例えば、この仕事は楽しかった!

崔 梨遙(再)

1話完結:1800字

 30代の後半、一時期、研修会社で講師をしていた。週に2日。やっていることはビジネス研修、まあ、特殊な研修もあったが、最初は新人研修のような内容がメインだった。普通の企業に新卒で就職していれば、最初に学べたであろう内容だ。相手は20歳から30歳の7~8人。10人はいなかったと思う。フリーターや無職が多かった。正社員として働いたことが無いので、新人研修も新鮮だと言っていた。


 メンバーは様々だ。例えば23歳と21歳の姉妹。姉がアトピーで、荒れた顔を隠したくていつも帽子を目深に被っていた。それがわかっているので、こちらは“帽子をとれ”とは言えなかった。姉の方は、出会い系サイトにはまっていると聞いた。僕は、早く良い彼氏が出来るようにと祈っていた。だが、僕の方から出会い系サイトの件に触れることは無い。研修とは関係無い、プライベートなことだからだ。妹はとにかく普通。外見的にも内面的にも個性が無い。30歳の最年長の女性は、ファーストフードのバイトだったらしい。バイトリーダーになったらスグに鬱病になってバイトを辞めたとのことだった。メンタルが弱いのだろう。26歳の女性は、笑い上戸。病気なのか? いつも声を出して笑っている。最年少、20歳の女性は、オタク。研修にテニスウエアのコスプレで現れたりする。ちなみに声優志望だった。等々、様々なメンバーだった。だが、みんな性格は良かった。いいクラスだった。


 だが、20歳の女性が26歳の笑い上戸とよく喧嘩をしていた。


「何がそんなにおもろいねん! いつまでもケラケラ笑ってんじゃねーよ!」


おっしゃる通りだ。僕は、20歳の女性がとりあえず言いたいことを一通り言い終わって、肩で息をするようになってから仲裁をする。ちなみに、26歳笑い上戸は事務職の求人に応募して採用され、幸せの絶頂で研修を一足先に卒業したが、2日でクビになったらしい。2日でクビなんて初めて聞いた。何をやらかしたのだろう? わからない。


 或る日、研修の後の業務や次回の準備をして会社を出ると、僕の前任の若い講師が姉妹と20歳を連れて歩いていた。“受講生とそんなことしてもいいのか?”と思ったが、僕には関係の無いことなので見なかったことにした。


 やがて研修が終わり、みんな卒業した。姉妹の姉は、良い彼氏が出来たのだろうか? ブサイクではないのだ。肌が荒れているだけだ。良い彼氏を作って幸せになってほしいと思った。妹は、その調子で普通に普通の仕事が出来るようになってほしい。30歳は、もう少し精神的に強くなってほしい。26歳は、くじけずにまた就活を頑張ってほしい。僕は受講生全員の幸せを願った。


 卒業生とはもうお別れだと思っていたが、20歳の女性から猛烈に連絡があった。連絡の内容は様々だったが、例えば、テーマパークのMCの求人を見つけたから応募する。なので、自分のMCが上手いのかどうか? チェックしいてほしい。と言われた。大声を出せる場所が必要だったので、カラオケ店でMCをやってもらった。さすが声優志望、僕は上手いと思ったから素直に褒めた。それで自信を持って面接に挑んだら不採用だった。


「落ちたじゃないですか-!」


 僕が文句を言われた。そして、ネットラジオに参加させられた。“なんでここまでアフターフォローをしなくちゃいけないんだ?”と思いつつ、断れない僕だった。だが、或る日、“ラジオでドラマをやりたい”と言われた。ラジオには数人が参加していて役を割り当てられた。僕は、“1番セリフの少ない役にしてくれ!”と頼んだのだが、まあまあセリフのある役を当てられた。そして、最初の1行で1時間のダメ出しをくらった。勘弁してほしかった。


 20歳の女性もかわいそうなのだ。お金があれば声優の専門学校に入ったはずだ。独学、独力では難しかったと思う。その後、数年が経って結婚したと知った。声優にはなれなかったみたいだが、花嫁として幸せになってくれていたら嬉しい。


 僕は、たまたまみんなの前に立って講師としてみんなと接したが、あの仕事は本当におもしろかった。勿論、女性に囲まれているのが嬉しかったわけではない。仕事に女っ気は求めない。いろんな人からいろんな相談もされた。そういうことも含めて楽しかった。僕はあの時の受講生に感謝している。楽しい仕事って、最高だ。みんな、楽しい時間をありがとう。







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