異世界、友達、時々バッファロー

秋犬

序章 こんな謎スキルいらねえ

 これから異世界転生する俺には、三分以内にやらなければならないことがあった。


「はーい、あと三分であなたのスキルがランダムで決定されまーす」


 自称・転生の女神が煽ってくる。むちむちで洋物AVに出てくるみたいなパツキンのねーちゃんに面と向かってそう言われると、余計にムカついてくる。


「畜生、今考えてるんだから話しかけるな!」


 転生の女神とやらの話によると、俺は交通事故で無惨にも即死したらしい。そして死後の世界とやらに連れて行かれるときに「ラッキーチャンス!」を引き当てたそうだ。こんなときにラッキーもクソもあるかと思うのだが、せっかくなら貰えるものは貰っておきたい。


「早く決めるのよ、あと九十秒! 八十九、八十八、八十七……」

「あー、うっせえな! 黙ってろって言っただろ!」


 どうやら俺はその「ラッキーチャンス!」とやらで違う世界に転生させてもらえるようだ。そしてその際にスキルなる能力をひとつ授けて貰えると言うのだが、これがなかなか悩ましい。


 貰えるスキルは大きく分けて三種類。

 力のスキル、知恵のスキル、そして特殊能力のスキル。


 力のスキルは大雑把に言えば身体能力が上がる、知恵のスキルは勉強がよく出来る、そして特殊能力のスキルはその他の能力が上昇するとのことらしい。ただ、ひとつを選ぶと残りのふたつはどう足掻いても大したことがなくなるそうだ。これが俺を大いに迷わせていた。


 剣を使う世界なら、力のスキルで無双したいよな。知恵のスキルなら話術とかで無双したいし、特殊能力ってのがよくわからないけど、なんだか無双できそうだよな。


「はやくしてね、あと10秒よ」

「え、そんなに俺悩んでた!?」


 畜生。まだ三分あると侮っていたけれど、既に百七十秒も経過しているなんて!


「じゅーう、きゅーう、はーち、なーな」

「やめろカウントダウンするな! やめろ!」

「ろーく、ごーお、よーん」


 これはまずい! もういい、何でもいい!!


「あーわかったわかった! 特殊、特殊! 何でもいいから何か特殊能力くれ!」

「さーん……ふふふ、特殊能力、何でもいい、ね!」


 転生の女神はきゅるんと光ると、俺に向かって手を伸ばす。すると虹色の光の球が現れ、俺の前にふわふわと浮かび上がる。


「この光球を取り込むとスキルが獲得できるわ。一般的に、特殊能力といえば芸術的なスキルが身につくことが多いわね。例えば歌が上手いとか、絵が上手とか」

「芸術かあ……悪くないな」


 俺は転生後の自分を想像する。歌手になって人前で歌ってきゃーきゃー言われるとか、芸術家になって個展なんか開いてきゃーきゃー言われるとか、そんなことを考える。


「ところで、俺のスキルは一体何なんだ?」

「さて……あなたのスキルは……ええと……」


 女神は俺のスキルについて言い淀む。何だよ、勿体ぶらないで早く言えよ。


「右手から無限にバッファローを出せる、よ」

「はあ!?」


 女神が何を言っているのかよくわからなかったので、もう一度聞き返す。


「だから、右手から無限にバッファローを出せる、よ」

「だから意味わかんねえよ、なんだよそのスキル。どうやって無双するんだよ」


 俺が苦情を言うと、女神も困った顔をする。


「そうねえ……もふもふしてかわいい、とか?」

「別に可愛くねえだろ! むしろイカついだろあいつら! 何考えてんだよ何が神だよ!」


 俺が女神に更に苦情を言うと、女神は急にすました顔をする。


「あなたが制限時間内にスキルを選びきれなかったから、こういう訳のわからないことになったのよ」

「はあ!? 俺のせいだってのかよ!!」


 だいたいそっちが勝手に「ラッキーチャンス!」とやらで俺を助けたくせに、訳わからんスキル付与しやがって!!


「猶予はあなたの時間感覚で三日間あげていたはずよ。それをああでもないこうでもないとやっていたのは誰ですか?」

「……俺です」


 そう言われると、俺のせいのような気もしてくる。


「ちなみに、他の奴らはどのくらいの時間悩むんだ?」

「そうねえ、早くて数分、長くても数時間ってところかしら。半日悩んだらかなり長いわね」

「猶予期間の三日間悩んだ奴は?」

「あなたが初めてよ」


 うう、何だか嫌な「初めて」を捧げてしまったなあ。


「そういうわけで、今からあなたにバッファロー召喚の呪文を授けます」


 どういうわけなんだよ、バッファロー召喚していいことって何があるんだ?


「心底いらねえ、そんなスキル」

「いいから、しっかり覚えなさい。こうやってまずは右手を突き出すの」


 仕方がないので、言われた通り俺はしぶしぶ女神に習って右手を突き出す。


「そして、心の中でバッファローを思い浮かべながらこう言うの。『バッファローさんバッファローさん、おいでください』」


 安易な呪文に俺はずっこける。


「何だよそれ、こっくりさんじゃねえんだぞ」

「下手に簡単な呪文にして力を暴発させたい? それとも『出でよ、我が心の友の神獣よ!』とかにしたほうがいい?」


 俺は、転生後の俺が右手を突き出して厨二病全開の呪文を唱えているところを想像する。一体どんな世界なのか知らないが、すごく恥ずかしすぎる。


「……おいでくださいでいいです」


 こういう呪文は難しすぎず、それでいて無難な方がいい。それは間違いない。


「それじゃあ、一定の時期までスキルはプロテクトしておくからそれまで頑張ってね」

「はあ? 生まれてからすぐに使えるわけじゃねえのかよ!?」


 女神は腰に手をあてて指をちっちと振る。いちいちこいつ煽ってくるなあ。


「だって赤ちゃんがバッファローを出したら潰されちゃうじゃない。一応安全第一を考えて、ある程度成長したら使えるようにしておくわね」

「何だよそのはずれスキル! そんなんだったらいらねえよ! しかも力も知恵もいまいちなんだろう!?」


 バッファローを召喚するというクソくだらないスキルのために、俺のステータスは初期状態から身体能力も学力も上を望めない。くそくだらないバッファローを召喚するためだけのために!


「あー畜生、何がラッキーチャンスだよ! 全然アンラッキーじゃねえかよ!」

「人生は生きてみないとわかりませんよお、それじゃあグッドラック!」


 女神が親指を立てて更に煽る。すると不思議なことに、虹色の光の球が俺を包み込む。そして女神の姿がかすんで見えなくなっていく。


 ああ、俺は生まれ変わるのか……バッファローを出すしか能の無い、イマイチな奴に……。


***


 こうして俺は、はずれスキル「右手からバッファローを無限に出せる」を手にして転生していくことになった。しかし生まれて赤子時代を過ごすうちに、俺は転生してきたこともバッファロースキルも忘れてその世界で至極真っ当に生きることになった。


 そうして、十五年が過ぎた。

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