シナリオブレイカーズ!! ~ミリしか知らないゲームの悪役貴族に転生した元不良、定められた運命《シナリオ》を狂わせまくる~

@kon-i1911

プロローグ “伝説の不良” 南雲 勇利

「買い物に付き合ってくれてありがとね、勇利」


 一組の男女が周囲の視線を集めながら歩いている。

 女性の方、“南雲 優菜”はかなりの美人であり、加えてプロポーションも抜群である。それだけで注目を集めるのもおかしくはないが、理由は隣の男、“南雲 勇利”にもある。


「これくらい構わねぇよ、姉貴」


 優菜の身長は決して低いほうではない。しかしその弟は30センチ以上背が高く、そのうえ格闘技の世界チャンピオンと言っても誰も疑問に思わないほどのガタイのよさであった。加えて結構な強面であり、そんな2人が並んで歩いていれば視線を集めるのも仕方ないことである。


「いや~でも重いでしょ、そんなに荷物もってもらっちゃって…」


 勇利の手にはかなりの量の紙袋がぶら下がっている。ひとつひとつはそこまで重くはないがこれだけの量を持ち歩くには1人では大変だろう。

 彼が今日、優菜の買い物に付き合っているのはいわゆる荷物持ちのためである。


「こんくらい大したことない。鍛えてるしな。それに、前から欲しかったモンなんだろ?」

「そうなの! 一部ショップ限定のグッズたち! うちの近くにもあれば電車に乗ってまで遠出しなくてよかったんだけどね」


 「へぇ」と彼が紙袋の中を覗くと、可愛らしい女の子が描かれいるグッズがいくつも入っていた。その中で特に目立っている銀髪のキャラクターには彼も見覚えがあった。


「これ……確か姉貴がやってたゲームのキャラだっけ」

「そうそう! 『デュアリティ・ストーリーズ』のシエラちゃん! ギャルゲーにRPGロールプレイングゲームなんかの要素を組み合わせた名作でね! 特にその子が…!」

「あー…、オーケーダイジョブだ姉貴。前にも聞いた」


 勇利は以前、彼女がそのゲームを強く進めていたことを思い出しながら話を遮る。

 彼女がいわゆるオタク気質なのに対し、勇利はそういったものに疎いタイプである。ゲームも相当有名なものしかやっておらず、ましてやギャルゲーなどは手を出したことなど一度もなかった。


「えぇ~、勇利もやろうよぉ~。私の貸してあげるからさぁ~~」

「いいよ別に、……ギャルゲーとかあんま興味ねぇし」

「ギャルゲー興味なくてもRPG部分とかも結構評判いいんだよ? 勇利もプレイして感想を語り合おうよぉ~~」


 昔から勇利と優菜は反対と言っていい性格をしており、趣味も完全に異なっている。お互いが唯一の肉親であり普通の姉弟以上に仲は良いが、それでも共通の話題などほとんど無いのである。


「……分かった。今度やってみるよ」


 なんだかんだ言って彼も、共通の話題というものが欲しかったのだろう。いつもなら断っていた誘いを受けることにした。すると、優菜の表情がぱっと明るくなる。


「本当⁉ 約束だよ⁉」

「はいはい…、あんま期待すんなよ~」


 まるで子供のように喜ぶ彼女をみて、勇利も笑みを浮かべる。そんな微笑ましいやり取りをしていると、

 

「……おい、あそこの男って…!」

「あぁ……、まさか……“伝説の不良”…か?」

「……!」


 離れたところから話し合っている声が彼の耳に入った。

 そちらに目をやると、ガラの悪そうな雰囲気を漂わせた男2人がこちらを見ていた。


「なんでこんなところに? …というか本物なのか?」

「どうする? みるか?」


 そんな不穏な話し合いはすぐに途切れることとなる。


「……………」

「「……ひぃっ⁉」」


 勇利が男たちを睨む。

 妙なことはするな。そう言わんばかりの鋭い眼光が彼らに向けられる。その眼には心底うっとおしがっているような、あるいは嫌なところを突かれたような苛立ちも含まれていた。

 190センチを軽く超える大男から殺気の籠った視線をぶつけられ、男2人は怯え逃げる様にその場から離れていった。


「勇利」

「……わかってるよ。追い払っただけだ」


 優菜に諫められ、彼は殺気立った表情を崩す。とはいえ、その表情はいまだに不機嫌そうである。


「“伝説の不良”…ねぇ……」

「やめてくれ姉貴。は完全に黒歴史なんだからな」

「うん…、わかってる」


 会話がぱたりと止んでしまう。互いに気まずい雰囲気である。

 そんな空気を変えるためか、勇利から無理やり気味に会話を切り出す。


「……よし! 買い物はもう全部終わったよな? ならさっさと帰ってゲームしようぜ‼」

「ゲーム?」

「ほら約束しただろ? 姉貴オススメのゲームをやるってさ」

「! ……うん‼」


 『デュアリティ・ストーリーズ』をプレイする。その約束の話を出すと、瞬く間に優菜の顔が再び明るくなる。

 先程まで空気はどこえやら、再び微笑ましいやり取りをしながら彼らは駅に向かった。






「……ちょいと早かったかな」

「うん、まだ時間あるね」


 駅に着いた2人はすぐホームに降りたものの、次の電車は15分後。少々時間を持て余すこととなった。

 まだ夕方にも差し掛かってない時刻なためか、人はそこまで多くなく先程まで浴びていた視線もなりを潜めていた。


「ねーお母さん、電車まだー?」

「もうちょっと待っててね、少ししたら来るから……」


 近くで、同じく電車を待っているであろう親子がそんなやり取りをしていた。5歳程の女の子が待ちくたびれた様子で母親を困らせており、なんとも微笑ましい光景に勇利たちも思わず表情が緩む。

 そんな中、優菜のスマホが鳴る。


「……あ、ごめん。仕事のメールだ」


 そう言うと彼女は、スマホに目を向け慣れた手つきで文字を打ち込み始める。

 手持ち無沙汰になった勇利は、両手が塞がっているためスマホをいじることもできず暇を持て余すことになる。

 少し待っていると、電車が通過する旨のアナウンスが聞こえた。もう来たのかと一瞬思ったが、まだ15分は経っていない。


「……この電車は違ったよな?」

「うん、快速だからここには止まらない」


 スマホから目を離さず優菜は答える。まだ暇な時間が続くと思ったそのとき……、


「あ! 電車来た!!」


 近くにいた女の子が、母親のもとからするりと抜け出し、線路の方へと走り出した。反応が遅れてしまったのか、母親が手を伸ばそうとした時には、もう手が届かない位置まで離れていた。

 そして、少女はホームの端にたどり着き……、


「あっ」


 そこで転んだ。

 ホームの端で転ぶということは、線路へ落ちるということである。


「────っ⁉」

 

 勇利は持っていた紙袋を投げ捨て女の子のもとへ駆ける。中身がぐちゃぐちゃになるだろうがそんなものは気にしていられない。

 少女の体が宙に放り出されたその時、凄まじい速さで駆け寄ってきた勇利の手が女の子の腕を掴む。間一髪のところで間に合ったが、もう既に別の危険が迫っていた。


「──‼」


 迫りくる電車。先程まで豆粒のように小さく見えた電車は、その姿かたちがはっきりわかるほど近づいてきていた。この駅には止まらないため減速することもない。


「…ふんっっ!!」


 全力で走ってきたため体勢が整っていない勇利は、ゆっくり引き上げていられないと判断し、上半身の捻りだけで女の子をホームの母親めがけて投げる。少々乱暴だが命は助かるだろう。


「っ⁉ しまっ──!」


 しかし無茶な体勢で投げたため、今度は彼自身が反動で線路へ投げ出される。足が完全にホームから離れ、もはやホームに戻ることは不可能であった。

 そして、迫りくる電車の音を聞き、彼は自らの死を確信する。


 視界の端で最愛の姉が、突然のことに何が起こったか分からず、ただこちらに手を伸ばしているのが見えた。


(……すまん姉貴。約束守れな──)


 すさまじい衝撃と共に、彼の意識は途絶えた。






 勇利の意識は暗闇の中に沈んでいた。


「──────い。ユー───さ─」

(…………)


 わずかに声が聞こえ、少しずつ暗闇が晴れていく。


「起き───さい! ユーリ──さ─!」

(…………?)


 再び声が聞こえた。

 自分を呼んでいるであろう声に、意識が徐々に呼び起こされる。


「起きてください!! ユーリウス様!!」

(…………!)


 今度ははっきりと声が聞こえた。

 聞き覚えのない女性の声を聞き、体を起こす。


「よかった……! もう目を覚まさないかと……!」

「………………」


 目に入ってきたのは見覚えのない部屋。洋風でクラシカルな内装をしており、一人で使うにはかなり広い部屋だ。


「………………?」

「大丈夫ですか? どこか痛いところはございますか?」


 こんな部屋に泊まっていたか?と記憶を思い返してみるが、頭がぼんやりとしていまいちよく思い出せない。

 ふと声の主に目を向けると、メイド服を着た女性が心配するようにこちらを見ていた。ブロンドのロングヘアに青い目をしている高校生ぐらいの女性だ。


「………………メイド?」

「? ……はい、ユーリウス様! メイドの“ヘレナ”です!」

「…………ヘレナ……っ⁉」


 そこでようやく勇利の意識が完全に覚醒し、この異常な状況に気づく。

 電車に轢かれたはずの自分が生きていること。明らかに日本ではない部屋にいること。そして、今時メイド喫茶でしか見ないような美人なメイドが目の前いること。


「なんでメイド⁉ というかここどこだ⁉なんで俺は生きてる⁉」


 そんな疑問が一気に溢れ思わず大声が出る。


「⁉ ゆ…ユーリウス様! 落ち着いてください!」

「落ち着いていられるか!!全くもってわけが…………“ユーリウス”?」


 勇利は、自分が違う名前で呼ばれていることに気づいた。ちょっと似てはいるが、彼は“勇利ゆうり”であって“ユーリウス”ではない。


「……おいちょっと待て。俺は“ユーリウス”なんて名前じゃ──」


 自分の名前を修正しようとしたその時、部屋にあった鏡が目に入る。


 そこには、淡い青の髪と眼をした小学生ぐらいの男の子が映っていた。まさかと思い、勇利が恐る恐る手を挙げると、鏡の中の少年も同じく手を挙げた。それが意味することは、鏡の中の少年が自分と同一人物だということで……、


「……なっ…! ななっ……なっ……‼」


 そこでようやく勇利は、


「……なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!?」


 自分が完全に別人になっていることに気が付いた。




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