飲食店にて
情報屋を去った後、俺たちは近くの小さな飲食店に入った。
レンジの提案で、食事をしながら作戦会議をすることにしたのだ。
注文をする前に、俺はレンジと仲介屋に言った。
「一応言っておくが、アルコールは体に入れるなよ」
「分かってるって。じゃあ俺ビールで」
レンジはムカつくほどいい笑顔でそう言った。
俺はレンジを睨んだ。
「おい。俺たちはもうギフトに目をつけられている。いつ襲われてもおかしくない立場になっているんだぞ。当分アルコールは厳禁だ」
「ははは。冗談だよ」
結局、適当にコーヒーと軽食を頼んだ。
注文したものが運ばれてくる前にレンジが情報屋でのやりとりについて話し出した。
「さっきカブトが爺さんに情報を教えたのに買い取ってくれなかったのはなんだったんだ?」
俺はできるだけ表情が変化しないように気をつけながら
「買い取るかどうかの基準があるのかもしれないな。情報屋なりのルールがあるんじゃないか」
と答えた。
本当は分かっている。
情報屋と話すときに嘘をつくのはタブーなのだ。
嘘をついた時点で情報屋はその情報を買い取ろうとしなくなる。
聞いておいてそれは酷いと思うかもしれないが、それが情報屋と取引するときの条件みたいなものだ。
情報屋は何よりも信用を重んじる。
それを知っていたのに俺は嘘をついた。
嘘をついた、というよりも認めたくなかったという方が正確かもしれない。
薄々気づいていた。
でも俺は必死に目を逸らし続けていた。
自分で自分が信じられないのだが、俺はまだあの女に対して愛情を抱いている。
毒針女が説明した『視界の中にいる人間をランダムで愛する者の姿に見せる幻覚作用』という毒の効果について、俺は心当たりがあった。
それにもかかわらず、情報屋が『毒の効果について心当たりはあるか?』と訊いてきた時、俺は『ない』と答えた。
だから情報屋は俺の情報を買わなかった。
だが俺は認めるつもりはない。
自分に嘘をつき続ける。
そうでないと、復讐心が鈍る。
カルミアを殺せない。
俺はカルミアのことをただ憎いとしか思っていない。
それ以外の感情はない。
それでいい。
「なぁ。おい。おいってば。聞いてんのかカブト」
レンジが体を揺すってきたことで俺はハッとした。
「なんだ」
「なんだってなんだよ。聞いてなかったな?」
俺の頬に人差し指をぐりぐりとやってくるレンジの手を払いのけた。
「顔色が悪いが、大丈夫か?」
仲介屋が俺の顔を覗き込んでくる。
そのタイミングで注文していたものが届いた。
俺はコーヒーにひと口つけてから答えた。
「ああ。問題ない。それで、なんの話をしていたんだったか」
レンジはため息をついてから答えた。
「金を集める方法だよ。爺さんからもっと情報を買うためには金がいるだろ?」
「そうだな」
「で、魔法動物の密猟とかどうかなって話さ」
「なるほどな」
「キリンなんて見つけたら大儲けなんだがな」
仲介屋がぽつりと呟いた言葉にレンジが首を傾げた。
「キリンってなんだっけ。黄色いやつだっけ。いや、金色だったか?」
仲介屋が少し笑って首を横に振った。
「えーっとな。魔法生物ってのは基本的に使う魔法の種類によって色が決まってる。例えば電気なら黄色、炎なら赤とかな。その中でも例外的に、使う魔法に関係なく金色をした個体がいる。突然変異体だ。そういう奴は密猟されて高額で取引される」
「へぇーそうなんだ」
俺は仲介屋から説明を引き継いだ。
「そもそもリンという魔法動物がいる。そしてキリンというのは、リンの突然変異体のことを指す業界用語だ」
もっと言うと、昔の俺の名前だというのは声に出さなかった。
「じゃあキリンは金色なのか。どこにいるんだ?」
「さあな。リンの生息地はサバンナだが、群れで生活するリンにとって異端の存在であるキリンはその輪から追い出される。突然変異体の宿命だな」
仲介屋の答えに、レンジは複雑な顔をした。
「普通じゃない奴が迫害を受けるのは人間も動物も同じなんだな」
「そうだな。そうしてキリンは孤独に生きていく。仲間からも他の動物からも隠れながら、ひっそりと生きる。頭もいい奴らだから、上手く隠れて密猟者から逃げるんだ。だから発見が難しく、その分価値が高い。トリカブト、お前は見たことあるか?」
「いいや。ないな。キリンは密猟者にとってのダイヤモンドみたいなものだ。そう簡単に見つかるものじゃないし、そもそも国際条約で魔法動物の取引は禁止されているし、動物園にいるようなやつでもないしな」
「んー。じゃあキリンの密猟で金儲けってのは難しいのかぁ。それなら他の案を出さねぇとな」
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