空っぽな僕と満たされない君達

あきてんた

第1話 虚宮 明人

「空っぽ」という言葉は僕、虚宮明人(うつろみやあきと)にはぴったりだろう。人生において目標もなく、特に努力したこともない。生きているだけで生きていない。死んでいないだけで死んでいる。決して死にたいわけではないが、もし今この瞬間死ぬとしても、後悔も思い残すこともない。そんな人間。


 名は体を表すという言葉があるが、こんなことを考えている時点で、少なくとも

僕は明るい人ではないのだろう。


 いっそのこと、空っぽな人で空人のほうがしっくりきたかもしれない。


 さて、そんな自称日本一空っぽ男である僕だが、今年から、晴れて私立白杉高校に入学し、"充実したハイスクールライフ!!"を送れるはずもなかった。


 正しいのは"ハイスクールライフ"という部分だけで、今現在僕は、お世辞にも充実しているとは言えない学校生活を送っている。


 しかしこれらは、僕が何もしなかった怠慢さゆえであり、つまるところ自業自得である。そのため、誰も恨むだりしたことはない。また、僕自身、無理をしてまで友達を作る必要はないと考えているし、今の状況が特別不幸だとは思っていない。


 …ただ、不幸でないのと、学校に行きたいかは別問題だ。


 学生というものは、友達と話したい、好きな人に会いたい、部活動をしたいなどの、様々なモチベーションをもって学校へ通うはずなのだが、僕にそういったものは全くない。


 唯一、僕を学校へ向かわせるモチベーションと呼べるものがあるとするなら、ただでさえなにもない僕が、学生という肩書すらも失ってしまうことへの危機感である。


 そんなこんなで、あまり学校が好きとはいえない僕にも、唯一気に入っている時間がある。


「キンコーン」


 僕は4限のチャイムが鳴ると同時に、板書を丸写ししていただけのノートをとるのをやめると、軽い足取りで旧校舎へと向かった。



 現校舎から4、5分歩いて、誰もいない旧校舎の教室の前に着く。時代を感じる造りに、どこか懐かしさを感じさせる木の香り。


 また、旧校舎といっても、定期的に掃除されているためか、外観内観共に、比較的きれいである。


この旧校舎で昼食をとる時間こそが、退屈な僕の学校生活において、最高に心休まる瞬間なのだ。


 食事は本来パーソナルであるべきだと考える僕は、こうして毎日誰もいない旧校舎に立ち入っては、一人で昼食をとっているのだ。単純に話す相手がいないのもあるが…いや一人いるにはいるが、カウントしないことにする。

 

 僕は、教室に入るや否や適当な席に着き、袋からパンと牛乳を取り出す。僕は毎回決まって、有名なキャラクターもののパンを買う。


 おまけで一つシールがついている子供向けのものだが、それに関してはどうでもよく、欲しがっている妹に毎回あげている。


また、肝心の味だが、これが驚くことに美味しい。子供向けの甘ったるい味が、最高にコーヒーとマッチするのだ。


 今回は冒険してバナナ味を買ってみたのだが、一口目で気づいた、大当たりだ。バナナの味が強すぎて、逆に怪しいパンをブラックコーヒーで流し込た次の瞬間、甘さと苦さのハーモニーが口いっぱいに広がった。


 来年のノーベル賞は僕なのではないか、なぜ今まで見つけられなかったのかなどと、新たなるベストタッグの誕生の前に喚起していた僕だったが、ふと気が抜けて、軽くコーヒーをズボンにこぼしてしまった。


しまった、これはしばらく匂いが取れないやつだ。どうしようかと焦っている僕をよそに、昼休みの終わりを告げるチャイムは鳴った。


 どうやらばかばかしいことを考えているうちに、休み時間が終わってしまったらしい。楽しい時間は過ぎるのも早いのだ。


 そんなことを考えながら、僕はズボンを軽くハンカチで拭いてから急いでゴミを片付け、教室を後にした。


 教室に何かを忘れた気がするが、急いでいる今は、そんなことを考えている余裕はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る