女の子とのお出かけはデートに含まれますか? ――4

 映画が終わるころには昼時になっていた。


 お腹も空いてきたので、俺たちはモール内のカフェで昼食をとることにした。


「とっても面白かったですね! 紺乃こんのさんが和希かずきくんに告白したときは、奈緒なおさんとの仲がどうなるのかハラハラしましたけど」

「三角関係になるとは思わなかったよね。原作にないオリジナルストーリーだったけど、よくできてたよ」

「和希くんと奈緒さんがギクシャクしてしまったり、フラれた紺乃さんが塞ぎ込んでしまったり、いろいろと大変でしたけど、最終的にはハッピーエンドになってよかったです」

「劇場版のオリジナルヒロインだったけど、紺乃さんはいいキャラだったよね」

「えっ? 原作には登場していないんですか?」

「ああ。けど、できれば原作にも登場してほしいなあ。アフターストーリーとかも読んでみたいよ」


 ランチをしながら、彩芽と映画の感想を語り合う。これぞ至福の一時だ。


 やっぱり、好きなものについて語り合うのは楽しいな。彩芽が一緒に来てくれて、本当によかったよ。


 その後も談笑を交えつつ、俺たちはランチを楽しむ。


 頼んだメニューを平らげたので、そろそろお会計しようかと考えていたところ、彩芽がうかがってきた。


「気になるメニューがあるんですけど、注文しても構いませんか?」

「大丈夫だよ。急いでいるわけじゃないしね」

「ありがとうございます」


 メニュー表を開き、彩芽が店員さんを呼ぶ。


「追加でこれをお願いします」

「かしこまりました」




「お待たせしました」


 五分後、店員さんが運んできたメニューを見た俺は、戸惑いを隠せなかった。


 ブルーハワイとおぼしきジュースが注がれたグラスは、かなり大きめ。ストローの飲み口はふたつあり、その中央にはハート型の飾りがつけられている。


「カップル限定メニュー、恋人たちのラブラブブルーハワイになります」

「カ、カップル限定メニュー?」


 そう。彩芽が頼んだのは、カップルドリンクだったのだ。


 俺が驚くなか、彩芽が頬を色づかせる。


「こういう飲み物があるのは知っていたんですけど、実際にメニューに載っているのを目にしたのははじめてでしたので、つい……」

「『気になるメニュー』って、そういうことだったのか」


 彩芽の言い分に、俺は納得を得た。


 現物のカップルメニューは俺も見たことがなかったので、彩芽が興味を引かれたのは理解できる。俺の場合、注文する勇気はないけれど。


 ま、まあ、気になったのならしかたないよね。今後、注文するチャンスが訪れるかもわからないんだし。


 そう自分に言い聞かせて、動揺を鎮めようと努める。


「では、おふたりで一緒にお召し上がりください」

「はぇ?」


 しかし、俺の努力は無にした。店員さんの一言で、鎮まりかけていた動揺が勢いを取り戻してしまう。


 ポカンとする俺に、店員さんが説明する。


「こちらはカップル限定メニューですので、おふたりがカップルであることを証明していただきたいのです」

「そのために、一緒に飲んでください、と?」

「その通りです」


 店員さんがニッコリと笑い、俺は頬をひくつかせた。


 彩芽と一緒にカップルドリンクを飲むなんて、想像しただけで顔が熱くなる。心臓が保つか不安になるくらいだ。


 けど、すでに運ばれてきてるから、本当はカップルじゃないなんて、明かせるわけがないし……。


 頭を悩ませつつ、彩芽のことを気にかける。


 一緒に飲むことになるなんて、彩芽も思ってもみなかっただろうし……大丈夫かな?


 様子をうかがおうとしたところ、小豆色の瞳と目が合った。ビクッと肩を跳ねさせた彩芽は、ただでさえ色づいていた頬をさらに赤くさせる。


 視線を落ち着きなくさまよわせ、プルプルと恥ずかしそうに震えて――それでも、意を決しように、彩芽がストローをくわえた。


 彩芽が上目遣いで見つめてくる。羞恥に瞳を潤ませながらも、『哲くんも早く』と視線で訴えてくる。


 ドキドキしすぎて心臓が破裂しそうだ。けど、彩芽に恥をかかせるわけにはいかない。


 腹をくくり、思い切ってストローをくわえた。


 俺と彩芽の顔が、これまでにないほど近づく。鼻の頭がいまにもくっつきそうだし、まつげのかたちさえもはっきりとわかる。


 至近距離で見つめ合う状況に緊張しているのか、彩芽の瞳は揺れていた。俺も目を回す寸前だ。


 頭をクラクラさせながら、ストローを吸う。渇ききった口がジュースで潤っていくが、味はまったくわからない。


「てぇてぇー……じゃなくて、たしかに証明していただきました。では、あとはおふたりでごゆっくり」


 満足そうな吐息をして、店員さんが下がっていく。


 俺と彩芽はストローから口を離し、ふたりしてパッと目を逸らした。このまま見つめ合っていたら、頭が茹だってしまいそうだったから。


 俺と彩芽のあいだに面映おもはゆい空気が漂う。


 ふたりとも言葉を発さず、沈黙が訪れた。あんなことをしたあとに、なにを話せばいいかわからないのだ。きっと、彩芽も同じだろう。


 それでも、このまま黙り込んでいるわけにはいかない。震える声で、俺は沈黙を破る。


「き、気になってたみたいだけど、どうだった?」

「えっと……き、緊張しすぎて、味がわからなかったです」

「そ、そうだよね。味わう余裕なんてないよね。俺も全然わからなかったよ」


 ふたりでモジモジして――ぷっ、と揃って吹き出した。


「せっかく頼んだのに味がわからないなんて、本末転倒じゃん」

「そうですね。おかしいですよね」


 ふたりしてクスクスと笑い合う。面映ゆさが立ち去って、なごやかなムードが戻ってきた。


 カップルドリンクの味はわからなかったけど、彩芽と一緒に楽しめたんだし、まあ、いいか。

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