復讐代行宝飾店

沙里央

身代わりストラップ


辛い、悲しい、どうする事も出来ない。



そんな時、目の前に不思議な宝飾店が現れるらしい。



「その人にぴったりのジュエリー」を用意してくれるんだって。




+++++




今は歴史の授業中だ。


恐い年配の先生だから、眠くても眠らないようにしないと……。


眠らないように……。


頭がカクンと落ちた瞬間、バンッ!!と、間髪入れずに机が響く。


歴史の年配男性教師が、私の机を平手で思い切り叩いたのだ。


「一番前の席で寝るとは、いい度胸をしてるな」


いきなりのことに驚きすぎて、額に冷や汗が滲む。


「徹夜で勉強してるようにも見えないがな」


冷めた口調で放たれた台詞に、なにも言葉が出てこない。


「はい。では、四十二ページの……」


年配男性教師は、何事もなかったかのように授業を続ける。


振り向いてはいないが、教室中が気まずい雰囲気になっているのが分かった。


実際、徹夜で勉強しているわけではない。


ただ、眠れないだけだ。



美織みおり、あんた寝不足なの?」


友人の亜紀あきが聞いてくる。


凍り付いたような空気からやっと解放され、休み時間になった。


「……うん、最近ちょっと寝付きが悪くて」


わずかに亜紀から目を逸らし、言葉を濁す。


「悩みがあるなら聞くよ!?」


そう言って亜紀は私の背中をバンバンと叩く。


「力入れすぎだから……!」


全力で励ましてくれているのがありがたかった。


「やば。次、選択授業だ」


選択授業……。


それが私の眠りを妨げている原因だ。


急いで準備をして、亜紀は音楽室へ、私は美術室に向かう。


「じゃあ、また後でね!」


そう言って、手を降りながら小走りで駆けていく亜紀を笑顔で見送る。


急いでいる亜紀とは反対に、私の足取りは重い。


美術室に入り、準備を始める。


ああ、もうチャイムが鳴ってしまった。


私も亜紀と同じ、音楽にしておけばよかった。


そうすれば、今のような苦痛や不眠に悩まされる事はなかったのに。


チャイムが鳴って二分ほど過ぎた時、美術室の扉が開く音がした。


私は音がした方向を警戒しながらもデッサンを続ける。


背後に人の気配を感じた。


その直後、太く、ゴツゴツとした手が私の膝に触れた。


「いやぁっ……!!」


立ち上がった勢いで、自分の座っていた椅子がガターンと、大きな音を立てて倒れる。


「おいおい一体どうしたんだ。みんながビックリするじゃないか」


体を小さく震わせたまま、恐る恐る顔を上げる。


だらしなく太った体に、暑くもないのに吹き出している大量の汗。


大きい顔にニンニクのような鼻。


今、私の膝を触ったのは、この美術教師の金満かなみつだ。


私の担任で、不眠の原因だ。


たくさんの視線が一斉にこちらに注目する。


ただ見ているだけ。


誰も何も言ってはくれない。


だから自分で言わなければ。


「こういう事、やめてください」


平静を装ってはいるが、嫌なリズムで動く心臓の鼓動が、そこに当てている自分の手の平に伝わってくる。


「『こういう事』って……こんな事かな!!?」


金満は、私を羽交はがめにするように後ろから抱き付いてきた。


「嫌っ!!本当にやめてよ!!」


「『嫌っ!!本当にやめてよ!!』」


金満は、私の叫んだ言葉をオウム返しするだけで、力を緩める気配がない。


その時、美術室の扉をノックする音が聞こえた。


「金満先生?どうかされたんですか?」


その声を聞いた金満はすぐに力を緩め、私から距離を置いた。


扉が開いたのと同時に、新任男性教師の若井が教室の中を覗き込んできた。


「美術室の前を通りかかったら、叫び声が聞こえたものですから。何かありましたか?」


「ああ、いやいや!ご心配なく。

真面目に授業を受けない生徒を少し叱っていただけですよ」


違う。


「そうでしたか。では僕はこれで」


扉の閉まる音が、静まり返った部屋に響く。


「さあ、早く続きを描きなさい」


ずっと触られている訳ではない。


ふとした瞬間に、抱きつかれたり触られたりするのだ。



中学二年生の時の担任も金満だった。


三年生になったある日、お互いが椅子に向かい合って座り進路の話をしている時、急に膝を触られたのが最初だった。


何が起こったのか、意味が分からなかった。


『教師が生徒の体に触った』


実際に体験するまでは有り得ない事だと思っていたし、考えた事もなかった。


何もなかったかのように話を続ける金満を見て、驚いた自分の方がおかしいのかと思ってしまった。


だけど、この時に何も言えなかったから段々エスカレートしていったのだと思う。


抵抗すると、肩をとても強い力で何度も叩かれたりもした。


叩かれた箇所は、次の日にあざになるほどだった。


何故、大人である教師がこんな事をするのか分からなくて、悔しくて、悲しくて、情けなかった。



選択授業が終わり、教室に戻る。


次はHRだ。やっと家に帰れる。


だけどHRには金満がやってくる。


「早く席に着きなさい。はい、号令は……」


担任は教室では何もしてこない。


友人の亜紀に見られたら、他の教師に報告されるとでも思っているのだろうか。


この時の私には『他の教師に報告する』という選択肢はなかった。


というか、思い付かなかった。


只々どうしていいか分からない、十四歳の子供だった。



帰り道、亜紀と途中で別れた後、伏し目がちに一人で自宅に向かう。


また来週も触られるんだろうな。


学校に行きたくない……。


友達と一緒にいる時は楽しいのに。


「そんな風に伏し目がちで歩いていたら、目の前にある素晴らしい景色の数々を見逃してしまいますよ」


驚いた私は声の方に顔を向ける。


スラッとしたスタイルの、中性的な顔立ちをした男性がそこに立っていた。


「美織さん、お店の中を見ていかれませんか?当店の商品は、きっとあなたのお役に立てるはずですよ」


どうして私の名前を?


いつもと同じ道を歩いて帰っていたはずなのに、そこには見覚えのない建物があった。


いつの間にこんな店が出来たんだろう?


今朝だって同じ道を通ったはずなのに。


「あなたはいつも下を向いているから気付かなかっただけですよ」


私は心の声を実際に出してしまっていたのだろうか?


不思議な男性の顔をじっと見る。


「さあ、せっかくなのでお店の中へ」


思い切り怪しい……。


そう思い、まばたきをした次の瞬間、私は既に店の中にいた。


「……えっ?何で?私、さっきまでお店の外に…!」


「せっかくですから商品をご覧になって下さい。きっとあなたにぴったりの物が見つかりますよ」


慌てている私に、男性は落ち着いた口調で語りかける。


周りを見渡すと、様々な種類のアクセサリーがたくさん展示してあった。


キラキラとした異世界のような空間。思わず見とれてしまう。


その中で一番、惹かれる商品があった。


「この……ストラップ?すごく可愛い」


スマホだからストラップは着けていないけれど、何故だかとても欲しくなってしまった。


「お目が高い!そちらがお客様のお選びになられた商品ですね」


店の男性が両手を広げながら大袈裟にそう言った。


「いや、可愛いとは思いますけど、買うとは言ってません!」


私は慌てて言葉を返した。


そういえば、どの商品も値段が付いていない。


「お気に召されたのなら差し上げますよ。

その商品は、そちらの学生鞄に付けられる事をお薦めします」


「差し上げます……って、貰えません……!」


次の瞬間、私は道の真ん中にいた。


周りを見渡すが、さっきまであったはずの店がどこにも見当たらない。


寝不足すぎて、立ったまま夢でも見てしまったのだろうか?


しかし、自分の手の平に握られていたストラップに、さっきの事が現実だったのだと思い知らされる。


今のは一体何だったんだろう。


家に帰り、自分の部屋のベッドの上でストラップを眺める。


でもやっぱりすごく可愛い……。


そういえば、あの店の男の人が学生鞄に付ければいいとか言ってたんだっけ。


ストラップをじっと見つめている内に急激な眠気に襲われ、私はそのまま朝まで眠ってしまった。



次の日の朝。


登校中の自分の鞄に付けたストラップが、歩く度に小さく揺れる。


結局、言われた通りに付けてきちゃった……。


でも本当に大丈夫なのかな。


後でとんでもない金額を請求されたりして。


あのお店を見つけたら、ちゃんと返さないと。


「美織……、あんたさっきから何をブツブツ言ってんの?怖いんだけど」


いきなり視界に現れた亜紀に驚く。


「わっ!びっくりした……。私、声に出してた?」


「『とんでもない金額を請求』……とか。まさか眠れない原因はそれ!?一体何を買ったの!引かないから正直に言いなさい!」


「何も買ってないよ!しかも昨日はぐっすり眠れたし」


「そうなんだ?良かったぁー!!あんた何か今日、顔色が明るいもん」


じゃれあっている内に、亜紀は何かに気が付いたらしい。


「このストラップ、すごく可愛いじゃない!昨日まで着けてなかったよね?買ったの?」


「買ったっていうか、貰ったっていうか……」


説明が難しい。


いくら友人とは言え、目の前にいきなり店が現れて消えたなんていう話をしたら、また心配を掛けてしまう。


言葉に詰まっている私を、亜紀は目をキラキラさせながら見ていた。


「もしかして……、彼氏とか!?いつの間に!?おめでとう!今度、紹介してよね!」


「だからそんなんじゃなくって……」


「男の人に貰ったんじゃないの?」


「そう、男の人。……だけど、違うんだって!」


亜紀からの質問攻めは止まらない。


そんなやり取りを、少し離れた場所から金満が見ている事に全く気付いていなかった。



その日の放課後、委員会で遅くなった私は教室で一人、帰りの支度をしていた。


突然ガラッと開いた扉の音に驚いて、顔を上げる。


「まだ残ってたのか」


金満がニヤニヤしながら、太った体で扉を塞いでいる。


「……もう帰ります」


急いで鞄を持ち、後ろの扉から教室を出ようとしたが、既に遅かった。


金満は私の鞄を力任せに引っ張って取り上げ、その勢いで私は床に倒れこんだ。


「随分とチャラチャラした物を着けてるなあ、君は」


私から奪い取った鞄に着いているストラップを、金満は舐めるように眺めている。


「……校則違反じゃないはずです」


立ち上がりながら金満の顔を睨み付け、反論する。


今までだったら周りに誰か、人がいた。


担任と二人きりになるのは初めてだ。


……怖い。足が震える。


そして『プチッ』っという音と共に、鞄から迷いもなく引きちぎられたストラップ。


金満は、それを何度も何度も、思い切り床に叩き付けた。


「キェーーッ!!没収!!キェーーッ!!没収!!」


叩き付けては拾い上げ、また叩き付ける。


壊れた人形のような奇声を上げながら、不気味な笑みを浮かべる金満に恐怖を感じた。


何とか自分の鞄を持ち、無我夢中で教室を飛び出した。


廊下を走り、突き当たりの門を曲がろうとした時。


「わぁっ!」


声を上げたのは若井先生だった。


……危ない。もう少しでぶつかるところだった。 


「美織君……?」


「ご、ごめんなさい!」


私は若井先生に勢いよく頭を下げ、昇降口へ急いだ。



次の日の朝。


職員室で若井が何かに気付いた。


「あれ金満先生、ストラップ変えました?

何かえらく可愛らしいの着けてますね」


ちぎれた紐をガラケーの穴に通し、固結びにしてあるストラップ。


それは昨日、美織の鞄から無理矢理引きちぎった物だった。


「ああ、これは生徒から」


「プレゼントですか!?やりますねー!」


「いやいや……」


満更でもない顔をする金満。


「いやー、羨ましいっす!」


若井は金満の両肩に手を置き、グイグイと揉み始めた。


その瞬間、金満に凄まじい嫌悪感が走った。


「きゃあ、いやぁっ!!」


甲高かんだかい声を放ちながら若井の手を振り払い、勢いよく立ち上がってキャスター椅子を派手に倒す金満。


職員室が静まり返る。


今までどっしり構えていた太ったおっさんが、いきなりオネエ口調で悲鳴を上げたのだ。


驚かない方がおかしい。


「金満先生……?」


若井と周りの教師達は皆、目を点にしている。


我に返った金満は、こぶしを口に軽く当てゴホンと咳をして、キャスター椅子を元に戻して座り直した。


「じょ、冗談ですよ、冗談!」


「な、何だー!急にびっくりするじゃないですかー!しっかりしてくださいよ。今は文化祭も控えてて忙しいんですから」


そう言いながら、若井は再び金満の肩を揉みはじめた。


「ははっ……、分かってますよ……」


この時も、金満には凄まじい嫌悪感が走っていた。


気持ちが悪い……。


何なんだ、この感覚は!


その時、ちょうどチャイムが鳴った。


「……さ、さぁ、HRが始まりますよ!

遅れたら生徒達に示しが付かないですから!」


金満は若井から離れ、教室に急いだ。



ストラップの事はショックだけど、学校は絶対に休みたくない。


今日は選択授業もないし、入学してからはまだ無遅刻無欠席。


中学では皆勤賞が欲しいし、HRさえ我慢すれば、きっと大丈夫。


強がってはいるが、昨日は家に帰ってからはずっと泣いていた。


人から貰った物なのに、奪われて壊されてしまった。


もう二度と返ってくる事はないだろう。


そう思うと悲しくて仕方がなかった。


HRを告げるチャイムが鳴り、金満が入ってくる。


何だか今日は、いつにも増して機嫌が悪そうだ。


号令が済んだ後、金満が私の名字を呼んだ。


「もうすぐ文化祭だが、君には一人で雑用係をやってもらう」


いきなりの宣告に、流石にクラス中が静かにざわついた。


「先生、何でこの子だけけなの?私も手伝うよ」


亜紀がそう申し出てくれた。


「いや、こいつだけでいいんだ」


とても悔しかったが、誰か一人でも味方がいてくれる。


それだけで嬉しかった。


「亜紀。私、やるよ」


「え?」


亜紀が驚いた顔をしている。


抵抗したら、また金満に何をされるか分からない。


それに、もしも亜紀にまで被害が及んだら後悔してもしきれない。 


私は腹をくくった。


「美織、本当にいいの?あんた、家庭科室で出し物の調理するの、すごく楽しみにしてたじゃない!」


「大丈夫だよ、亜紀。私は大丈夫だから」


決意が変わらない事が伝わったのか、亜紀は眉をひそめながら困ったように微笑んだ。


その日の帰り道、方向が違う亜紀と途中で別れ、一人で帰路に着く。


やっぱり家庭科室で調理したかったな……。


でも、やると言ってしまったのだから仕方がない。


気持ちとは裏腹に、ジワリと涙が浮かんでくる。


泣いたら駄目だ!


目頭を指で拭い、顔を上げた瞬間だった。


私はまた、あの宝飾店の中にいた。


店の男性が静かに語りかけてくる。


「ここではどんなに大きな声を出しても他の人には聞こえません。だから思い切り泣いても構いませんよ」


穏やかで優しい声に安心したのか、とうとう涙腺が崩壊した。


私は店中に響き渡る声でわんわんと泣き続けた。



「大分落ち着かれたようですね」


散々泣きわめいた後、店の男性が入れてくれた紅茶を口にしながら、私は少しずつ話し始めた。


「私、小学生の頃、イジメに遭ってたんです。中学では友達も出来て毎日が楽しかったのに、担任さえあんな事をしてこなければ。もう、あんな理不尽な思いをしなくて済むんだと思ってたのに」


からになったカップをソーサーに置き、息を吸い込む。


「でも、もう諦めたんです。私は結局、守ってくれると思っていた教師おとなからもターゲットにされるんだって」


私は諦めたような笑みを浮かべた。


店の男性は無表情のまま、静かに話し始めた。


「ストラップを盗られてしまった事は、あなたに非は一切ありません。むしろそれで良かったのです」


「良かった?どういう事ですか?」


「あの商品は、『前の持ち主の負の感情が分かるストラップ』なのです。あなたから奪ったストラップを、自分のケータイに着けた金満先生が現在の持ち主となります。つまり、男性に触られて嫌だったあなたと全く同じ気持ちを、金満先生も味わう事になるのですよ」


「まさか、そこまで計算して……?っていうか担任の名前まで知ってるんですね……」


信じられない様な話だが、店が現れたり消えたりするのをたりにしているので、ストラップの話も疑わなかった。


「当店はアフターサービスもしっかりしておりますから」


店の男性は、営業スマイルのテンプレのような笑顔でそう言った。


「ですが」


店の男性の表情が真顔に戻る。


その瞳の奥の冷徹れいてつな光に鳥肌が立った。


「丁寧に創られた商品を引きちぎってしまわれるとは……。想定外でした」


「ごめんなさい……」


思わず謝ってしまう。


「あなたが謝る必要はありません。謝らなければならないのは金満先生でしょう?……しかし、悪事が発覚してからするような謝罪は、バレなければ何をしてもいいと思っている証拠ですよ」


店の男性は無表情だったが、怒りに満ちているように見えた。


「金満先生は、ストラップが原因で今の状態になっている事には気付いていないでしょう。あなたは普段通りに学校に通って下さい。……そして、誰も助けてくれないのなら、誰も巻き込みたくないのなら、あなたが正しいと思う方法で戦いなさい。例え、自分の望む結果が得られなかったとしても」


店の男性が遠ざかる感覚に軽い眩暈めまいを感じ、目をつむった。


再び目を開いた時に映ったのは、元の通学路。


やはりそこに店はなかった。


『自分が正しいと思う方法で……』


私は店があったはずの場所をしばらく見つめながら、店の男性の言葉を頭の中で何度も繰り返していた。



翌朝、いつもより早起きをし、一本早い電車に乗って学校に向かった。


私はある決断をしていた。


逆恨みをされたとしても、何もしないよりはマシだと思った。


「あれ、今日は早く来てたんだ?」


私が学校に着いてから二十分ほどして、亜紀が登校してきた。


「あんた目の下にクマが出来てるよ。また寝れなかったの?」


亜紀が心配そうに私の顔を覗き込む。


「うん……。考え事してたら眠れなかった」


「やっぱり悩みがあるんでしょ?聞くよ?」


「……ありがとう、亜紀。今日のHRが終わったら全部話すね」


「HRが終わってから?」


不思議そうに尋ねる亜紀の目をしっかり見て、私は言った。


「そう、『終わってから』」


チャイムが鳴った。


緊張と寝不足で心臓の鼓動こどうが早くなる。


教室の扉が開いた。


HRが始まる……。



金満が、出席簿と数十枚の用紙を持って教壇に立つ。


号令が終わり、いつものように出席を取る。


「えー、この前の中間試験の答案、数学の先生に返却を頼まれたので今から配ります」


金満は一人ずつ、答案に書かれた生徒の名前を呼んでいく。


本当にこれが『正しい方法』なのかは分からない。


ただ、一晩掛けて考えた、今の状況から抜け出す為の賭けでもあった。


私の名前が呼ばれる。


立ち上がり、教壇にいる担任の元に向かい、金満の真正面で立ち止まる。


「君、もうちょっと頑張りなさいよ」


渋い顔をして、二十四点の答案を渡してくる金満の顔をジッと見る。


答案を受け取ってすぐ、金満に向かって私はこう言った。


「金満先生、選択授業の時に体を触ってくるのをやめてください」


金満は数秒間、動きが止まった。


そして、分厚い唇をプルプルと震わせた直後にやっと発した言葉が、「……うん、ああ……」だった。


その言葉を確認した私は、くるりと振り返り、自分の席へと向かう。


クラスメイト達は唖然あぜんとしていた。


亜紀を含めて選択授業が違う人達は、何が起こったのか意味が分からない様子だった。


選択授業が同じ人達も、何が起こったのか理解していない様子だった。


これが正しいのかどうかはまだ分からない。


だけど、あの空間で何度やめてと言ってもやめてくれなかったのだ。


教室で、クラスメイト全員の前で言えば少しは効果があるかもしれないと思った。



それから私は金満に触られる事はなくなった。


しかし、その日から金満の機嫌はあからさまに悪くなり、私以外のクラスメイトにもキツい態度を取るようになってしまった。


「この課題、まだやってないのか!!」


「あ、あの、先生。これって提出日は来週ですよね…?」


クラスメイトの一人が控えめに尋ねる。


「そうやって先伸ばしにしているから君達は駄目なんだ!!」


金満は、あの日から明らかに荒れている。


触られる事はなくなったが、謝る事もなく逆ギレしている金満に腹が立っていた。


「金満、今日も荒れてるねー。美織、あんたももっと早く言いなさいよ!力になれたかもしれないのに!」


休み時間、亜紀が怒った素振りを見せながら、心配そうな顔でそう言った。


「ごめんね。亜紀まで巻き込まれちゃったらって考えたら言えなかったんだ」


「そっか……。でも、あの時はよく一人で立ち向かったね。あんた、前と少し雰囲気変わったよ。いい意味で」


「そ、そうかな?」


少し照れながらはにかむ。


「そういえば話変わるけどさ、あの噂知ってる?」


「噂って?」


「違うクラスの子に聞いたんだけどさ、前に用事があって職員室に入ったら、金満がオネエみたいに悲鳴を上げて椅子をひっくり返してたんだって……!」


亜紀は笑いをこらえきれずに吹き出した。


きっとあのストラップの効果だ……。


「オネエなのは誰にも迷惑掛からないからどうでもいいけど、……変な担任だよね」


「そうだね……」


苦笑しながらも、そう答える。


問題は解決したけど、ストラップは金満が持ってるままでいいのかな。


かといって取り返せそうにもないし……。


店の男性の事を思い出して、申し訳ない気持ちになった。



文化祭当日。


私は雑用係として校内を駆け回っていた。


私達のクラスの出し物はデコスイーツなので、私以外のクラスメイトは家庭科室で調理をしている。


亜紀はやはり心配してくれていたが、もう大丈夫だと気丈に振る舞った。


金満の事は解決したのだから、前を向かなくては。


次の用事を確認する為、メモを見ながら人気ひとけのない渡り廊下を一人で歩いていた。


「何か奢ってやろうか?」


金満の息が耳元に掛かり、私は小さく悲鳴を上げた。


……やはり卒業するまで終わらないのだろうか。


そして私は、死ぬまで誰かのターゲットにされるのだろうか。


「あの時言いましたよね?返事をしてくれましたよね?」


冷静を装うが、膝は小刻みに震えている。


「『触らないでください』だろ?触ったか?俺、今、触ったか!?なあ!?だいたいなあ、触ったって減るもんじゃないのに、大袈裟なんだよ女は!!」


金満がじりじりと近付いてくる。


「もうやめてよ!私は一人の人間なの!先生のおもちゃじゃないんだよ!」


あまりの恐怖に、もう強く目を瞑る事しか出来ない。


「まあまあ。お二人共、落ち着いて」


目を開けると、あの店の男性が後ろから金満に抱き付き、両手で胸を鷲掴みにして揉みしだいていた。


「ひ……、きゃあああぁぁぁぁ!!嫌ああああぁぁぁぁ!!!」


金満が甲高い裏声で叫ぶ。


その声に、他の生徒や教師達が集まってくる。


「変態!最低!もう!信じらんない!!」


金満はそう叫び、体の前でクロスした腕で胸を押さえながら内股でどこかに走り去って行った。


「どうしてここに……?」


除菌ティッシュを取り出し、入念に手を拭いている店の男性に尋ねる。


「父兄じゃなくても参加出来るんでしょう?」


店の男性がそう答えた時、騒ぎを聞き付けた亜紀が、エプロンと三角巾を着けたまま駆け寄ってきた。


「また金満……?大丈夫だったの!?」


「うん、助けてもらったから……」


二枚目の除菌ティッシュを取り出している店の男性を見た亜紀が、私にヘッドロックを掛け、小声で問い掛ける。


「もしかしてストラップの……?」


「そうだけど……」


目を潤ませた亜紀は、私の持っていた雑用のメモを取り上げた。


「じゃあ邪魔しちゃ悪いね!後はやっといてあげるから二人で回ってきなよ!この子の事、末永く宜しくお願いします!」


「え、えぇ!?」


誤解を解く隙を与えてくれないほど、亜紀は素早く退散してしまった。


「何だかこちらが邪魔をしてしまいましたね。せっかくお友達が駆け付けてくれたというのに」


店の男性は申し訳なさそうな顔をした。


「大丈夫です。後でちゃんと説明しますから。金満の事……、助かりました。 ありがとうございます」


「当店の商品がお役に立ったようで光栄です。しかし、本当に戦ったのは美織さん、あなた自身ですよ」


商品という言葉を聞いて、はたと我に返る。


「あのストラップを付けている限り、金満はずっとあんな感じなんですか?」


「そう、『付けている限り』はね。だから今日は回収に上がったんですよ。そうしたら、あなたと二人きりの所を偶然見つけてしまいまして」


偶然にしてはタイミングが良すぎるとは思ったが、口には出さなかった。


「では回収に行って参りますね。金満先生は一体どこまで行ってしまわれたんでしょう、あんなに短い足で」



その頃、金満は屋上にいた。


フェンスをがっしりと掴み、乱れた呼吸を整えようとしている。


「……一体、俺が何をしたって言うんだ!!」


「しましたよ。自覚がないんですか?」


振り向くと、そこには若井が立っていた。


「以前、美術室の前を通りかかった時、実は見ていたんです。そして『今度は』美織君をターゲットにしている事に気が付きました。本当に『あれから』何にも学んでいないんですね。がっかりです」


『今度は』……?『あれから』……?……どういう事だ?


したたる汗をぬぐいながら、金満は若井を睨み付けた。


「ほら僕、この学校の卒業生でしょう?当時……僕が高校一年生の時に付き合っていた彼女がいたんです。金満先生が担任されていた子だったんですけど忘れちゃったかなぁ?途中で引きこもっちゃったから」


嫌な汗が金満の背中を伝う。


「彼女の遺書を見るまで、全く気が付かなかったんですよ。あなたに触られて悩んでいたという事に」


「遺書……?」


「二年生の時に亡くなったんです。自殺でした」


金満には思い当たる節があった。


もう顔も思い出せないが、数年前に自殺した女子生徒がいたはずだ。


自分のクラスの生徒ではなかったので、葬儀には参列しなかった。


「まさかお前、俺に復讐する為に教師に……?」


「誤解しないで下さい。僕は純粋に教師になりたかったんですよ。母校の教師になるのはよくある事でしょう?それに僕は信じたかった。彼女の事も、あなたの事も。教師になって二年間、あなたの様子を見ていました。あなたは沢山の生徒や卒業生達から慕われていましたね。新米の僕にも親切にしてくれた。だけどあの日、美織君に酷い行為をしているのを見て、彼女の自殺の原因はやはりあなただったんだと核心しました。美織君からストラップを奪う現場も見ていたんですよ。そうとは知らずに、金満先生は何食わぬ顔して自分のケータイに着けて。まったく……、笑っちゃいますよね」


「お前……それを分かってて、ストラップの事を聞いてきたのか?」


「馬鹿みたいですよね。あなたも、あなたに死に追いやられた彼女も、少しでもあなたを信じていた僕も」


若井は淋しげに笑った。


「彼女はもう、帰ってきません。だけど美織君に償う事は出来るはずです。金満先生、どうか罪を認めて下さい。お願いします」


若井が頭を深く下げる。


そんな様子をポカンと見ていた金満は、眉間にシワを寄せながら半笑いで言い放った。


「……償う?何を……?罪って何だよ!?教師がストレスが溜まるのは、新米のお前だって分かってるはずだろ!?女なんか触られる内が華なのに、ババアになったら何の価値も無くなるくせに、ピーピーピーピーうるさいんだよ!」


金満がまくし立てたのを聞き終わった若井は、ゆっくりと頭を上げた。


その表情が笑顔だった事に金満は驚いた。


「今の会話、学校中に流れてます」


「……は?」


金満は事態がよく飲み込めていない。


その時、屋上のドアが開き、数名の教師達が青ざめた顔をして入ってきた。


「金満先生、今のはどういう事ですか!?文化祭に来られている保護者達が職員室に押し掛けて説明を求めてるんですよ!」


先頭にいた若井は、金満にだけ見えるように胸のポケットからスマホをちらりと覗かせ、耳元でささやいた。


「スマホの録音機能と放送室を連携させていたんです。さあ、あなたはどう言い訳しますか……?」


若井の目には涙が浮かんでいたが、金満にはそんなものは見えていなかった。 


安定した職業、家庭、……そして、人間としての信頼。


今まで築き上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく……!


いっそここから飛び降りてしまいたい。


しかしフェンスを飛び越えるには高さがありすぎる。


矢継ぎ早に追求してくる教師達の声も金満には届いていない。


その時、他の教師達の死角になっている狭い箇所のフェンスが破れている事に気が付いた。


人が一人が通れるくらいのその穴を目指し、金満は全力で走り出した。


「何してるんですか金満先生!!」


若井が追い付いた時には、金満は穴に引っ掛かり、上半身のみをフェンスの外に投げ出していた。


すぐに飛び降りる事が出来ると思っていたのに、腹の贅肉が引っ掛かってしまったのだ。


更に勢いでズボンもずり下がり、下半身が丸出しになっている。


「いやぁ!!」


金満のズボンのポケットには、ストラップの着いたケータイが入ったままだ。


「やだっ!!見ないでぇっ!!」


フェンスに引っ掛かったままジタバタしている金満の姿を見て、周りの教師達は慌て出す。


下には沢山の野次馬が集まってきた。


ピロティーには文化祭の屋台のパイプテントが立ち並んでいる。


さっきの金満の言葉を校内放送で聞いた生徒や教師、保護者達から向けられる下からの冷たい視線。


地上とはかなりの距離があるが、少なくとも金満にはそう見えた。


やっぱりこのまま……!!


フェンスを掴んだ両手にグッと力を入れ、前進をこころみるが全く動かない。


半泣きになった金満に若井が声を掛けた。


「妙な考えは起こさないで下さい!」


他の教師達もハラハラしながら見守っている。


「ここは狭いので、僕一人が引っ張り上げます!皆さんは安全の為に下がっていて下さい!」


あいにく、腕力のある体育教師はその場にいなかった為、教師達は若井に全てを託した。


そこは大人の男がやっと一人通れるほどの隙間だ。


若井は担任を真後ろから引き上げるしかない。


他の教師達からは、若井の後ろ姿と金満の足しか見えていない。


若井が金満の両足を持つ。


「金満先生、今助けますから気を確かに!」


「そんな事よりズボンを上げてぇっ!!恥ずかしくて死んじゃうぅっ!!」


「……恥ずかしいでしょ?助けてほしいでしょ?それが被害に遭った彼女達の気持ちですよ。分かりましたか?」


若井は呟く。


「俺は脱がせてはいないだろうが!!」


「……そうですか」


若井は、金満の両足をシャチホコのように持ち上げ、開脚しながら叫んだ。


「金満先生、大丈夫ですか!!今、助けますから暴れないで下さい!!」


体が反れた事で、下にいる一部の野次馬達からも下半身が丸見えになった。


「ああぁぁぁ!!もう嫌ぁっっ!!」


その瞬間、贅肉が引っ掛かっていた箇所が外れた。


恥ずかしさに耐えられなくなった金満は、再びフェンスを両手で思い切り押し出し、前進する。


悲鳴が聞こえた気がした。


数秒後、鈍い痛みと熱さが体を駆け巡り、金満の意識はなくなった。


パイプテントの白い布を突き破り、偶然、屋台で出してしいた『激辛激アツ豚汁』の入った寸胴鍋に、上半身から太股辺りまでがすっぽりと収まる形で落下したのだ。


すぐに救急車が呼ばれ、辺りは騒然となった。


不謹慎な者がいるもので、金満の画像は数分後にXにアップされ、『#スケキヨフルチン』がしばらくトレンド一位を独占した。


ケータイの入ったズボンは屋上に取り残されていた。



数日後、職員室。


「屋上から落ちて助かるなんて、金満先生、よっぽど運がいいのね」


年配の女性教師がコーヒーをすすりながらそう言った。


どうやら、パイプテントの布の部分が落下の衝撃を和らげたらしい。


「本人にしたらどっちが良かったんでしょうね」


若井が呟く。


「今、何かおっしゃいました?」


「助かって良かったですねって言ったんですよ」


若井は爽やかな笑顔でそう返した。


「でもねぇ……、まさか女子生徒にセクハラしてたなんて。依願退職されたけど、ネットでも顔や住所もバレちゃって。あのスケキヨ画像も出回っ……ブフォッ!!」


年配の女性教師は思わずコーヒーを吹き出しそうになる。


事故から二ヶ月経った今でも金満に関するあらゆるスレッドが立てられ、一向に鎮火する気配はない。


若井は屋上に向かう。


屋上に通じるドアを開けると、長身の男性の姿があった。


あの店の男性だった。


「お待ちしておりました」


「金満先生は、助かるべきだったんでしょうか?」


「ええ。死ぬより辛い余生を過ごさなくてはならない、私刑。それで充分でしょう」


不適な笑みを浮かべて店の男性は返す。


「死ぬより辛い……か。僕の彼女は本当に死んでしまうほど辛かったはずなのに……」


丸出しになっていた金満の局部は、救助されるまでに芯まで火が通ってしまった。


搬送された時は既に手遅れで、根本から六センチを切り落とすしかなかったという。


「若井先生。あなた、金満先生を押して・・・ましたよね?助ける振りをして」


店の男性が指の背を鼻の先に添え、くくっと笑う。


「……やっぱりバレてましたか。本当に、何でもお見通しなんですね」


若井は苦笑いを浮かべた。


「どうぞこちらを。紐は修復し、シルバーの部分は超音波洗浄とウィノール金属磨きクリーナーでピカピカに仕上げておきました。あなたと彼女の思い出のストラップですからね」


店の男性は、若井にストラップを渡した。


このストラップは若井が高校時代、彼女と付き合った時に初めてプレゼントした物だった。


高校二年生の夏休みが終わる前に、彼女は死んだ。


ぼんやりと遺影に手を合わせたままの僕に、彼女の母親があるものを見せてくれた。


それは、日記で、遺書だった。


そこには彼女の苦しい胸の内がつづってあった。


亡くなる二ヶ月前、彼女から相談を受けた両親はすぐに学校側に連絡をしたが、全く相手にされなかったという。


「あなたの娘が嘘を吐いているのだろう」と。


金満は、その当時で既に教師歴二十年以上のベテランだった。


「きっと、生活態度について叱られたのを根に持っているんだろう」


金満の言い分を信じた副校長は、彼女の母親に電話口で冷たく言い放った。


それ以降は一切取り合ってもらえなかったらしい。


美術室で美織君に無理矢理抱きついている金満を見た時は、すぐにでも中に入って殴り飛ばしてやりたかった。


でもそうすれば、新米教師の僕がクビになるだけだ。


また無かったことにされてしまう。


何か、方法はないのか……。


若井は煙草を吸おうと、屋上に通じるドアを開けた。


するとそこは屋上ではなく、宝飾店のような場所だった。


長身の中性的な顔立ちをした男性がそこにいた。


店員であろうその男性の言葉に、僕は耳を疑った。


「彼女の仇を取りたくはありませんか?あなたが肌身離さず持ち歩いているストラップを貸して頂けないでしょうか?」


ここは一体どこなのか。


何故、内ポケットに入れているストラップの事を知っているのか。


彼女が亡くなった後、彼女の母親にお願いして譲ってもらった事を、何故?


正直、半信半疑だった。


だけど、何故か僕はこの店の男性に掛けてみようと思った。



「一体あなたは何者なんですか?」


「宝飾品を扱っている者です」


涼しげな眼差しで店の男性は答える。


「そういう事じゃなくて……。まあ、いいか」


若井は正体を知るのを諦めたのか、呆れたように笑った。


教室の外から、思い出のストラップを床に叩き付けているの金満の姿を見た時、僕は我慢できなくなって、教室の扉を開けた。


だけど扉の先は教室ではなく廊下だった。


状況を理解しようとしていると、教室から走ってきた美織君とぶつかりそうになった。


あれもきっと、この店の男性の力なんだろう。


「あなたはまだ若い。過去にとらわれたままでは前に進めませんよ」


「そうですね……」


若井は手の平のストラップをじっと見つめる。


「美織様はその後どうですか?」


「ええ…、警察や教師達から色々話を聞かれて少し参っていた様子でしたが、毎日休まずに登校していますよ。不眠症も改善に向かっているとか。友人達も理解してくれているみたいです」


「彼女の二の舞にならなくて良かったですね」


「言葉に気を付けて下さい……!」


若井は店の男性をキッと睨みつける。


「それは失礼。ところで、そろそろ次の授業が始まるのでは?」


若井は腕時計を確認する。


「そうですね。それでは僕は行きます。生徒達が待っていますから」


若井はストラップを包み込むように握り締めた。


「どうぞ」


片手をドアの方に向け、店の男性はにこやかにそう言った。


若井の後ろ姿を見ながら、店の男性は独り言のように呟いた。


「大抵の子供達が家族以外で初めて接する大人は保育士や幼稚園教諭、教師なのではないでしょうか。くれぐれも生徒に間違った事を教えないよう、願いたいものですね」


若井がドアノブを掴む。


高校の帰り道、珍しく露店が出ていたので彼女と二人、そこに並ぶ商品をしゃがんで眺めていた。


それで彼女はこのストラップを気に入って、僕がプレゼントしたんだっけ。


あの時の彼女の無邪気な笑顔を思い出し、目頭が熱くなる。


思い出になるまで、もう少し時間が掛かりそうだ。


……そういえばあの時の露店の男性、今の男性に似ていたな。


若井が振り返った時、そこにはもう誰もいなかった。

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