよ、拙者に隠すことはなにもないゆえな」

「はぁ、では、その」


 ダークエルフはそう言うと、ゴクリと一度つばを飲み、目を見開いた決死の表情で場違いな声をはり上げて叫んだ。


「じ、実は店主殿に頼みが!」

「まあ、待て」

「へ?」


 その必死の声を手で遮りつつ軽くいなすマツオ。


「ここは飯屋ぞ、何ぞ食わぬか」

「あ、そ、そうですね」


 マツオの言葉にダークエルフは慌てて答える。そして、ならばなにか頼もうと店内を見渡したのだが、この店に貼り付けてあるメニューとおぼしきものは、何一つ読めなかった。いや、それは、それが文字であるかも認識できない代物だったのだ。


 だいたい、縦書きの文字など……。


「……すいません、読めません」


 ダークエルフはそう呟いて店主をみた。


「そうか、ならば、なんとなく欲しいものの特徴を言うと良い」


 マツオのぶっきらぼうな言葉に、ダークエルフはならばと答える。


「ササッと食べられるものを」

「ほう変わった注文であるな」

「その、いや、本当の目的は……」


 そこまで聞いて、マツオをはフゥッと深いため息をついた。


「ったく最近はそんなのばかりであるな、ま、良い」


 そう言うとマツオはくるりと振り返り、カウンターの奥でピンと立って控えていたリリーに目配せをする。と、リリーはマツオのそばに近づき耳をその顔に向けた。


「なんと!」

「ん?」


 ダークエルフの言葉に、マツオは一旦リリーの耳元から口を離してダークエルフを見て首を傾げた。と、見れば、ダークエルフは顔を真赤にしている。


「どういたした」

「な、なんでもありません」

「ふふーん」

「何じゃ、お前まで」


 マツオは知らない。


 この世界のエルフ族。


 それは、森のエルフとダークエルフを合わせた種族名であるが、そのエルフ族に置いて、相手の顔に耳を寄せるというのは人間の世界であれば、キスを交わして舌を口にねじ込む行為のようなもの。


 つまり。


 そういう関係だという証でもある。 

 

「ふむ、よくはわからんが、まあいい、リリー」

「はぁい」


 そうしてまた、リリーが耳を差し出し、マツオがそこに口を寄せる。


 ダークエルフが目を伏せて照れる。


「ではたのむ」

「わかった!」


 そんなやり取りを、直視敵わずつむじのあたりで聞き、そのままじっとしていると「おまたせー」という軽快な声とともに、リリーが奥の棚からなにかを皿の上に乗せてもってきた。


 白く、四角く、そしてぷるんとした物体を。


「まあ、くえ」


 マツオはそれを受け取り、乱暴にダークエルフの前に置く。


「え、あ、これは……食べ物ですか?」

「斬るぞ」

「あ、えっとすいません……そのスライムとかそういうものでしょうか?」

「馬鹿を申せ、それは……」


 マツオはにやりと笑った。


「豆腐だ」

「トーフ、ですか」

「ああ、うまいぞ」


 どう見ても、ダークエルフの目にはそれが旨そうには見えない。


 なので、リリーに助けを求めた。


 しかし、やはり森エルフとダークエルフの間の溝は深いのか、リリーは一言「臆したかボインエルフ」と、それはもはや悪口なのか称賛なのかわからない一言を吐いてニヤリと笑った。


 が、こうなると、ダークエルフとしては黙っていられないのも事実。


 ガッと皿を持ち上げて、一気に口に流し込もうと構えた、そして。


「えーいままよ!」

「まて」

「へ?」

「そこな匙で、角を少しすくって食ってみよ」

「え、あ、はぁ」 

 

 そう、たしなめられて、言われたとおりに救い、そしてそれをその口にチュルンと流し込んだ、その時だ。


「む、むむむ!」


 ダークエルフの脳天を、柔らかくも優しく、それでいて、ショックで痺れるような衝撃が貫いた。


「な、なんだこれは!」


 そんなダークエルフを、マツオもリリーも優しく微笑んで見つめる。


 それがこの店。


 飯屋『誠』のよくある光景なのである。

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