ワルツ
俺たちはそのまま街を出て、自然豊かで鬱蒼とした森に入り、奥へ奥へと突き進んだ。
手をがっしりと掴まれているため、逃げることもできない。
この女、見た目にそぐわず馬鹿みたいに力が強い。
「一体どこに連れていくつもりだ」
「さっきも言ったでしょ? お楽しみよ」
「周囲にもう人間はいない」
「何よ。急に二人きりであることを強調したりして。ドキドキしちゃうじゃない」
「何をふざけたことを言っている。俺を殺すつもりなんだろう? だから人気のない場所に連れてきたんじゃないのか」
「殺すつもりならもう殺してるわよ」
「信用できないな」
「殺してほしいの?」
「お前が死んだら死ぬのもいいかもな。だが、お前を殺すまでは死ねない」
「あなたに恋する乙女に対して、随分な暴言ね」
「面白い冗談だ。誰が誰に恋してるって? 吐き気がしてくるな」
「吐き気がするなんて心配。大丈夫? あなたのことが大好きな私が甲斐甲斐しく介抱してあげようか?」
俺は答える代わりに地面に唾を吐き捨てた。
それからしばらく進むと、開けた場所に出た。
俺は思わず息を呑んだ。
鬱蒼とした森に突如現れたその空間には、花の絨毯が広がっていた。
立ち尽くす俺を見て、カルミアは優しく微笑んだ。
「綺麗でしょう。とても美しい、私が大好きな風景。でもね……あそこの青い花がたくさん咲いている場所、見えるかしら」
俺は無言で頷いた。
「あの一帯に咲いている花はすべて毒を持っている。……行ってみましょうか」
俺は握られた手を引かれても、引っ張り返して抵抗した。
「何を考えている。危険だろ」
「大丈夫よ。あの辺りの花には猛毒があるけれど、それは食べたりしない限り問題ないから。毒物の専門家である私が保証してあげる。まぁ素手で触ったら少しかぶれたりするけど、死に至るほどではないから安心して」
「全然安心できないが」
「いいから行くのよ。あなたに拒否権はない」
「クソ野郎が」
「乙女に対して野郎はないでしょう」
「クソは否定しないんだな。……ハァ。分かった。従うよ、クソ乙女」
「クソ乙女って……なんだかいちごの品種みたいね」
「そんな品種があってたまるか」
俺たちは毒花が咲いている方にゆっくりと歩みを進めた。
俺は段々と緊張によって体が縮こまり、血の気が引いていくのを感じた。
そんな俺を安心させたのがカルミアであったことは、不本意ながら認めざるを得ない。
毒の専門家であるカルミアが堂々と足を動かしているという事実は、まだ危険が迫っていないという安心感を俺に与えてくれた。
「あ、立ち止まって。これ以上奥に進むと触るだけで死んでしまう花があるから。そこにたくさん咲いている紫の花なんて、まさにそう。危なかったわね。あと5歩くらい歩いていたら死んでいたわよ?」
訂正。
やはりこいつといるだけで、命の危険を身近に感じる。
「……もっと早く言え」
「ふふ。吊り橋……スリルを楽しんでほしくて」
「楽しんでほしいんじゃなくて、死んでほしいんじゃないのか?」
「別に私はあなたに死んでほしいだなんて思わないわよ」
「よくそんなことが言えるな。俺が死刑宣告を受けても何もしなかったじゃないか。脱獄していなかったら俺はとっくに死んでいる」
「何言ってるのよ。だから脱獄を手引きしたんじゃない」
「……は?」
カルミアは不思議そうに首を傾げた。
「あら、気づいていなかったの? 冷静に考えてご覧なさいよ。素人のあなたが脱獄なんて簡単にできるはずもないでしょう。陰ながら私がサポートしたのよ」
「……それは、本当か?」
正直、嘘だと断言できる自信がなかった。
「さあ? 嘘かもしれないわね。じゃあ仮に本当のことだとしたらどうかしら。私のことが好きになってしまう?」
「それはないな」
「そう。残念」
カルミアは微笑みながら俯いた。
そして
「ねぇキリンさん。昔の話をしてもいいかしら」
と言った。
「勝手に話せ」
「私、あなたのお兄さんを晩餐会の場で殺したじゃない? 実は、舞踏会っていう案もあったの。まだどちらにするか決めていなかった時、ワルツの練習をしたわ。キリンさんも由緒正しい家の生まれよね。踊れるかしら」
「幼少期に叩き込まれたな」
「じゃあ、今、ここで」
カルミアがニッコリと微笑む。
俺はため息をついた。
「拒否権はないんだったな」
「ええ」
俺とカルミアは美しい毒花の花畑の上でワルツを踊り始めた。
しばらく静かに踊り続けていた。
初めて一緒にやるとは思えないほどピッタリと息が合うことが気に食わなかった。
しかし、突然カルミアの足がもつれ、倒れそうになった。
俺は咄嗟にカルミアの体を支えたのだが、不思議なことにカルミアは俺に体を預けたまま体勢を立て直そうとしなかった。
「おい、何してる。さっさと自分の足で立ってくれ」
「キリンさん、今私が倒れたらどうなると思う?」
「は? 何を言ってる。いいから早く」
俺の言葉を遮り、カルミアは言った。
「毒花の絨毯に身を預けることになるわ。気づいてる? 踊っているうちに私たちはさっきの場所に戻ってきていたの。ほら、私のすぐ後ろにある紫色の花は触れれば死んでしまう毒花よ。あなたが今私を離せば、私は死ぬ」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
「私を殺すチャンスよ。どうする?」
「……」
……俺は。
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