第5章 好きになったら仕方ないじゃん

第1話 だって可愛いじゃん

 僕が開拓団にやってきて、そろそろ五年が経とうとしている。いくつか冬を経験して、僕は大分たくましくなった自信がある。


 頼りなかった僕も少しは開拓団の役に立てるくらいにはなったし、ルディは開拓団の中で牧場の運営を任されるようになった。そしてルディの妹マリベルは、とても美しくなった。


 ……だって彼女だってもう十七歳だ。最初に会ったときは本当に「女の子だなあ」って感じの女の子で、ちんちくりんだし僕だって別に興味はなかった。本当だよ。


 でも最近、やたらとマリベルが可愛くて仕方がない。彼女は相変わらず僕を「エリク様」って呼ぶし、ルディと話していると間に入ってきて何かと構ってほしがったりするし、僕の家の洗濯物を届けてくれるのは決まってマリベルなんだ。もうじき冬が終わろうかという季節の日射しの中で、いつも彼女は輝いている。


 だから何だって言われると、僕もよくわからない。ええと、前からマリベルは可愛かったものなあ。そうそう、モルーカくらい可愛い。


「どうしましたか、エリク様?」


 そして今、何故かマリベルが僕の隣にいる。僕がモルーカの前で考え事をしていると、最近何故かマリベルがやってきている気がする。他にやることないのかな。


「いや、どうすれば定住者が増えるかなあって」


 開拓団はこの五年で少し大きくなった。僕が来た最初の年は二十人ほどしかいなかった開拓団員も、ヴァインバード家による地道な勧誘活動で今では倍近い人数になっている。それでもまだ目標の五十人には届いていない。


 現在、開拓で十分な仕事は用意できているし食べる物もバッファローがあるので飢えさせる心配はない。いざとなれば僕が右手から無限にバッファローを出せばいいだけだし……よっぽどのことがない限り、やるつもりはないけど。


 タウルス高原に定住者が増えない理由のひとつは、交通の問題が大きかった。麓の村まで酷い道を二日かけていかないといけないというのはかなりの負担だ。医者がいないのも大きい問題だ。今は数が少ないけれど、もし出来るなら子供のための学校なんかも作りたい。


「エリク様はいろいろお考えなんですね」

「僕はあんまり頭が良くないから……」


 ヴァインバードの家では、家庭教師にもよく呆れられていた。上の兄は勉強が良く出来て、いつも父に褒められていた。「お兄さんはあなたと同じ年の頃にはもっと良く出来た」と言われるたびに自信がなくなって、何もするのも嫌になった。そんな僕を「努力が足りない」と言う父と「エリクにはまだ早いのよ」と庇う母が喧嘩をするのを見るのも嫌だった。


「そんなことないですよ。エリク様はいつも開拓団のことを考えていて偉いです」

「考えていればいいってもんでもないけどね」


 僕が何気なく零すと、マリベルはムッとしたように言い返す。


「ほら、またご自分を卑下する。そういう態度はよくないですよ」

「……なんで君に言われなきゃいけないんだよ」

「この前父さんにも兄さんにも言われていたじゃないですか」


 うう、そう言われると言い返せない。


 考えたこともなかったけど、僕には自虐する癖があるらしい。時折それをランドさんにもルディにも指摘されていた。他人を悪く言うわけでもないのに、自分で自分のことを悪く言って何が悪いのかと訳がわからなかった。僕の頭がよくないのは事実なんだし。


 でも、この前「それの何が悪いんだ」とルディに言い返してしまったところ「君を好きな人からすれば、それは好きな人の悪口と一緒なんだ」と正論で返されてしまった。


『結局、君はそんなことないよって慰めてほしいのか? それなら最初から君のことを褒めるからそう言ってくれよ』


 ルディはその時よっぽど機嫌がよくなかったのか、それとも僕が怒らせてしまったのかはわからないけれどかなり強く諫められた。僕も「人の気も知らないで偉そうに」って思ったけど、完全にルディが正しいに決まっている。ただ僕が拗ねてるだけになってしまって、本当に自分が嫌になる。


「でも、エリク様はきちんと自分の非を認めてくださるから私好きです」

「そうかい?」

「男の方って、自分が間違っていても謝らない方多くないですか?」


 そ、そうなのかな……?


 僕は男だけど、そういう感覚ないからわからないな。僕が間違っているなら謝ってさっさと次に行きたいと僕は思うけど、他の人はそう思わないんだろうか。


「うーん、僕にはよくわからないけどな」

「でも、いつも兄さんは私に謝ったりなんかしませんよ」


 そうだったのか!?

 ルディの奴、マリベルに謝らないなんてなんて奴だ!


「それなら今度、僕が君に変わってルディにひとこと言っておくよ」

「ふふふ、エリク様はお優しいのですね」


 マリベルが笑う。僕もつられて笑う。

 モルーカが僕らを見ている。

 なんだろうなあ。

 ずっとこうしていたいなあって思う。


 でも、僕なんかがマリベルと一緒にいたいって言うのは迷惑なんじゃないだろうか。それに、マリベルはルディの妹だ。そんなことを言ったら、ルディは一体どう思うんだろう。マリベルには、開拓団の監督としてもっと相応しい立派なお婿さんを見つけてやらないと。


 僕はマリベルの花嫁姿を勝手に想像して、何だか泣けてきた。あの子がこんなに立派になって……僕はマリベルの成長が嬉しいぞ!


「どうしたんですか、エリク様?」

「え、モルーカが可愛くてね、ちょっとね」


 僕はあまりにも適当なことを言ってその場を離れた。これ以上マリベルの隣にいるとどうにかなってしまいそうだ。そうだ、移住者の増加が僕の考えることだ。それを一生懸命考えないと。


 マリベルのことなんか、考えてる暇はないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る