情報屋

 情報屋に着いた。

情報屋とは店の愛称であり、店主を指す言葉でもある。


ここは仲介屋の事務所と同じく、入り組んだ路地裏を進んだ場所にひっそりとある。

基本的に一般人はいない。


俺たちのような、後ろめたい事情を抱えた連中ばかりだ。

薄暗い店内には数人がたむろしていた。


「いらっしゃい」

店番を務めている茶髪の若い男がこちらをちらりと見て言った。


こいつはただの店番だ。

この店番は情報屋の実の息子らしい。

情報屋本人は奥の部屋にいる。


俺は店番に

「買いに来た」

と伝えた。


店番は小さく頷き、俺たちを奥の部屋の前に通した。

古ぼけた木の扉を開くと、本や書類で埋め尽くされた部屋が現れた。


部屋の中には真っ白に染まった髭を撫でながら物思いに耽るように壁を睨む老人がいた。

情報屋だ。


情報屋は俺たちの方にゆっくりと顔を向けた。

「トリカブト、なんでも屋、仲介屋……。なるほど。まぁ座れ」


俺たちは低いテーブルを挟んで情報屋と向かい合った。

「さて、話を聞こうか」

情報屋は真っ直ぐに俺を見てきた。

代表だと思われたのだろうか。


俺は簡潔に

「ギフトについての情報を買いに来た」

と伝えた。


「……ギフト」

情報屋は少し視線を鋭くしながら繰り返した。


レンジが慌てて割って入った。

「ちょっと待ってくれ。その前に、一つはっきりさせておきたいことがあるんだ。こいつが俺たちの敵か味方かを教えてくれ」

レンジは仲介屋を指差した。


情報屋は仲介屋の顔をじっと観察してから、視線をずらして俺を見た。


「その情報なら、銀貨1枚ってとこだな。買うか?」

俺は頷いた。

情報屋は再び仲介屋の顔を見た。

その目は黄色く光っている。


「仲介屋、ワシの質問に答えろ。先に言っておくが、ワシには相手の言ってることが真実かどうか見分ける魔法が使える。この目が光っているうちはワシに嘘をつくことはできない」


仲介屋は真剣な面持ちで

「分かった。正直に答えよう」

と返事した。


情報屋は訊いた。

「仲介屋、お前さんはトリカブトやなんでも屋の敵か?」

「違う」

「……なるほどな」


情報屋は俺の方を向いて

「こいつは嘘をついていない」

と言った。


「分かった。じゃあこいつも交えて本題に」

「いやちょっと待て」

俺の言葉を遮ってレンジが言った。


「爺さん、あんたが嘘をついているって可能性はねぇのか? 事前に仲介屋から金を渡されていて、俺たちに対して嘘をつくように頼まれているかもしれない。信用していいのかカブト」

俺は少し呆れた。


「情報屋は買収しない、というのはこの業界の暗黙の了解だ。そもそも情報屋が絶対に応じないから無理だが。知っているだろそれくらい」


情報屋も補足するように言った。

「ワシにとって一番重要なのは、信用だ。それが崩れちまうとワシが売る情報に価値は無くなっちまう。だからワシは基本的に中立の立場を取る。どれだけ金を積まれてもな」


「別に。ちょっと確認しただけさ」

レンジは不貞腐れたようにそっぽを向いた。


俺はいよいよ本題に入るべく、情報屋に言った。

「まずは、ギフトについて料金が発生しない範囲で教えてくれ」


「……ギフトは暗殺組織だ。この業界じゃ有名な組織だな。毒殺を専門としている」


「おさらいだな。じゃあ次に、ギフトのアジトの場所についてだ。その情報はいくらかかる?」


情報屋で情報を買う時は逐一料金を確認しながら話さないと、うっかり聞いてしまった情報の料金を後から請求されるような羽目になるかもしれないから注意が必要だ。


まぁ基本的には情報屋の方から、値段は○○になるが買うか? という風に訊いてくるが、用心するに越したことはない。


「ギフトってのは巨大組織だ。それも暗殺のな。暗殺組織っていうのは往々にして恨みを買うものだ。ということは必然的にその情報を求める者は多くなり、情報の持つ価値は跳ね上がる。アジトの場所ともなれば最重要機密だ」

「勿体ぶらずにさっさと言え。いくらする」

俺が急かすと、情報屋は

「金貨1000枚」

と答えた。


レンジがあからさまに苦い顔をする。

「えぇー。出せるわけねぇだろそんなの。もうちょいどうにかならない?」


「少しくらいなら勉強してやってもいいがな。まぁそのくらいギフトの情報には価値があるってことだ。……お前さんたち、どうせこれからギフトにちょっかいかけるつもりなんだろ?」

「なんでそんなこと分かるんだ?」

仲介屋が訊くと、情報屋は当然だとでも言うように胸を張った。


「ギフトについて探る奴ってのは、大体連中に何かしらの復讐をしたいと思ってる。お前さんらもそんなとこだろ? だったら連中と関わる中で情報を手に入れろ。それをうちに売りに来たらいいさ。ギフトの情報であれば些細なことでもかなりの価値がつく。そしてその情報を売った金で、またワシから情報を買えばいい」


俺は頷いた。

「そうだな。そうしよう。ではさっそくだが、ギフトの情報を売りたい」

「いいだろう。話してみろ」

情報屋は古ぼけた分厚いノートを取り出してペンを持った。


俺はまさに今日絡んできた、あの毒針女の話をした。

話を聞き終えると、情報屋は質問してきた。

「毒の効果について心当たりはあるか?」

「……ない」


情報屋が訊いてきたのは、毒針女の言っていた『視界の中にいる人間をランダムで愛する者の姿に見せる幻覚作用』についてだろう。

情報屋は俺の目をじっと見つめ、やがて首を振った。


「……なるほどな。今の話は本来、金貨10枚はくだらない情報だ。だが、この情報は買い取れない。他の情報を持ってこい」

「えー! なんでだよ!」

レンジが抗議する。


「そうか。分かった。では、今日のところは売るのはやめておこう」

俺は素直に引き下がり、売るのは諦めて情報を買う方に話を戻した。


レンジは納得いかないのか、俺のことを不思議そうに見ていたが、無視した。


そうして俺たちは金貨5枚分の情報を買ってから情報屋を後にした。

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