第二章 第八話

「絶対やめといたほうがいいだろ」


「いいや、絶対にやる」


 俺の言葉に覆いかぶさるように颯太が言った。俺と颯太は長テーブルを挟んで向かい合って座り、議論している。

 議題は『動画投稿グループのエキサの撮影依頼を許諾するか否か』だ。俺は父さんのラーメン屋を継ぐつもりはないが、この件に関しては別問題だ。負けられない。

 店主である父さんはインターネットには疎いからという理由で、俺たちの意見を聞いてから決断すると言い、腕を組みながら俺たちの意見をじっくりと聞いている。


「颯太。不用意にネットの海に個人情報を流出させる危険さをお前はわかってない。エキサの動画を観ていたなら、関連動画とかで知っただろ。エキサのメンバーの一人がストーカー被害にあったって」


 俺はスマホを取り出し、一つのネットニュースの記事をスマホ画面に表示させて颯太に見せた。今朝、俺が見ていたSNSの投稿だ。


「観たさ。だから?有名人でもない俺と父さんが動画に出たところで、何かの被害に遭うなんてことはない」


「絶対とは言い切れないだろ。それにストーカーもそうだけど、昔はエキサが過激なことをしていたから、頭のねじが飛んでいる視聴者がごろごろといる。もしそういう奴らが店を荒らしていったら?お前と父さんだけで対処できるのか?」


「荒らしてくる奴がいたら警察に頼めばいいだけの話でしょ。動画を観た普通の人が来てくれたら、経営は右肩上がりになるはず」


「荒らされている時点で経営に支障が出ているんだけどな」


「そこまで!!」


 父さんが俺と颯太の顔を一度ずつ見た後に突然言った。父さんの顔は少し口角があがっている。きっと店のことを考えて、議論してくれている俺たちを見て嬉しいのだろう。

 それか議長を務めているのを楽しんでいるかだ。



「どちらの意見も店のことを思ってくれているみたいで、俺は大変感激している」


 前者の方だったようだ。父さんは頷きながら拍手をしている。


「だが、どちらかに決めなくてはいけない。だが、最初に言っておこう。石井麺屋の経営理念は『来るもの拒まず。最高のラーメンを』だ」


 ああ。駄目だったか。


「つまり、ストーカーであっても、頭のねじが外れている奴であっても、迎え入れるのが石井麺屋だ。だから、今回の件は承諾して、うちの店を紹介していただこうと思う。そのエキサという者達に」


 止められなかったか。

 しかし、俺もエキサが動画投稿後にストーカーや頭のねじが外れている奴が来るとは思っていない。父さんと颯太はお世辞にも格好良いとは言えないし、最近のエキサの動画はクリーンなものが多くておかしな視聴者も減っているはずだ。仮に来たとしても、颯太の言う通り警察に頼めばいいだけだ。

 エキサのチャンネルにこの店の紹介動画があがったら、きっと来客者もかなり増えることだろう。

 

 だけど。

 それでも俺はゆげに会いたくなかった。

 

 何もやりたいことも、やりたい仕事もない俺が、動画投稿の収益中心で飯を食っていくと覚悟を決めている奴に会ってしまうと、今までの二十年間全てを否定されている気分になってしまう気がした。

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