飲食店にて2

レンジがまた考え出した時、会計レジのところで店員が客に怒鳴られたことで一瞬店内が静まり返ったが、レンジは気に留める様子もなく何か思いついたように仲介屋に訊いた。


「あれ、そういえばお前が持ってきたギフトの調査の仕事は誰からの依頼だったんだ?」

「ベラさんって人だ」

「知らねぇな。誰なんだよそのベラさんとやらは」


「俺も詳しくは知らん。俺のところに仕事を持ってくるような人たちは自分の素性を明かしたがらねぇからな。匿名でも珍しくない。俺は金さえ貰えりゃどうでもいいしな」

「ふーん」

レンジが気のない相槌を打ったところで、また客の怒号が店内を静まり返らせた。


「はぁ!? だからぁ、ほんのちょろっと食って、酒もちょーっと飲んだだけだってのに銀貨5枚ってのはどういうことだって訊いてんだよ!」

酔っ払いが店員にウザ絡みしているようだ。


店員はひたすら謝って説明している。

「すみません。ですがこういう値段で提供させていただいておりますもので、どうしようもありません。お支払いください」

「はぁ?」


「メニュー表にも値段は大きく見えやすいように記載しております」

「俺が悪いってのかよ!」

「えーっと……」


「お客様は神様だろうがよ! おい、タダにしろよ。飯はお前らが自主的に神様である俺に奉納したのさ。そうだろ?」

「違います」

「なんだとゴラァ!」


面倒な客だなと思っていると、おもむろにレンジが立ち上がってその客の背後についた。

そしてレンジは客に呟いた。


レジに近いこの場所だとレンジの声を聞き取ることができた。


「表に出ろ」


迷惑客が振り返ってレンジを睨む。

「あ? なんだよテメェ」

「神様とやりあう気はねぇ。表出ろや」

「何言ってんだ。ってか誰だよ!」


レンジは銃を取り出して、他の客に銃が見えないように迷惑客に体を密着させながら突きつけた。

迷惑客がぎょっとしてレンジの顔を見る。


レンジは迷惑客の目をじっと見ながら言った。

「敷居を跨いで外に出りゃお前はお客様じゃねぇ。つまり神様じゃなくなるってことだ。さあ、表出ろよ。神殺しは罰当たりだからやらねぇけど、人殺しならやってもいいんだぜ? この店から出た瞬間にぶち抜いてやる」


「くっ、クソ。こんな店二度と来ねぇ!」

迷惑客はそう叫んで去っていった。


「おう二度と来んな」

レンジは去っていく背中に笑いながら言葉を投げかけて、戻ってきた。


店内の視線は一瞬レンジに集中したが、すぐにそれぞれの会話に戻っていった。


「うるさくて話に集中できねぇから追っ払ってやったぜ。で、話の続きなんだけどよ。そのベラさんとかいう人に会うことはできねぇかな」


何事もなかったようにレンジが話を再開したので仲介屋は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐにレンジの問いに答えた。


「連絡を取ること自体はできるから交渉してみてもいいが、どうするつもりだ?」


「ギフトの調査を依頼するってことは、ギフトと何かしらの因縁があるってことだろ? だったらギフトについて知ってることがあるかもしれねぇ」

俺はレンジのやろうとしていることが分かって、その意見に賛同した。


「情報を持っていたらそれを聞き出して情報屋に売りに行くということか。いい案だ」

レンジは頷いて

「あと、報酬をちょっとでも前払いしてもらえるかどうか交渉もしたい」

と付け加えた。


やはりレンジは意外と色々考えているようだ。

言動はアホそうだが、しっかり頭を使える奴らしい。


「おいカブト。なんか失礼なこと考えてるだろ」

レンジが俺の考えを読み取ったようにジト目で睨んできたから俺は目を逸らした。


仲介屋は考え込むように俯いていたが、一度大きく頷くと

「分かった。連絡を取ってみよう。なるべく早く交渉の場を設けてもらうように努力する」

と言った。


「よろしく頼むぜ。じゃあ今日のところは解散にするか?」

レンジが訊いてくる。

俺は首を縦に振って同意した。


仲介屋がなにやら慌てた様子で俺たちに言った。

「ちょっと待てよ。お前ら、別々の場所をねぐらにしてんのか?」

「ああ」

「そうだぜ」

俺たちが肯定すると、仲介屋は不思議そうな顔をした。


レンジが俺を見て呆れたようにため息をついてから説明した。

「カブトが俺と一緒にいるの嫌なんだってさ。寝首を掻かれるかもしれないっつって。疑り深いよなこいつ」


「じゃあ俺はお前のとこに泊めてもらうことになるのか」


「まぁそうなるだろうな。カブトはこいつ泊めるの嫌だろ?」

「ああ」

「だとよ」

ということで、仲介屋はレンジの住処に居候することになった。


俺は少し用事があるからと言って、レンジたちを帰らせて自分は店に残った。


しばらくコーヒーをちびちび飲みながら待っていると、俺の背後の席に男が座った。


全体的に暗い恰好をしていて、顔を隠すように大きな黒い帽子を目深に被っている。

大柄で筋肉質な男だ。


こいつの存在には店に入った時から気づいていたが、レンジたちがいる間は無視していた。

向こうも同じようにしていた。


二人が帰った後にちらっと目を向けると、一瞬だけ視線がぶつかった。


関わるのは面倒だが、こんな人目のある場所で仕掛けてはこないだろうと踏んで、少し話をしてみることにしたのだ。


お互いに背中を向けたまま、男は独り言のように言った。


「久しぶりだなキリン。いや、今はトリカブトと名乗っているんだったな。元気そうでなによりだ」

皮肉っぽい口調に少し笑ってしまう。


「ああ。そっちこそ監守の仕事から解き放たれて晴れ晴れしてるようだ」


「誰かさんが脱獄したおかげで責任を取って辞めざるを得なくなったからな。まったく、最高の気分さ。感謝してるよ犯罪者」

「どういたしまして」


この男は俺が牢屋にぶち込まれている時に監守だったのだ。

そして俺が脱獄したことで、責任を追及され、その役を下ろされた。

牢屋時代には散々お世話になった大っ嫌いな野郎だ。


こいつが監守だったから脱獄を決意した、というのも少なからずあるかもしれない。


殴られ蹴られ罵倒され、いたぶられたことが昨日のことのように思い出せる。


今更なんなんだろうか。

きっと仲直りでもしに来たのだろう。


お互いの手を取って、

「あの時はごめんねぇ~」

「いいよぉ~許してあげるぅ~」

なんて言って笑いながらダンスでも踊るつもりで来たんだろうな。


そんなふざけたことを考えながら男の次の言葉を待った。

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