第6話 高杉君との邂逅

 本当は土魔法の可能性を確かめるべくインターネットで土の成分を調べる予定だったのだが、次々に新たな魔法やスキルを習得するので土魔法だけに構っていられなくなった。

「それに……」

 薬草と魔力草にすっかりハマってしまった私は、聖域に着くとすぐに敷地内の魔力草と薬草を全部収納した。地球で一番必要なものは魔力の回復手段である。

 

 私は異世界に来てからわずか3日で薬草が無い生活はもう考えられなくなっていた。

 家ではまだ薬草が増やせるかどうかが分からない。もしかしたらここでも貴重なものかも知れない。

 

 パッと見では柵の外にもある。もっともっと摘まなくては。ついでにこの辺に何があるか探索もしておこうと少し歩く事にする。

 街とかあったらどうしようか。地球の物で商売でもする?砂糖とかコショウを持ってくれば良かったのかも知れない。

 

 その時カサッと遠くの草が動いた気がした。

私が息を呑んで草むらを見ていると、草をかき分けて出てきたのはばかでかいイノシシだった。


 でかい……牛ぐらいある……!

 

 大丈夫、焦るな、野生動物にあった時は背を向けない。私は心の中で唱えながら、猪から目を離さずにそろりそろりと後退りする。

すると猪は頭を下げて唸りながら土を前足でかきはじめた。


「うっそマジか!殺意高すぎ高杉君か!」

 私に向かって恐らく突進しようとしているらしい猪の頭の上に、咄嗟に先日アイテムボックスに収納してあった大岩を落とした。

猪は一度動きを止めたもののよろよろと追いかけてくる。

「マジか!あれで生きてるとか!」

 私はダッシュで聖域を目指す。息が切れる。猪がスピードをだんだん上げて来て、あわや追いつかれるという所で聖域に滑り込んだ。

「ひえっ!」

追いかけて来た猪が私のすぐ後ろで結界に激突して倒れた。

ドキドキと自分の鼓動が耳につく。

「しゅ、収納」

だが猪は収納されない。

 

 チラッと鑑定して見る。

グレートファングボア 瀕死 非常に美味しい


 非常に美味しい……食べられるの?これが?


 でかい。近くでよく見るとさっきより大きく見える。もしかしたら牛よりも大きいかも知れない。

 敵さんのレベルやステータスは詳しく出ない様だが、鑑定を信じるならばどうやら瀕死らしい。私はいつ起きるのかもとビクビクしながら猪にちょんと指一本で触れ声に出して言った。

「か、解体……」

何も起こらない。

アイテムボックスも解体も生きた動物には使えないスキルの様だ。

 

私は覚悟を決めてグレートファングボアの鼻と口を水魔法で塞いだ。


「可哀想とか思わない。だって襲ってきたのはそっちだ。」


 言い訳の様に呟いた。

グレートファングボアは暴れる事もなく眠ったまま。


 しばらく待ってから鑑定したら死亡していたので、解体スキルで肉にしたら浄化して可食部と皮や牙を収納した。

 

ガクッと足の力が抜けてその場にへたり込む。

「こ、怖かった……」


金曜日

 私はベッドで目を覚ました。アラームは鳴っているのに、全く動く気がしない。

「おはよう唯芽。具合悪いのかい?」

夫は天井を見たまま呆けていた私の額に手を置きかけてやめる。

「体温計を持ってこよう。」

「おはよう。大丈夫。熱はないよ。」

 そう答えたけど起き上がる気力がない。

 

「お弁当は良いから、今日はゆっくり寝ていなさい。」

 夫は布団を私に掛け直し寝室を出ていった。気力を振り絞ってなんとか起き上がり、遅れてのろのろとキッチンに行くと、夫が目玉焼きを焼いていて息子が2人分のパンとコーヒーを用意していた。

ダメだ。ちゃんとしないと。

「おはよう和樹。朝ご飯作らせてごめん。律樹さん、すぐお弁当作るから!」

「具合悪いなら大人しく寝てろよ母さん!」

「ご、ごめんなさい!」


「…怒鳴って悪かったよ。おはよう母さん。今日は家の事は良いからゆっくり休んでいて良いよ。」

私は有り合わせを急いで弁当箱に詰め込んだ。

「行って来るよ。今日は大事な会議があるから側にいられないけど、君はゆっくり休むんだ。いいね。」


夫と息子を送り出して洗濯機を回す。どうしても柔軟剤を入れたいので浄化ではなくて普通に洗濯をした。


昨日のボア戦で気持ちが重くなっている。あのあと異世界で何をして過ごしたかも覚えていない。


 いつもの様に洗濯物を干して、薬草達に水やりをしたら、キッチンに戻り、氷を入れたグラスにハーブティーを注ぎ一口飲んで、少し頭がスッキリしたところでステータスを確認した。

 

 レベルが16になっている。ステータスもかなり上がり、気配察知なるスキルを覚えていた。力や体力、素早さは相変わらず低いが、もともと高かった器用さは200を超えていた。魔力は10倍以上になっている。


「レベルがめちゃくちゃ上がってる。あの猪強いやつだったのか……ていうか聖域おかしくない?モンスター強すぎ問題」

一匹倒して一気にレベル16とは、およそ始まりの地という強さではない。

「聖域の外は魔鏡なの……?二度と外に出たくないんだけど。」

自分は女だし主婦だから魚も捌くし、男性よりは血などに耐性はある方だと思っていたが……

自分で哺乳類を殺す事も、自分が死にかける事も、初めての経験だったんだなと改めて認識した。

 

私は普段昼食は食べないのだが、私が殺した猪を、今日は供養もあって食べる事にした。

 

サイコロ切りにして塩コショウだけ振って焼いた。一応鑑定で食べられる事は分かってるけど、初めての食材だから夫や子供に食べさせる前に絶対味見をしたかった。

 

感想は、めちゃくちゃ美味しい。私の語彙力が無いのはともかくとして、覚悟したのに気持ち悪くもならなかったしジビエなのに全然臭くも硬くも無かった。

 

 昼食を食べたら何となく元気が出たので、気晴らしに自転車で買い物に出かけ、あれこれ購入した。


夕食は猪ステーキとカボチャのサラダ 薬草入りサラダとコンソメスープ。

もちろん家族も絶賛した。

「食欲あるみたいだね。具合良くなって良かった。」

 夫は私を気遣いながら言った。

「もう大丈夫なの?母さん。」

 息子も珍しく優しい。

「うん、朝は起きられなくてごめんね。もう元気。」

 

 多分もう立ち直ったと思う。

私達は毎日肉や魚を食べてる。あのボアだけが特別じゃないんだ。


  名前 久我 唯芽 くが ゆめ

 レベル16

 HP 206

 MP 576

 力 76

 体力 103

 素早さ 64

 器用さ 201

 魔力 288

 運 34

 

 スキル習得率アップ  アイテムボックス

 鑑定 浄化 解体 錬金術 気配察知

 土魔法 水魔法 火魔法

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る