第29話 爆炎の魔術師

 リューリが「魔法探知」の呪文を唱えると、少し離れた場所にある倉庫と倉庫の間から、淡く輝く光の柱のようなものが立ち昇った。

 そこは人が通れる程の幅もない、路地というよりは隙間と言ったほうが相応しい場所だ。

「あの場所に、かなり強力な魔法をかけられた『何か』があるようだ」

 言って、リューリは一同を振り返った。

「たしかに、以前見た『魔法探知』の呪文と同じ効果だ。しかし、あんな何もないところに……?」

「さっき、あの傍を通った時は、ただの空き倉庫が並んでいるだけに見えたんだが」

 冒険者の若者たちは、感心したり首を捻ったりしている。

「それにしても、君、小さいのに凄いな。もしかして、魔法で若返ってるとか?」

 彼らに顔を覗き込まれ、リューリは曖昧に笑って誤魔化した。

「あれは、認識阻害の魔法がかけられているね。解呪すれば、本来の姿が現れると思うけど」

 ウルリヒの言葉に、リューリは頷いた。

「それには、もう少し近付く必要があるな。それと、今ので、こちらが探りを入れているのが相手にも感知された可能性があるから、用心してくれ」

「とりあえず、あの場所の近くに行ってみよう。リューリちゃんとウルリヒ、それとローザを囲むように陣形をとるんだ」

 ジークが、一同に声をかけた。

「ところで、おっさん、そんな軽装で平気なのか?」

 冒険者の一人が問いかけた。

 たしかに、ジークはアデーレのような革鎧かわよろいなどの防具は身に着けておらず、腰のベルトいている剣がなければ、戦いにたずさわる人間には見えないだろう。

「はは、要は敵の攻撃が当たらなければいいんだろう? 身軽なほうが好きなんだ」

 事もなげに言うジークを見て、冒険者の若者たちは若干不安そうな表情を見せた。

 ある程度の距離まで光の柱に接近したところで、リューリとウルリヒは、敵が潜んでいるであろう建物の本来の姿を暴くべく、認識阻害呪文の解呪を試みた。

 広範囲かつ継続的に効果を現すように施された術式を取り除くには、少し時間がかかったものの、二人が呪文を唱え終えると、並んで建っている二つの空き倉庫の周囲が、滲むようにぼやけ始める。

 やがて、二つの空き倉庫が並んでいるように見えていた場所に、本来存在していた一つの建物が現れた。

「一人だったら、この三倍は時間がかかっていたところだ」

「リューリちゃんがいてくれて助かるよ」

 リューリは、ウルリヒと顔を見合わせて笑った。

「じゃあ、ウルリヒにリューリちゃん、宣戦布告ということで、ちょっと派手にブチかましてやってくれ。とはいえ、建物内部に捕らえられた人たちがいる可能性があるから、入り口付近を軽く破壊するくらいにしておこうか」

「注文が多いな。まあいい、小手調べだ」

「了解です!」

 リューリとウルリヒは、ジークの指示により、現れた空き倉庫に向かって爆発呪文を唱えた。

 爆音と共に出入口周囲の壁がぜ、崩れ落ちる。

 その直後、倉庫の中から、見るからに破落戸ごろつきのような風体の男たちが、剣やナイフを手にして飛び出してきた。その数は、ざっと二十人ほどといったところだろう。

 現れた破落戸ごろつきたちを見て、ジークが、にやりと笑った。

「ほほう、大当たりか」

 次の瞬間、リューリたちの姿を認めた破落戸ごろつきたちが、一斉に向かってきた。

 すかさず、リューリとウルリヒは昏倒の呪文を唱えた。

 二人の呪文により破落戸ごろつきの半数以上が昏倒し、撃ち漏らした者はジークとアデーレの疾風の如き剣によって戦闘不能状態にされていく。

「嘘だろ……あの数を、あっという間に……?!」

「昏倒の呪文って、範囲攻撃できるのか……?! 知らなかった……」

 その間、わずか数秒の出来事であり、呆気に取られて動けずにいた冒険者たちが呟いた。

「みんな、凄いでしょう? だから、私も安心しているのですよ」

 そう言って、ローザが微笑んだ。

 更に、半壊した倉庫の中から二人の男が現れた。

 一人は魔術師風の派手な頭巾付きローブをまとった、どこかがらの悪い三十歳前後と見られる男、もう一人は見覚えのある――青い外套を羽織った、黄金色の髪の男。

「――フレデリク?」

 リューリは、思わず呟いた。

「……ったく、壁にさえなれねぇのかよ。使えねぇ連中だな!」

 派手なローブの男が悪態をついた。

「貴様ら、さらった人たちを、ここに隠しているだろう? 大人しく投降すれば命だけは保証してやるから、正直に吐け」

 ジークが言うと、派手なローブの男は嘲笑あざわらうように答えた。

「どこかで見た顔だと思えば、ハルモニエのクソババァと、その旦那じゃねぇか。最近、俺らの組織を嗅ぎまわってる連中がいると思っていたが、まさか、お前らだったとはな。ちったぁコソコソするかと思えば、真正面から乗り込んでくるバカ丸出しなところは王族らしいぜ」

「ローザ、あいつを知っているのか?」

 リューリは、ローザの顔を見上げた。 

「思い出しました。エヴァルト……かつては我が国の魔法兵団に所属していた優秀な魔術師でしたが、あまりにも素行が悪いという理由で、数年前、国外追放に処したのです」

 珍しく厳しい表情で、ローザが言った。

「魔法の実験と称して、無辜むこの市民を巻き込んで大規模破壊呪文を発動させた為に追放された団員の話、僕も聞いたことがあります」

 ウルリヒが頷いた。

「何て奴だ……私でも、多少は気を遣うぞ」

 リューリも、思わず眉をひそめた。

「力を持ってるのに使わないのは宝の持ち腐れだろう? あれっぽっちのことで罪人の烙印を押されて追放されたお陰で、どこにも仕官できずにいたところを、今の組織に拾ってもらったってやつよ。優秀な人材を逃して後悔しても遅いんだぜ」

「そうですね。後悔しています」

 派手なローブの男――エヴァルトの言葉に、ローザが頷いた。

「死者こそ出なかったとはいえ、無駄な温情をかけて、あなたを処刑しておかなかったことを」  

「へぇ、やる気かよ。いいぜ、ここで、お前らを潰しておけば大手柄だ」

 エヴァルトが挑発するように手招きした時、それまで黙って成り行きを見守っていたフレデリクが口を開いた。

「彼らは手強てごわい。ここは引いたほうがいいでしょう」

 言いながら、彼はリューリを、ちらりと見やった。その眼差しは、どこか悲しげだった。

「は? 怖いなら倉庫に戻って布団でも被ってろ。使い走りの貴様なんぞに期待してねぇよ」

 意に介さない様子のエヴァルトに、フレデリクは肩を竦めると、後方に下がった。

「てな訳で、クソババァ御一行様には退場してもらうぜ!」

 不意に、エヴァルトが、ぱちりと指を鳴らす。

 ――しまった!

 リューリが彼の企てに気付くのと同時に、周囲の空気が渦巻き、灼熱の炎が辺り一帯を覆った。

 駄目で元々だと、リューリは素早く呪文を唱え、魔法の防御壁を展開した。

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