第五話 叛逆の始まり

「お前達を殺す」

 強引にでも切り拓いてやる。魔物を殺し尽くして。

 「やれ」

 『へい』

 奴らが一斉に動き始めた。大きく鉈を振りかぶって全速力で走ってくる。俺はその速さにはついていけない。だから、一度敵の攻撃を受けて隙を突くしかない。

 「まずは、足止め……」

 全身の魔力を右手に移動させ、それを変質させる。父直伝の光魔法は、一部の「人間」にしか使えない。殺し合いに慣れている奴らでも対応には時間がかかるはずだ。

「ライトニング…」

右手に集めた魔力を魔法へと昇華させる。防御と足止め。それには、実体を持った防御魔法が一番向いている。本来は炎魔法みたいな殺しやすいやつが良いけど、俺には光魔法以外使えない。このまま、1人ずつ斬り殺す。

『いけええええ!』

「ウォー…」

奴らはこのまま突っ込む。このまま光魔法の壁を作って敵を食い止める。母さんにも義妹にも手出しはさせない。そう思考し、右手を地面に付けて魔法発動を狙った

「氷の防壁(フロスト・ウォール)」

その刹那、氷の厚い壁が形成され、俺とゴブリンたち両方の狙いが阻まれた。奴らの多くはその壁に衝突し、身動きがとらなくなった。俺は、その魔法の衝撃で自分の形成した魔力が無情にも消滅した。

これは、属性魔法の一つ。氷魔法。光魔法以上に貴重でかつてはルイズムでのみ使い手が存在していた魔法。つまり、今の魔法を撃ったのは、

「スイ」

隣で困惑していたはずの義妹だという事になる。


「お兄様、随分と遅かったですね」

隣の一三余りの少女は、先程まで大きく掲げていた左手を降ろし、そう告げた。

その言葉を聞いて安堵する。同時に妹の頼もしさを深く感じた。

そうだ。俺の妹は、強いんだった。

「スイ」

「何か」

「母さんを守って。ゴブリンは俺がやる」

「大丈夫だよ。俺は負けない。魔物なんかには」

 たったの数刻。彼女は少し驚いた顔をした。当然かと言えば、当然だ。こんな風に妹を頼ったことは一度もない。いわば無茶ぶりだ。だけど、そんな顔はすぐに晴れた。

「はい。任せてください。お兄様」

その返しに久しぶりに邪悪な笑みを浮かべる。スイと俺はそれぞれ真逆の方向を向いた。彼女はその後母さんの部屋まで全力疾走し、それと反するように俺はその場に立ち止まって剣を左肩の位置に固定した。そのまま腕を伸ばして敵の内の一体に狙いを絞る。壁はすぐに壊される。壊されたその瞬間の無防備な姿を襲う。

そう決意し、再び魔力を変質させ左手の剣先に込めた。

そこから短い静寂が訪れる。そして大きな音と共に壁に亀裂が発生した。その亀裂は段々と周囲に伝播し、数刻の後に部屋を覆っていた透明無色の壁は跡形もなく砕け散った。

「行くぞ!オラァ!」

「閃光の貫弾(ライトニング・ショット)」

「な……ぐ」

剣先から放たれた魔力弾は奴の中心部。心の臓にあたる部分を貫いた。

ゴブリンも人間と同じように臓物がある。さっきの反応からして人間と同じ箇所に置いてあるのだろう。わかりやすくて助かる。

そのまま、そのゴブリンは倒れこんだ。それを見て奴らは驚いて動かなくなった。

「まずは一体」

「バケモノめ。人のくせに簡単に殺しやがって」

一体のゴブリンがそう言った。腹が立った。お前らはここ数年で何人殺したと思ってる。

「なんだ。やっぱり怖いんだな。死ぬのは」

「く……調子乗りやがって」

「来いよ。一人残らず殺してやる」

気が動転して軽く挑発していた。撤回するつもりはない。もうこれ以上話す必要もない。あとはもう殺し合うだけだ。

「お前ら!殺せ!」

親玉の咆哮。それが再開の合図となった。左手の剣を右手に持ち替える。腕を降ろし、踵の先で止める。もう魔法を使う暇はない。剣術でどうにかするしかない。

「うああああ!死ね!」

敵は思いっきり振りかぶって突進している。それと同時にもう一体が背後を取って構えた。前に集中すれば後ろから斬られる。後ろも同様。他の奴らが封鎖して横に逃げるのは難しい。ならどうするか。決まってる。奴らごと利用する。

「ふん!」

「な、なに⁉」

右手の剣を直線上に振り上げ前のゴブリンの心の臓めがけて投げ飛ばす。予想通りに突き刺さり、もう一体が驚いて硬直する。その隙に死体に回り込んで、全力で蹴り飛ばす。

「ば、バカな……?」

そうすれば、死体のゴブリンの鉈が後ろのゴブリンの臓物を貫く。

思い通りに2体殺せたが、足がひどく痛い。死体とはいえ、ゴブリンは思った以上に固い。もう二度とやりたくないな。

「次」

ゴブリンが動きを止めている間にしゃがんで死体から剣を回収しようとした。その時、

「今だ!やれ!」

至極当然の事だが、一斉にかかってきた。全方位から鉈が振り下ろされる。

「閃光防壁(ライトニング・ウォール)」

「く……」

それを、真黄色の壁が奴らの刃を遮った。それと同時にゴールドに近い煌めきがゴブリンたちの目を眩ませた。

「ちくしょう。前が見えねえ」

「奴は一体どこだ?」

数刻の後。

「ここだよ」

「⁉」

右腕を思いっきり振り上げて奴の左腕を切断した。

「うあああああ‼」

奴は痛がって叫んでいる。そんな些細なことは無視して奴に向かった。そして右手に持った剣に左手を添えてそのゴブリンの頭の部分を横薙ぎに斬りつけた。

声を出す間もなく奴の頭が「ストン」とあっという間に落ちた。それを左手で拾い、別のゴブリンに向けて玩具の球みたいに投げ飛ばした。

「な……」

その光景にそのゴブリンは硬直した。好機だ。そいつに隙ができた。

俺は剣を真っ直ぐに奴の心の臓に突き刺し、即座に引き抜いた。

他の奴らは驚いてその場に固まっている。そうしている隙に今さっき殺した五体の奴らの仲間は塵芥となって流血さえなくなっていた。

「3、4、これで5体」

そう宣言して笑みを浮かべた。それは奴らにとって悪魔のように見えていたのだろう。俺自身がそう感じてしまうほど奴らは戦慄と畏怖の表情を浮かべていた。その反応から達成感を感じていた。それでいい。俺は人として魔物共の悪魔になってやる。その覚悟がなきゃ家族を巻き込んでまで叛逆なんてやっていない。


しばらくの間、奴らは動かなかった。それどころか入口のドアの前まで後退して「戦意喪失した」、「降参」って顔をしていた。ふざけるな。この程度ではお前達を絶対に許さない。

「戦う気がなくても、お前らは殺す。お前達の意思なんか関係ない」

「ずいぶんとひでぇ話だな。そうだろ?お前ら?」

たった一体。堂々とズカズカと前進してきたゴブリンがいた。他の奴よりもひときわ巨体で明らかに「親玉」、「リーダー」という雰囲気だった。

「隊長」

「お前らはさっさと上行け」

「……!」

「何?」

「コイツの相手は俺だ。お前らは、さっさとあの女王殺せ」

その言葉に奴らは「はっ!」と強く返事をして上階に移動していった。

もちろん止めたかったけど、そこの怪物が通してくれそうもなかったので、そのまま放置するしかなかった。

「そう睨むなよ。ゆっくり遊ぼうぜ」

「くっ」

状況的には最悪だ。まだ10体以上のゴブリンが生き残ってる。それらを全てスイに任せるのは、危険すぎる。

「母さん。スイ……」

「じっくり楽しもうぜ。王子様?」

奴の気持ち悪い笑顔が視界に写ってきた。

さっさとコイツを殺してスイたちを助けないと……


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