第2話 不幸のはじまり
ビアンカの不幸は生まれた時から…いや、厳密には生まれる前から始まっていた。
ビアンカの父親であるダリオはマドリガル伯爵家の嫡男だった。
ひとりっ子であったため、母親はダリオを溺愛し、甘やかして育てた。
父親は将来伯爵家を継ぐのだからと、それなりに厳しく育てたつもりだったが、傍から見れば母親と大差はなかった。
ダリオには学生時代から付き合っているパメラがいたが、彼女が男爵家の令嬢である事を理由に父親からは結婚を反対されていた。
どうにか父親にパメラとの結婚を認めて貰おうと思ったダリオは、学生の身でありながらも彼女を妊娠させた。
学生の身でありながら妊娠したと言う事で学校はパメラを退学処分とした。
貴族の子息達が通う学校なのだから、他の学生達に影響を及ぼされるのを懸念したためだ。
これに腹を立てたのがパメラの父親だった。
パメラは男爵が使用人に産ませた娘で、金持ちの子爵の後添いにさせるつもりで引き取った娘だった。
伯爵家に抗議をしようにも、身分の差ゆえそれもかなわない。
「この売女め! 何のためにお前を引き取ったと思ってるんだ! 恩を仇で返しやがって! とっとと出て行け!」
怒った男爵はパメラを着の身着のまま、男爵家から追い出した。
生母は既に亡くなっていて、パメラはダリオしか頼る者がなかった。
パメラが妊娠したからといってダリオの父親がパメラを受け入れるはずもなく、パメラはダリオが借りた小さな部屋でひっそりと暮らす事になる。
ダリオはパメラと暮らしながらも学校に通っていたが、実家からの援助はなかった。
当初は母親がこっそりお金を渡していたが、伯爵に見つかりそれも叶わなくなった。
ダリオは金目の物を売っては生計を立てていたが、それもいつまでも続くはずもない。
学校を卒業して働きに出てはみたものの、伯爵家で甘やかされて育ってきたダリオはどの仕事も長続きはしなかった。
そのうちにパメラが男の子を出産した事で、食い扶持が増えますます生活は苦しくなってくる。
とうとう音をあげたダリオは、実家に戻り父親に援助を頼み込んだ。
「父上、お願いです。どうかパメラとの結婚を認めてください。ミゲルという息子も生まれました。どうかミゲルをこの伯爵家の息子として認めてください。お願いします」
父親の書斎の床に頭を擦り付けて頼み込むダリオを父親は冷ややかな目で見つめる。
「お前が私の言う通りにするのなら、この家の離れに二人を住まわせてやってもいい」
父親の言葉に弾かれたように頭をあげたダリオは、何度も首を縦に振る。
「勿論です、父上。何でもおっしゃる通りにいたします」
「よろしい。それではバルデス侯爵家のクリスティナ嬢と結婚しろ。彼女との間に子供が出来たなら、二人を呼び寄せていいぞ」
「そ、そんな…。私にはパメラとミゲルという家族がいるんですよ!」
「出来ないのならば、この話は終わりだ」
けんもほろろの父親の言葉にダリオはなす術もなかった。
クリスティナと結婚すれば、彼女が妊娠するまでのパメラ達の生活費を出してくれると言われ、ダリオは父親の提案を受け入れるしかなかった。
「パメラ、済まない。しばらく会えないが我慢してくれ。必ず迎えに来るからね」
「ダリオ、わかったわ。ずっと待っているから。だから早く私とミゲルを迎えに来てね」
こうしてダリオは下町のアパートに二人を残し、伯爵家へと舞い戻った。
伯爵家へ戻った翌日にはクリスティナが伯爵家へと輿入れしてきた。
ダリオが家を出てパメラと生活している間にバルデス侯爵家と話は進んでいたらしい。
父親は最初からダリオがはたらいて生活していく事が出来ないとわかっていたのだろう。
何もかも見透かされているのが癪に障ったが、実際にこうして実家を頼るしか出来ないのだから仕方がない。
その夜からダリオはクリスティナと子作りをする事になった。
しかし、好きでもないクリスティナとの子作りなど、ダリオにとっては苦行でしかなかった。
クリスティナは学生時代、友人達の間で話題になっていた美人で、成績も優秀だった。
確かに美人ではあるが、ダリオの好みではなかった。
クリスティナを抱きながら頭に思い浮かべるのはパメラの豊満な身体だった。
クリスティナと結婚して半年が過ぎた頃、ようやく彼女に妊娠の兆候が見られた。
(これでクリスティナを抱かずに済む…)
ダリオの頭に浮かんだのはそんな安堵だけだった。
ダリオの父親はそこでようやく離れの整備を許可したが、クリスティナが無事に出産を終えるまでは、パメラ達を呼び寄せる事を許可しなかった。
だが、ダリオは父親の隙を見てこっそりパメラに会いに行っていた。
「パメラ! 会いたかった! もう少ししたら君を迎えに来るからね」
ダリオは久しぶりにパメラの身体を堪能し、パメラはその時二人目を妊娠した。
クリスティナが出産した時、ダリオは父親の命令で仕方なく立ち会った。
生まれたのは女の子でクリスティナにそっくりな金髪と金色の目をしていた。
(私に似ている所など何も無いではないか…)
ダリオとは裏腹にマドリガル伯爵は孫の誕生を大いに喜んで、自らビアンカと名付けた。
ダリオは喜ぶ両親からそっと離れると大急ぎでパメラ達を迎えに行き、そのまま離れへと籠った。
父親に抱き上げてもらえなかったビアンカの不幸はこうして始まった。
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