第3話 なんか、家族でよかったな
僕とマリィの祝言が終わって、タウルス平原には元通りののどかさが戻った。いつものようにバッファローたちは草を食べ、人はバッファローの世話をする。僕といえば、いつも隣にマリィがいるのがまだ信じられない。しかも好きなだけ触っていいだなんて……夢ではないのだろうか。
ヴァインバード家一行はしばらく大会館に滞在し、僕は彼らの接待に追われることになった。父や事業を引き継ぐ予定のアレックス兄さんは熱心に牧場を見学していた。特にアレックス兄さんは僕のやっている長毛種の品種改良にも興味をもってくれて、連日ハンナと一緒に長毛種の牛舎へ遊びに来てくれた。
「エリク。毛織物を作ったとして、その先はどうするんだ?」
「今は品種改良の結果が出せていないから、その先まではまだ考えていないよ」
僕が答えると、アレックス兄さんは何かを考え込んだようだった。
「それなら、その毛織物が出来たら優先的にこちらに回してもらうことはできるか?」
「そんな、取らぬ牛の毛皮算用を……いいですよ。いつになるかわかりませんけど」
それから、アレックス兄さんはこっそり教えてくれた。
「実は、エルムウッド近郊に紡績工場を建てる計画がある。もし計画がうまく行けば、ルークがエルムウッドに住むようになるかもしれない」
「ルーク兄さんが!?」
寝耳に水だった。
「この計画を考えたのはルークだ。ヴァインバード牛の毛皮を見て、エリクにここまでのことが出来るなら自分にも何かできるんじゃないかってずっと考えていたらしいんだ。まずは確実に採算がとれそうな紡績工場、それから毛皮の加工工場に販売所の営業なんかも考えているみたいだぞ」
「ええ、でも僕そんな話聞いていません!」
すると、アレックス兄さんはくすくす笑った。
「あいつはギリギリまでそういうことは言わないからな。そういうところが父さんに一番似ているんだ」
そういえば、僕も父さんからある日突然高原に行けって言われたんだった。父さんもルーク兄さんも、大事なことはなかなか言い出さないんだ。
「……そうですね!」
僕もアレックス兄さんと一緒に笑った。すると、向こうでモルーカと戯れていたハンナがこっちに来た。すっかりハンナはモルーカと仲良しになってしまった。
「お父さん、エリクおじちゃん、何笑ってるの?」
「ふふ、お前と牛が可愛いなって笑っていたんだよ」
そう言ってハンナを抱き上げるアレックス兄さんは、すっかり父親の顔をしていた。僕もいずれ、父親になるのかな。そうすれば、父さんやルーク兄さんの気持ちも少しはわかるんだろうか?
……でも、僕は大事なことは急に言わないであらかじめ伝えようと思う。これは反面教師って奴だ。いきなり高原に送られる身にもなってほしいよ、うん。
***
そして数日後、ヴァインバード一家が首都ノヴァ・アウレアに帰ることになった。結局、ルーク兄さんは僕に紡績工場の話をしてくれなかった。まあでも、そのうち工場が出来て引っ越してきたら流石に連絡をよこすだろう。
「お父さん、うちに牛をつれてかえろうよ!」
そして誰にとっても予想外だったのは、ハンナがバッファローを思ったよりかなり気に入ってしまったことだった。
「こんな大きい牛をどこに繋いでおくんだ!?」
「じゃあ牛のおうちを作ってよ!!」
「牛なら普通の牛を買ってやるから、帰るぞ!」
「嫌だ! ここのヴァインバード牛がいいの!!」
ハンナの駄々にアレックス兄さんもたじたじである。いつも冷静沈着だと思っていた兄さんがこんなに困っているのを見るのは初めてかもしれない。泣いているハンナに声をかけるのは、直感で僕の役割だと思った。
「それなら、また高原においで。僕たちはいつでも歓迎するよ」
「……わかった、かならず、約束よ」
僕に窘められて、ハンナは目を擦りながら渋々馬車に向かった。アレックス兄さんの奥さんが、ものすごく申し訳なさそうに僕に頭を下げた。ふふ、僕だってやればできることだってあるんだぞ。
「エリク、世話になったな」
ランドさんと話をしていた父さんが僕のところへ来た。父さんのことは少し見直したけど、何かとバタバタしてしまってあれからゆっくりと話はできていなかった。
「いえ、僕は何もしていませんから」
「そんなことない。思ったより立派にやっているではないか」
父さんは僕の方を見ていなかった。ようやくわかったことがあった。父さんは僕を見ていないんじゃない、見るのが恥ずかしいんだ。
「そう言ってくださると、励みになります」
「そうか」
それから静かな時間が流れた。僕は父さんに何を言うべきなのか、一生懸命考えた。でも僕の平凡な頭では、僕の気持ちをうまく表す言葉は思い浮かびそうになかった。
「ノヴァ・アウレアからエルムウッドまで汽車が通れば、もっと短い時間で往来できるようになる」
急に父さんは鉄道の話を始めた。汽車を通す計画の話は前からあって、来年あたり開通する予定のはずだった。
「そうしたら、たまには家にも帰ってこい。ミネルバも嫁さんも一緒にな」
その言葉とは裏腹に、ますます父さんはそっぽを向いていく。
わかる、わかるよ父さん。その顔を息子に見せたくないんだろう。
全く素直じゃないんだから、僕の父さんは。
「ああエリク! 母さんは本当に寂しいわ、あなたを置いて帰らなければならないなんて」
最後に母さんが僕のところに来たけど、もう前のように抱きついてこなかった。母さんなりに、僕をお婿さんにあげたという意識があるんだろうか。
「心配しなくても、汽車が通れば帰ってあげるよ。父さんもそう言ってるし」
「まあ、エリクはやっぱり優しいのね!」
そう言って、母さんは僕に軽く抱きついた。それはやっぱり今までのものとは違っていて、母さんではないけど少しだけ僕も寂しくなった。
最後に僕とマリィ、ランドさんとルディで改めて家族みんなと握手をした。ここにいる皆がもう家族なのだと思うと、やっぱり不思議で仕方ない。
「そろそろ行くぞ」
「体に気をつけるのよ」
そして、ヴァインバード一家は全員馬車に乗り込んで行ってしまった。少しだけ置き去りにされたような気もしたけど、それは本当に気のせいだ。
もう僕の家は、このタウルス高原にあるんだから。
僕はマリィと一緒に、この高原で暮らしていくんだ。
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