仲介屋2

 事務所に足を踏み入れてまず目に飛び込んできたのは、壁に寄りかかるようにして倒れている仲介屋の姿だった。


右耳から血が流れている。

手には拳銃を握っている。


どういうことだ?

レンジと顔を見合わせたその時、仲介屋は俺たちの方にさっと顔を向けて、素早い動きで銃口を向けてきた。


「誰だ!」

仲介屋が叫ぶ。


「トリカブト」

俺が答えると、仲介屋は力なく微笑み

「なんだ。お前か」

そう呟くと、へなへなと弱々しく腕を下ろして銃を傍に置いた。


「何があった」

俺とレンジは念のために仲介屋と距離を取ったまま話を聞くことにした。


だが、説明する前に仲介屋は

「悪いが、その前に頼みたいことがある。そこの机の引き出しに入ってる薬草を取ってくれ。体が動かせないんだ」

と言った。

俺たちが動かないのを見て仲介屋は苦笑した。


「ハハ。警戒してるんだろ? それは正しい判断だ。じゃあ、なんでも屋は俺が何かしないように銃を向けていろ。それで心配ないはずだ」


レンジは黙って仲介屋に銃を向けた。

俺は机の引き出しを開けた。

引き出しには一つしか薬草が入っていなかったため、すぐに分かった。


俺はそれを手に取って仲介屋の方に放り投げた。

仲介屋は震える手でキャッチした。


「ありがとな。これはあらゆる毒を無効化する毒消し草だ。値は張ったが、買っておいて良かったな。……はぁ。少し楽になった」

薬草によって仲介屋の顔に血の気が戻った。


「毒消し草? その傷を治療するための薬草じゃないのか?」

仲介屋は

「これのことだろ?」

と、血が流れている自分の右耳を指差した。


「この怪我自体は大した問題じゃねぇ。問題なのは、この傷をつけた武器に毒が塗られていたことだ」

「毒?」

俺が訊き返すと、仲介屋はため息をついてから頷いた。


「そうだ。さっき、ここにある男が訪ねてきた。男は俺に訊いてきた。『お前はトリカブトという男を知っているか?』ってな。俺が、『知ってる。いつも仕事を斡旋してる』って答えたら、いきなりナイフを取り出してきて襲ってきた。俺だって一応こんな業界の人間だ。護身術くらい心得てるし、護身用の銃だって持ってる」


仲介屋は床に置いた銃をちらりと見てから、入り口付近を指差した。

目を向けると壁に銃痕が確認できた。


「なかなか素早い奴でな。避けられちまった。腕には結構自信あったんだがなぁ」

情けねぇよ、と呟きながら仲介屋は俯いた。


「ナイフで切りつけてきてな。俺だって当然抵抗したんだが、避けきれずに耳に掠っちまった。それからすぐに俺の体はまともに動かなくなった。男もそれだけで、とどめを刺さずに去っていったから、これは毒に違いないって思ったんだが、情けねぇことにそこの机まで這う力も出なくてな。お前らが来てくれて助かったぜ」


レンジが仲介屋に向けていた銃を下ろした。

「なるほどな。その男は名乗ったか?」

レンジの質問に、仲介屋は頷いた。


「知らねぇ奴が来たときは、大体名を訊く」

「そういや俺も訊かれたっけ」

「お前は勝手に名乗った。偽名をな」


「お、適当な名前ってことバレてたのか。まぁいいや。で、そいつはなんて名乗った?」

「ヒガンバナ」


ヒガンバナ、か。

俺は仲介屋に言った。


「色々訊かせろ仲介屋。まずは、さっきのお前の発言についてだ。なぜ俺たちが警戒していることに気づいた?」

仲介屋はさっき自分に対して銃を向けさせた。

こちらが警戒していることをなぜ知っていたのか。


仲介屋は答えた。

「さっきまで毒で身動きできなかったから暇で色々考えてたんだ。……お前らはギフトの連中が毒花をコードネームにしてるってことに気づいてるか?」

仲介屋は質問に答える前に、そんなことを訊いてきた。


レンジが

「あー。カルミアって花、毒があるらしいな」

と言って、何か言いたげに俺の方を向いた。


「なんだ」

「いや、お前もトリカブトって名乗ってるじゃん。トリカブトって毒花だろ? お前、もしかしてギフトの一員?」


「そんなわけないだろ。俺はトリカブトに因縁があるからトリカブトを名乗っているだけだ」


「へぇー。まぁ別にいいか。で、連中のコードネームがどうしたんだよ」

レンジが話を戻した。


仲介屋は呆れたようにため息をついた。

「分かんねぇのか? ヒガンバナってのは毒花だろうが」


「あ、そういやそうだな。じゃあここに襲撃してきた野郎はギフトの連中ってことか」

レンジがポンッと手のひらを叩いた。


仲介屋は頷いた。

「おそらくな。それで、俺はヒガンバナに訊いたんだ。『トリカブトの奴がなんかしたのか?』って。そしたらヒガンバナは『知る必要はない。奴の元には今、俺の仲間が向かっている』とかなんとか言っていた。ヒガンバナの言っていることが本当なら、お前らはギフトの連中に絡まれたはずだ。どうだ?」

俺たちは無言で頷いた。


それを見て仲介屋は

「やっぱりな」

と呟いた。


「俺はヒガンバナが嘘をついているように見えなかった。で、もしお前たちの元にギフトの連中が絡みに行ったのならお前らがどんな風に考えるかなんて知れてる。俺のことを真っ先に疑うだろう。俺がギフトの話をしたすぐ後にギフト関連のことに巻き込まれたら、当然俺が一番怪しい」


「だから俺たちがお前を警戒していることに気づいていたのか」


俺の言葉に仲介屋は深く頷いた。

「まぁ今の話だって俺がでっち上げた嘘って可能性もある。信用ならないなら情報屋の爺さんにでも確かめてみればいい。あの爺さんはこの業界のことなら何でも知ってるからな」

「そうだな。後で確かめてみることにしよう」


「フッ。正直だなトリカブト。それは信用してないって言ってるようなもんだぞ? だが、それで正しいのかもな。これからギフトに喧嘩を売るんだったら誰のことも信用するな。どこに敵が潜んでいるか分からない」

仲介屋は真剣な表情で忠告してきた。


「俺のことは信用してくれて構わないぜ?」

レンジが自分を指差しながらニヤリと笑った。


「……」

「おい。信用してねぇな。その顔は信用してねぇな?」

「……」

「なんか言えよ」


「とりあえず、今後の流れを確認しよう」

「スルーしやがったこいつ。まぁいいや。そうだな」

レンジは頷いて、仲介屋の方を見ながら言った。


「まずは情報屋に行って仲介屋が本当に味方かどうか確かめねぇとな」

「俺がお前らの敵かもしれねぇからな」

仲介屋はおどけるように言った。


レンジが無視して続ける。

「その後は、さっそくギフトの調査といくか? それともまだ俺のことを審査するか?」

レンジは皮肉っぽく俺に訊いてきた。


「……本当はそうしたいところだが、すでにこちらの動きがギフト側に伝わっているのなら悠長にしているわけにはいかない」


レンジは真面目な顔をして頷いた。

「寝込み襲われたりしたら最悪だもんな」

「ああ。だからギフトの調査に取り掛かる。情報屋でついでにギフトについて、いくつか情報を買おう」


もちろん賛成だけど、と前置きしてからレンジが言った。

「金はあるのか? 情報屋のジジイはケチだからめちゃくちゃ金かかるぞ?」


「ああ。脱獄してからずっとこの業界で仕事をして、復讐のための資金を集めてきた」


「ふーん。俺もちょっと貯金あるから出してもいいぜ」

「そうか。それは助かるな」


「俺も自分の記憶に関することを情報屋のジジイから買おうとして、金貯めてたんだ。クソ高いから正直半分諦めてたけど」

「よし。決まりだな。情報屋に向かおう」


俺が事務所を出ようとすると、レンジが仲介屋に

「お前はどうするんだ?」

と訊いた。


仲介屋は唸った。

「どうしたもんかな。場所が連中に割れちまってる以上、ここは安全じゃねぇ。そうだなぁ……お前らに同行するのもいいかもな。危ねぇことはやりたくねぇが、何かしら協力してやるから、俺のこと守ってくれねぇか?」

「だとよ。どうするカブト」


俺は少し悩んでから答えを出した。

「……ひとまず情報屋までは一緒に来い。そこでお前が敵か味方か分かる」

「分かった」

仲介屋はよろめきながら立ち上がった。


レンジが

「っと、その前に耳の傷を処置しようぜ。そういう治療系の物はどこにある?」

と言うと、仲介屋が指差して示した。

「そこの棚の上から3番目の引き出しだ。すまないな」

「おう。いいってことよ」


レンジが仲介屋の傷の処置をした後、俺たちは3人で事務所を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る