第40話 茶会と終わりの始まり

「それでは、皆さん、ゆっくりと楽しんでくださいね」

 ローザの音頭で、一同は各々おのおのが手にしていたグラスを掲げ、乾杯した。

 ある日の昼下がり、王宮の一室では、ささやかな茶会が行われていた。

 しばらくの間、「エクシティウム」関連で忙しく働いていたローザとジークだが、ここに来て、少し余裕が出てきたらしい。

 そこで彼らは、同じく動き回っていた元騎士団長のバルトルトや元魔法兵団長のミロシュ、その他の親しい者たちを招き、慰労しようと考えたのだ。

 もちろん、リューリやアデーレ、ウルリヒも招かれていた。

父様とうさま、すごいね! お菓子も一杯あるよ!」

 おめかししたマリエルも、テーブルに並べられた料理や、華やかな菓子類に目を輝かせている。

「このような場に、私たちも御一緒させていただいて、いいのでしょうか……」

 フレデリクが、恐縮した様子で言った。

「君が勇気を出して情報提供してくれたお陰で、『エクシティウム』の壊滅まで、あと一歩というところまで来たんだ。何を遠慮することがある」

 国王であるテオドールが、そんなフレデリクの肩に手を置いた。

「いえ、それは、リューリちゃんのお陰ですから……」

 フレデリクに微笑みかけられたリューリは、照れ臭くなって頬を染めた。

「それにしても、父上と母上が羨ましいぞ」

「僕たちも、たまには国外で冒険してみたいよ。ねぇ、兄上」

 二人の若い男が、朗らかに笑った。

 一人はヴィクトールと呼ばれる、ジークをそのまま若くしたような体格のいい男、もう一人はギルベルトと呼ばれている線の細い美青年だ。

 彼らは国王テオドールの弟たち、つまりジークとローザの息子たちで、王子という地位でありながら、それぞれ武官と文官としての任務をこなしているという。

「私たちも、遊びに行っていた訳ではありませんよ。それに、あなたたちが国を守ってくれているからこそ、自由に動けるのです」

「冒険は、引退した後の楽しみに取っておくんだな」

 ローザとジークにたしなめられ、兄弟たちは、参ったなと首をすくめた。 

「しかし、『奴ら』の本拠地と、首領の行方は未だ分からないのだろう?」

 取り分けてもらった料理をつつきながら、リューリは言った。

「そうだな。だが、組織としての力は、ほとんど残っていないと見ていいと思うよ」

 言って、グラスを手にしたジークが微笑んだ。

「父上もミロシュ様も、ジーク様と一緒に『エクシティウム』の拠点を幾つも潰して回られたということで、引退したとは思えない働きぶりだし、いっそ復帰されてはいかがです」

 アデーレが、バルトルトとミロシュに声をかけた。

「ははは、勘弁してくれよ。ようやく気楽な身分になったというのにさ。それに、しがらみがないほうが色々とやりやすい面もあるんだ」

 小さなグラスに入った酒をちびちびと舐めながら、ミロシュが飄々ひょうひょうとした口調で言った。彼は昔、在野の魔術師だったが、駆け落ちしてきたジークたちに会って行動を共にした縁でハルモニエに来たという話だ。

「そうだな。だが、あまり現役の連中を甘やかすのも良くないし、そろそろ表立って手を出すのは控えるか」

 そう言って、バルトルトは豪快に骨付き肉をかじった。

 三十年ほど前、ローザが女王となって間もない頃、ハルモニエは幾度か他国から攻め込まれた。その際、バルトルトとミロシュは、ジークと共に国を守り、数々の武功を立てたという。

 侵略者を退しりぞけて以降、平和な時期の続いているハルモニエにおいて、彼らのようないくさを知る者も、貴重な人材になりつつあるのだろう。

「ところで、アデーレは、惚れた男の一人や二人、いないのか?」

 父に思わぬ方向から話を振られたアデーレが、飲んでいた茶にむせた。

「何です、藪から棒に」

「いや、お前も年頃だし……婿養子を取って、家名を継ぐ準備を考えたほうがいいと思ってな」

「はぁ……」

 アデーレは言葉を濁していたが、彼女の視線が、ちらちらとウルリヒへ向いているのに、リューリは気付いた。

 一方、ウルリヒはアデーレから目を逸らしながらも、聞き耳は立てている様子だ。

「好きな相手がいるなら、さっさと気持ちを伝えたほうがいいと思うぞ」

 思わずリューリが口を挟むと、アデーレとウルリヒの二人は同時に顔を赤らめた。

「人間、いつ死ぬかわからないしな。そうなった時に、やり残したことを後悔しても遅いんだ。経験者の私が言うんだから間違いない」

 ――これで、どちらかが、或いは二人が動く気になればいいが……

 言って、リューリは、にやりと笑った。

「ねぇ、父様とうさま。『魔法』は、誰が最初に作ったの?」

 マリエルが焼菓子ケーキを頬張りながら、無邪気に言った。

「そうだね、ずっと昔のことで、はっきりとは分かっていないんだよ」

 少し困った様子で、フレデリクが答えた。

「マリエルも、その疑問に辿り着いてしまったか」

 リューリは、くすりと笑った。

「魔法の起源……始まりについては、諸説……色々な説があると言われている。面白いものとしては、別の世界から来た人たちが、こちらの世界の我々人間たちに教えてくれたという話があるな」

 それは、一見、突拍子もなく見えるが、それでいて最も信憑性があると言われている説だ。

「別の世界? 絵本の世界とかじゃなくて、本当に、ここじゃない世界があるの?」

 新たな情報に目を見開いているマリエルを見て、リューリは自身の幼い頃を思い出し、懐かしさを覚えた。

「あくまで仮説ではあるが、そう考えると辻褄が合うという感じだな」

「魔法言語の文法の特異さを考えると、その起源が異なる世界にあるというのも納得できる気はするね」

 リューリの言葉に、フレデリクが頷いた。

 平和だ――談笑している皆の姿を眺めながら、ふとリューリは思った。

 まだまだ、問題が全て解決したとは言えないが、人々を脅かすものが少しでも取り除かれたのは喜ばしいことだろう。

 ――それなのに、何だか胸の奥が、ざわざわする……まるで、何かが近付いてきているような感覚……いや、気の所為か。こんなに不安な気分になるなど、私らしくもない。

 次第に強まる落ち着かない気分を、リューリは懸命におさえ込もうとした。

 その時。

「ちょっと失礼」

 立ち上がったミロシュが、部屋の壁に向かって手を差し出し、何かの呪文を詠唱した。

 すると、壁面に地図のような画像が大きく映し出された。

「魔法兵団の本部から、緊急で通信が入ったものでね。これで音声も共有できるよ……では兵団長、報告を」

 ミロシュが壁の画像に向かって呼びかけると、男――魔法兵団長の声が答えた。

「王都周辺の魔法探知網に、巨大な反応があります。わ、私は兵団長に就任したばかりで……ミロシュ様のご助言をいただきたく」

 画像の地図をよく見ると、王都の北方にあたる海上に光る点が表示されており、それは徐々に近付いてきている。

「待て、この距離まで気付かなかったのか? いや、探知魔法を阻害する魔法を使用していたのかもしれないな」

 ミロシュが眉をひそめた。

 彼の、ただならぬ様子に、その場にいる全員が口をつぐみ、画面を注視している。

「申し訳ありません。もう一つ、不審な点があります。『遠見』の魔法による画像を出します」

 魔法兵団長の声と共に画面が分割され、もう一つの画像が映し出された。

 そこには、青空と、その下に波も穏やかな海が広がっているばかりだ。

「この巨大な反応に対し、肉眼では何も見えない……つまり認識阻害の魔法か?」

 リューリは呟いた。

「この質量を隠蔽しているとなると、かなり大掛かりな魔法だね」

 言って、ミロシュが国王テオドールのほうを振り返った。

「陛下、ただちに王都内の非戦闘員を避難させてください」

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