第一章 第二話

「姉ちゃんさ、もうちょっと動画の音、小さくできない?」


 朝起きて、美由はリビングへと向かうと、妹の麻衣に言われた。昨日、イヤホンを付けずに動画を観てしまったからだろう。

 美由は顔の前で両手を合わして、「あーごめん」と軽く謝った後、キッチンの方へと向かった。


「でも、最近のエキサが最高でさ。特にしゅんが。麻衣、あんたも一緒に観ない?」


「観ないって。暇な大学生の姉ちゃんと違って、あたしが受験生なの。そんな時間はないの」


「冗談だよ。ごめんね」


 美由はキッチンの冷蔵庫にある牛乳パックを取り出した後、朝食を取りながら勉強している麻衣の姿を見た。美由に対して、怒っているのはわかるが、表面化しているのは顰めている眉だけなので、わかりにくい。その上、こんな時でさえ、参考書から目を離さない。


 特にやりたいこともなく、適当に指定校推薦で大学を決めた美由は、やりたいことが明確にあって、一般入試で難関大学を受けようとしている麻衣の辛さはわからない。


 牛乳をコップに注いで飲んでいると、コンロ前で麻衣の弁当を作っているお母さんが口を挟んできた。


「ったく、美由。家族なんだから、麻衣の受験にも協力してあげないと。ほら、勉強教えてあげるとか」


「難関の大学目指している麻衣に私が勉強なんて教えるなんて無理だから。逆に今度大学で発表しなくちゃいけない英語のスピーチを一緒に考えてほしいくらいだよ。必修だから絶対に単位落とせないし」


「そんな余裕あるわけないじゃん。ただでさえこっちには一分一秒が欲しい時だっていうのに」


 やはり麻衣は参考書から目を離さない。朝食のトーストを口に運ぶ時でさえ、手元を見ていない。

 美由は麻衣のそういうストイックなところを見ると、溜息を付きたくなる。決して、麻衣のことが嫌いというわけではないのだが、目標に向かって突き進む姿が眩しくて仕方がない。


(なんか朝からモヤモヤするし、もう現実を忘れてエキサの過去動画でも観ようっと)


 パジャマのポケットからイヤホンを取り出して、動画アプリでエキサのチャンネルを開き、動画を観始めた。

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