無限の果てを目指して歩み進む 〜裏切られ続けた少年の迷宮冒険譚〜 (旧題:無限の果てを俺たちはまだ知らない)
ホードリ
第一章 《岩窟の迷宮》編
第1話 【灰被り】
《
迷宮の出現自体はさして珍しい事ではない。
《
そして、《
だが、それらは全て徒労に終わることになる。
《
出現から十年が経過した頃、人々はこの迷宮を『悪魔』と呼び恐れた。
力と名声を手にした冒険者が何度も何度も挑み、その度に彼らは命を落としていった。誰も攻略ができない最難関の迷宮。
栄光を求めて、歓声を受ける為、莫大な富を得る為。それでも尚、欲深い人間たちはその迷宮へと挑み、敗走していったのだ。
次第に、この迷宮には終わりがないと噂される様になっていった。
際限なく湧き出る魔物の脅威。終わりなく続く地獄の探索。人の精神を蝕み、破滅へ誘う怪物。故に、《
二百年が経過しても尚、いまだ誰にも攻略されていない史上最悪の迷宮である。
◆◆◆◆◆
「…………ッ、ァ゙ァ゙ア゙ア゙!!!」
《
上層域に分類される中でも第一層から第六層まで続く、四方を岩石に囲まれた無数に枝分かれする一本道が特徴的なエリア。その中間地点に当たる場所で、少年はがむしゃらに二振りの短剣を振るっていた。
張り裂けんばかりの咆哮を上げて、自身の周囲を取り囲む異形の怪物――《無限迷宮》に於いて、最弱とされる緑色の肌と人よりも遥かに小柄な身体が特徴的なモンスターである《
『ギャギャッ!!!』
「くそ……ッ! これじゃあキリがない!」
少年は際限なく襲いくる
小鬼を一体屠れば気づけば二体湧き出て、小鬼を三体纏めて殺しても次のうちにその殺された分が補充されてしまう。
《無限迷宮》は無制限にモンスターを産み落とす。その数に上限があるのか定かではないが、今の少年の状況は無限の敵を相手にしているようなモノだ。
「……ここで無駄に戦ってもいつかは死ぬ。なら……とっととこんな所ずらかってやる!」
方針を決めた少年はある一方向へと目を向ける。そこは第四層から第三層へと上がるための連絡路へと続く方角だ。無論、そこにも小鬼は跋扈している。
あそこに単身切り込んでいくのは無謀だろう。だが、その無謀を通さねば《
「…………無抵抗に死んでやる気はない。ここまで……生き延び続けてきたんだ。今回だって生き残ってやる!」
少年の目に獰猛な光が灯った。生き残った先に待つ未来への希望も、自身の叶えたい野心がある訳でもない。ただ、今を生き延びるために。ただ、命を消耗するための野蛮な狂気。
それを孕んだ視線に当てられてか、小鬼たちも警戒を最大限にまで引き上げる。
『ギャギャァッ……!』
「…………行くぞ」
戦いの合図は静かなその一言のみ。
次の瞬間には大地を強く蹴り飛ばした少年が一体の小鬼の頸を切り飛ばしていた。噴き上がる紫の血流を背にして、少年は両手に装備した短剣で次々に小鬼を切り裂いていく。
『ギャアァァッ!!!』
次々と命を落としていく仲間を気にかける様子も無く、小鬼たちは自身の怪しく輝く鋭い爪を少年へと振り下ろす。
小鬼の爪は少年の体に切り傷を刻みつけ、その肉を削ぎ落としていく。モンスターの本能。少年から零れ落ちる命の滴を見て、愉悦に浸る間もなく、
「邪魔ッ!」
振り向きざまに振るわれる短剣によって頸を落とされ絶命する。
通路には無数の小鬼の、本来なら殺された時点で灰になっていく死体が積み上がっていく。まさに死屍累々の戦場がそこには広がっていた。
しかし、確実に擦り減っていく少年の体力とは反対に小鬼の数は減るどころか増える一方。
これではまるで《
「…………ッ、どっけぇぇ!!!」
正面に溢れ返るほど出現し始めた小鬼の群れ。されど、少年は猛進を止める事はなく、血に塗れ、肉片や脂で切れ味が落ち始めている短剣で目の前の異形を切り進める。
――無限に出現するのなら、出現する前に全てを殺し尽くせば良い。
壁から、床から、天井から。迷宮内の何処からでも這い出ようとする小鬼を生まれ落ちる直前で首を刎ね、頭を踏み潰し、走り抜ける。
『ギャギャ! ギャアッ!』
小鬼が耳障りで喧しい叫声を上げながら、周囲の仲間に何かを伝えている。大方、『獲物を逃すな!』とかその辺りだろう。
小鬼たちの士気は高まり、攻撃はさらに苛烈さを増しているが、今更そんなことを気にかけている暇はない。
「――――ッア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
『ギャッア゙ア゙ア゙ァ゙!!!』
通路中に獣のような叫び声が木霊する。
勝るのは少年の狂気か。それとも迷宮の殺意か。少年は驀進の果て――
「…………抜けた!」
遂に、小鬼の大群から辛くも切り抜ける事に成功した。
決して軽症とは呼べない傷をその身に負いながら、切り抜けても尚追いかけてくる小鬼たちを引き剥がす為、痛みで今にでも倒れそうな身体に鞭を打ち、只管に走り続けた。
「ようやく撒けた……!」
小鬼たちを撒いたと気付いたのは、第三層に上がってから暫く走った後だった。
逃げ切ったとわかった途端、身体に突如として戦闘と全力疾走による疲労感が襲ってきた。ふらつく身体を壁に預け、数度にわたり深呼吸をしてから、手に握られていた短剣の血を切って鞘へと収める。
「…………アイツら、覚えてろよ」
あの場所に一人置き去りにしていった仲間たちを思い浮かべ、怒りを燃やしながら『
◆◆◆◆◆
『灰被り』
そう言われるようになったのは、エイルが五歳の時だった。エイルは《
物心付いた時には既に父は蒸発しており、母は働きにも出ずただ飲んだくれての生活。エイルはその日を凌ぐ為にゴミを漁り、他のスラムの人間に頭を下げながら生活していた。
そんな苦しい生活を続けていたある日のこと。唯一の肉親であった母親も蒸発した。その当時のエイルにはわからなかったが、理由はすぐに分かった。
新しい男が出来たという理由でこの街から出て行ってしまっていたのだ。
その日からは家も追い出され、路上で寝泊まりし、ゴミを漁る生活を繰り返した。それを見たスラムの人間は口々に、灰色の髪を持つエイルを『灰被り』と呼び蔑んだ。
『もうこんな生活やってられるか!』
遂にそんな自身の生活に嫌気が差した頃、エイルは冒険者となる事を決意した。冒険者になれば、モンスターの落とす命の
特に、より上位の冒険者――《無限迷宮》の中層域まで潜れるようになれば、一回の探索で向こう一年間は遊んで暮らせる額が手に入る。そんな夢のある職業に、エイルは一縷の望みを見出したのだ。
ドン底もドン底。ザ・底辺で生きてきたエイルにとってはそれはどんな蜘蛛の糸よりも魅力的だった。
『俺らとパーティを組まないか?』
冒険者になってすぐ、人当たりの良い男にそう声を掛けられた。
エイルは冒険者になって間もない初心者。装備の見た目からして上層域である程度稼げているだろうベテランの冒険者が持ち掛けたパーティ結成の頼み。
――何故、自分なんかにそんな話が来るんだ?
エイルは男を怪しく思いながらも、その誘いに乗る事にした。何故なら冒険者は最低二人以上のパーティでなければ、《無限迷宮》の探索はできないからだ。
金を稼ぎたいなら《無限迷宮》に潜るしかない。《無限迷宮》に潜りたいならパーティを組むしかない。というように、ある意味仕方のない判断だったと言えよう。
『君は俺らのパーティの荷物持ちとして付いてきてくれれば良い。戦闘は基本任せてくれ』
そう言った男たちの実力は確かなものだった。上層域最初のエリア『岩窟の迷宮』程度なら余裕で踏破できるだろうとそう思えるほどに。
だが、彼がエイルを雇ったのには訳があった。
荷物持ち。言葉だけ聞けば、パーティの動きに支障が出る大きな荷物を抱えて後ろからサポートする所謂後衛役というイメージを持つだろう。
しかし、その実態は都合の良い『囮役』である。
『な、なんで……! なんで、俺を突き落としたんだ!』
彼らとパーティを組んでから一週間が経過した頃、エイルは危機に陥った際に真っ先に蹴落とされてしまった。命からがら迷宮から脱出したエイルが男にそう問い質すと、
『あ? お前は荷物持ちって立場で了承しただろうが! 後ろで呑気に待ってた分際で口出しするな!』
優しげな態度とは一変して投げかけられた心無き言葉にエイルは反論する言葉を失った。結局、冒険者になって尚、エイルは搾取される立場だったのだ。
以来、彼はパーティを組み、裏切られ、生還し、またパーティを組んでは裏切られる。それを繰り返した果てにまた、スラムの時と同じように【灰被り】と呼ばれるようになった。
そして、【灰被り】の名は次第に使い勝手の良い『荷物持ち』として名は広まっていった。
どんな危機に落とされても、どんな絶望的状況であっても必ず生還する『囮』として。
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