第二章 ゆげ編
第二章 第一話
午前五時。
目を覚ますと、油を焦がしたような臭いが家の中を満たしている。俺は胃もたれするほどの嫌悪感に苛まれながら、体を起こした。
またやっているのか。
二階にある自分の部屋を出て、一階にあるダイニングキッチンへと入ると、その強烈な油の臭いは大きくなった。鼻を摘んで、臭気を吸い込まないようにしていると、キッチンでしゃがんでいた父さんと弟の颯太が顔を出した。
「おはよう、翔。早速で悪いが、試食してくれないか?今回は颯太が作った自信作なんだ」
「兄貴、頼む!今回はいつもとは違う豚のゲンコツで出汁を作ってみたんだ」
颯太の体の二分の一くらい寸胴鍋に入ったもののを銀色のお玉で混ぜている。わざわざ近寄らなくてもわかる。
この焦げた油のような臭いの発生源はあそこか。朝から胃もたれするような臭いを放つ邪悪なものは蹴り倒してしまいたかったが、流石にそんなことはできない。
「嫌だよ。誰が好んで、こんな朝五時から胃を壊すようなもの食べるんだよ」
「俺たちはもう食べたが?」
ケロッとした表情で父さんと颯太が俺を見た。颯太はともかくアラフィフの父さんにされると少し腹が立つ。
俺は鼻を摘みながら、臭いの発生源に立ち向かい、冷蔵庫から小さめのペットボトルに入ったお茶を取り出して、素早く発生源から距離をとった。
「俺はただ喉が渇いて、起きちゃっただけなんだよ。別にラーメンを食べたいわけじゃない」
俺はペットボトルの蓋を外し、少しだけ口に含んで飲み込んだ。冷たい流動的なものが体内にすとんと落ちていく。
俺の悪態に、父さんは「そうかそうか」と腕を組んだ。
「なら、出汁を飲めばいい。試飲もできるし、喉も潤うぞ」
父さんの言葉に合わせるように、颯太が手のひらサイズのお椀に出汁を入れて、俺に向けて差し出してきた。
「飲まん!」
俺は空になったペットボトルを持ったまま、ダイニングキッチンを出た。ドンという音を立てて、廊下に出たため、俺の怒りは伝わっただろう。ダメ押しついでに思い切り音を立てながら、階段を登ってやろう。
しかし、俺は知っている。
あんな悪臭を放っていた寸胴鍋の中身だが、味は保証できるということを。
俺の父さんはラーメン屋を経営している。売り上げはそこそこあり、知る人ぞ知る人気店らしい。そして、颯太は父さんと一緒に三年以上調理場に立っているため、腕は一流に近いだろう。
試作品とはいえ、そんな二人が作ったものなのだから、不味いということは絶対ない。今まで散々、試食させられてきたからわかる。
だが、こんな早朝から試食させられるのは勘弁だ。
俺は自分の部屋に戻ると、のそりと布団の中に戻った。そして、充電コードに繋がれたスマホを手に取り、SNSのアプリを開いた。
今のトレンドを調べるために、人気の投稿を調べる。大学の友人と話を合わせるためだ。時間を無駄に浪費している気がするが、仕方がない。
ぼんやりと画面をスクロールして、情報を取り込んでいくが、あまり興味がない内容ばかりだ。というか、「病んでいる自分が可哀想でしょ」とアピールするような内容ばかりが投稿されている。
だが、退屈な投稿欄の中に一際目を惹くものがあった。それは動画投稿グループのエキサイティングサーチのメンバーがストーカー被害にあったことについて改めて動画で語ったという内容と共にメンバー四人全員が映っている画像が添付されていた。
俺は画像に映っている一人の人物を注視した。ストーカー被害にあったしゅんではなく、エキサイティングサーチのリーダーのゆげという人物だ。
俺は中学三年生の時、こいつとクラスメイトだった。
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