とある捕手の再始動
ALC
第1話長く長く続く再始動は今始まる…!
とてつもなく配慮にかける冒頭で申し訳なく思うが勘弁して欲しい。
此処から先に進む人は本編である
とある遊撃手の独壇場
を既読の方だと思って話を進める。
もしも未読の方がいた場合は本編を既読の後に読むことをおすすめする。
それでは…
君の周りに天才はいるか?
俺の眼の前には異次元の実力を誇る天才が存在している。
神田吹雪。
父親が元世界的スター選手である神田業。
メジャーリーグで活躍した本物の天才。
その息子である神田吹雪も果てしない実力を誇る天才だ。
天才と言う言葉が安っぽく思えてしまうほど。
吹雪の実力は周りと比較しても異次元だった。
しかもその実力は井の中の蛙ではないことを皆が知っている。
世界に通用する。
そういう実力だった。
しかもそれは中学卒業、高校入学当時から世界にその存在を轟かせていたのだ。
俺達が一度別れて再会を果たしたのは中学三年生の頃だった。
小学校低学年で海外に行った吹雪だったが。
様々な事情があったようで中学三年生に帰国してきたのだ。
そして俺達は同じ高校に入学して。
俺もスカウトされて帝位高校に入学し野球部に所属したのだが。
吹雪は俺よりも待遇が良く。
加えて言えば監督に直々に席を約束されていたそうだ。
しかも吹雪が小学生の頃に練習参加をしていた当時から実力を見抜かれていて。
そこからずっと席を確保してもらっていたそうだった。
この様な簡易的なあらすじを披露した所で。
では再び始めるとしようか。
生まれた瞬間の事はまるで何一つと言って良いほど覚えていない。
大概の人間がそうであるように。
俺に特別な記憶力や何かしらの能力が備わっていることもなく。
蛇足的な話をするのであれば前世の記憶がある。
などと言う眉唾物の能力も備わっていない。
俺は何処にでもいる普通の人間だ。
ただし両親に深く愛されてこの世に生を授かったのは事実。
加えて言うのであれば。
そこからもずっと深い愛情を向けられていたのも事実だ。
幼稚園の頃の記憶は朧気に思い出せる程度だが。
自分が周りよりも運動神経に秀でていることを理解していた。
運動会のかけっこやマラソン大会では他の追随を許さないほどの差を広げて一番を手にしていた。
それは体育の時間もそうだった。
俺が無双して周りがつまらないと言い出すのが毎回のお決まりだった。
当時の俺はそんな世界を少なからず退屈に感じていたのかもしれない。
何をしても自分と肩を並べる人間は居ないのだと。
俺を超える運動神経を持つ人間は居ないのだと。
あまりにも早い段階で悟った風にしていじけていたのかもしれない。
誰も張り合いが無いと。
つまらない思いを抱いていたのだ。
その思い込みや勘違いをぶち壊してくれたのが。
小学生で出会うことになる神田吹雪と言う天才の存在だった。
小学生になり初の体育の授業で俺は思い知らされる。
今までの自分は井の中の蛙に過ぎないという事実に。
俺の運動神経など吹雪に比べたら天と地の差があるほどだった。
俺は初めて何とも言えない感動のような感情を抱いていた。
それと同時に初めての悔しさが芽生えて。
また競争心や対抗心や嫉妬心が日増しにむくむくと肥大していった。
その複雑な心境をどの様に上手に発散すれば良いのか。
子供過ぎた俺には難しいことだった。
吹雪の一挙手一投足に噛みついて。
何度と無く無駄に絡んだ。
けれど俺はまるで相手にされておらず。
そんなある日、俺は偶然耳にしてしまうのだ。
彼が元世界的スーパースターの息子であると言う事実を。
それが野球と言うスポーツを初めたきっかけになったのであった。
地元の少年野球団に連れて行ってもらった俺はまたしても軽い絶望のような失望感を覚えてしまうことになる。
地元の少年野球団には吹雪がいるとワクワクしていたのだが…
実際のところ彼の姿は無く。
しかしながら体験入団でプレイを見た監督の強い勧めで俺は入団することになるのだ。
しかしながらここでも俺は実力をメキメキと伸ばしていき。
すぐさまにレギュラーの座を得ることになる。
捕手と言うポジションを守ることになったが。
監督が言うのには
「一番考えてプレイしている。知識も豊富で肩も強い。
周りに比べて俊敏に動けて瞬発力もある。
パワーも同年代の子に比べたら明らかに高い。
他の子が守るには難しいと言う消去法でもあるが。
落ち着いて俯瞰して現状が見える性格的にも捕手が最適だろう」
その様な理由から俺は捕手というポジションに定着したのだ。
「須山が捕手になって盗塁阻止からのアウトが増えたよな」
悲しいことを先に言ってしまうのだが。
俺は生まれてからずっと他人の名前を覚えるのが苦手だった。
家族や親族や親戚。
そういった人たちは否が応でも覚えざるを得なかったのだが。
どうしても他人の名前が覚えられなかった。
その理由を後に気付くことになるのだが。
その残酷な答えを先に提示することを申し訳なく思うが。
有り体に言ってしまえば。
自分よりも秀でた何かがない人間の名前を覚えられなかったのだ。
それはつまり名前を覚えるほどの興味関心が持てなかった。
という残酷な思い上がりで。
幼稚園で一緒に過ごした同級生も。
野球仲間の名前を覚えることも。
一度たりとも出来なかったのだ。
それで煩わしいトラブルに発展したこともあったが。
俺は別段取り立てて問題視していなかった。
いつか名前を覚えられる存在に出会うと。
そう悟っていた訳では無いが。
皮肉にも小学生に上がってすぐに。
神田吹雪というむき出しの才能を持った天才に出会うことで。
俺は人生で初めて他人の名前をはっきりと覚えたのだ。
閑話休題。
味方選手の言に嬉しく思いながら頷いて応えていた。
幸いなことにも同じ小学校からも一緒の少年野球団に入団している生徒が居て。
俺達は少なくない時間を一緒に過ごしていただろう。
別段吹雪の話題が出てくることは無かったが。
「吹雪くんすごいね。この間は練習試合で打ったんでしょ?」
同級生の名前もわからない女子が何故か気になってしまう。
それは吹雪に興味関心を抱く似た者同士の同族を想う感情だろうか。
件の女子が吹雪の机の前ではしゃいでいる。
俺は話の続きが気になって仕方なかったが。
「相手は中学生なのに。良く打てるね」
先の言葉が衝撃的すぎて言葉を失いかけてしまう。
そして脳内が真っ白になる感覚を振り払いながら。
俺は彼らに悪態を吐いていたのだ。
その後、野球仲間の話を聞く機会があり事実を知ることになる。
「神田のヤツ小学生なのにシニアで練習しているみたいだぜ。
親父の権力でねじ込んでもらっただけだろ。
練習試合だってさ…相手投手が手加減して投げてくれたのを打っただけだろ。
ガチじゃないんだから別にすごくねぇよ。
山口も山口だろ。
何はしゃいでんだって話だよ。
何も知らない素人はガチの勝負かどうかの判断も出来ないんだな。
マジで教室ではしゃぐなって話だよ。
男女でいちゃつきやがって…きもいっての…」
野球仲間の悪態を耳にしながら俺も合わせるように。
同意するように適当に頷いていた。
そこから話が180℃変わる出来事が起こるのだが。
吹雪が甲子園常連校である帝位高校野球部の練習に参加していると耳にしたのだ。
そしてある日。
俺はその光景を見に行ったのだ。
両親に無理を言って連れて行ってもらい。
俺はそこで思い知らされるのだ。
本物の天才という異次元の実力を誇る存在に。
実力というものがここまではっきりくっきりと浮き彫りになるという残酷な真実に。
本当に自分は何者でもなく。
しかしながら同級生の吹雪は…
既に何者かになりかけているという事実に直面してしまうのであった。
帝位高校野球部専用球場の駐車場に車を停めた父は降車すると後部座席のドアを開けた。
助手席に座っていた母親も降車して俺達親子は球場の方へと歩いていく。
「こんにちは。どなたかの親御さんですか?」
帝位高校野球部の関係者らしき父兄に声をかけられた両親だった。
あまり野球に詳しいわけでも興味があったわけでも無い両親は眼の前に広がる現実に度肝を抜かれているようだった。
「あ…どうも。実は息子が帝位高校野球部の練習が見たいと駄々をこねたもので…
ですが…こんなに立派な球場で練習をされているとは思いもしませんでして…
軽い気持ちで了承したもので…
お恥ずかしい話なのですが私共は野球にまるで詳しくなくてですね。
無作法でしたら本日はここでお暇させていただきます」
父は丁寧に眼の前の相手と対話を重ねていて。
しかしながら父兄の人間は笑顔を浮かべながら俺達親子を球場のスタンドへと案内してくれる。
「スカウトさんとか球団関係者の方とか沢山の人が頻繁に訪れるんですよ。
一応入口で身元を確認させていただいていますが。
不審者などの対策でね。
子供を守る大人の立場としては当然でしょ?
でもまぁいざって時は僕ら大人よりも彼ら球児の方が腕っぷしは強そうですけどね」
などと眼の前の父兄は戯けた表情を浮かべて笑って見せていた。
俺達親子は少しずつ緊張感が解れていくが。
「息子さんはお幾つですか?」
父兄の質問に父が答えていて。
その答えを耳にした相手は目を丸くした後に柔和な笑みを浮かべていた。
「じゃあ吹雪くんを目当てで来たのかな?彼は本物だよ。
一応僕だって高校まで野球をやってきたんだが…
あんなむき出しの才能を目にしたのは一生で一度きりだ。
初めての経験をこの歳でもすることが出来るなんて思ってもいなかった。
一軍の選手に混じって普通に打ってしまうんだから末恐ろしい。
君も彼のようになりたいのかな?
じゃあ頑張ってな。
お!丁度吹雪くんの打席が周ってきたよ。
今日も打つかな…楽しみだ」
父兄のおじさんは明らかに目を輝かせていて。
まるで野球少年が憧れのスーパースターの打席を見ているようだと。
子供ながらに俺は感じていた。
俺達親子も父兄のおじさんに倣う形で吹雪の打席に注目していた。
眼の前では真剣勝負が繰り広げられていて。
高校生の投手は明らかに全力投球を行っている。
今までテレビの向こうでしか感じられなかった本物の豪速球が目の前で投げられている。
少年野球の投手とは雲泥の差がある急速。
もしも俺が打席に立っていたら…
それを想像するだけで腰が引けてしまうほどだった。
それなのに…
吹雪のやつは平然とした表情で打席に立っていて。
それだけで信じられない光景だった。
あいつには恐怖心が無いのか…?
そんな事すら考えてしまう。
そして吹雪が豪快なフルスイングをして。
ひと目見ただけで同級生のスイングスピードとは思えなかった。
これが天才であるとスイング一つでわからされてしまう。
このまま直視し続けるのが辛いと感じるほど。
俺は吹雪の圧倒的な才能を近距離で浴びせ続けられていたのだ。
後で聞いた話だが…
少年野球と高校野球では使っているバットがそもそも違うようで。
その重さには明らかな違いがあり同い年の吹雪が平然と振れている理由がわからなかった。
途轍もないスイングによって風が巻き起こるような錯覚を覚えて。
遅れて響いた快音と共に。
吹雪が打った打球はバックスクリーンへと吸い込まれていく。
唖然としている俺に両親と父兄のおじさんは…
「彼が息子と同い年って…何かの冗談ですよね…?
小学生が高校生の球を打つなんて…
あれですよね…?
手加減してあげているって…」
「ははは。そう疑いたくなるのも仕方ないですが。
帝位の選手が手加減することなんてありえませんよ。
それが例え小学生相手でもです。
真剣勝負をしてもこうやって打たれるんです。
手加減なんてしたらどうなるか…
投手の彼は九条監督に怒られるだろうし。
吹雪くんは手を抜かれたら打たないと思いますよ。
彼らは立派な球児です。
真剣勝負以外はしませんよ。
そこは誤解なく。
しかし今日の吹雪くんも豪快でした。
心から応援したくなる天才児だ」
父兄のおじさんは目の輝きをもっと深く増していて。
俺は眼の前の現実の光景を。
吹雪を直視することが出来ずに俯いたまま母親の服の裾を引っ張っていた。
それを確認した母は父に声を掛けて。
俺達親子は早々に球場を後にする。
車内はまるで静まり返った無音の世界のようで。
俺は何処か果てしない暗闇の中に吸い込まれていく様な気分だった。
自らで答えにたどり着くことも。
野球に詳しくない両親が助言をくれることもなく。
俺はもしかしたら何かしらの世界の理に触れたような気分で。
しばらくの期間。
苦悩の日々を過ごすのであった。
俺はきっと世界を救うようなスーパーヒーローではない。
その様な使命を生まれながらに課せられているわけもなく。
けれどもしかしたら吹雪は…
あいつは野球で世界すらも変えてしまうような。
そんな選手にいずれなるのかもしれない。
生まれながらに身の丈以上の使命を課せられているのかもしれない。
そう思うことでどうにか俺は自らの複雑な心境にケリを付けたのだろう。
徐々にジワジワと捕手としての能力を向上させながら。
打者としても極力チームに貢献できる選手になってきた頃。
その出来事は唐突に訪れることになる。
吹雪が海外へと留学するそうだ。
しかも野球留学で。
きっと彼のことだから。
もう帰ってこないかもしれない。
そんなことを思った瞬間。
俺はどうしても耐え難い寂しさや悔しさのような感情に包まれていて。
幾つもの暴言を吐いた後に俺は…
不器用だが嘘偽りのない本心を吐露するように…
「いつか絶対に…認めさせるからな…!その時まで覚えておけよ!」
この日を境に俺の野球人生は一気にひっくり返ることになるのだ。
今までの少年らしい意識は完全に消え去り。
習い事の枠を超える人生や青春の全てを費やすことになる野球という魅力的なスポーツにのめり込むことになる。
それも全て…
神田吹雪と言う初めて名前を覚えた人物。
つまりは自分よりも格上の同級生と。
いつの日か肩を並べる存在になり。
または…
追い越す存在になることを心に誓って。
俺の少年らしい日々はここで幕を閉じたのであった。
俺の野球人生は…
いいや…本来の意味で…
俺の人生の再始動は…
皮肉なことにも初めて名前を覚えた一生忘れることのない人物…
神田吹雪との別れをきっかけに行われることになる。
ここから長い人生を掛けて。
俺は思い上がっていた自分を正すように。
人生を再始動させるのであった。
これは…
とある捕手の再始動。
1が0になり0が1になって改めて始まる物語。
けれどそれだけでは満足がいかない。
それ以上のものを常に追い求め続ける過酷な物語。
少しは強くなった俺がまた0から物語を
もしくは一度完全敗北を味わった俺が
とある遊撃手の独壇場
初のスピンオフ作品は…
須山剣を主人公にして。
その物語は今再び始まるのであった。
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