010_油断大敵

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 010_油断大敵

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「ぐあっ!?」

 グレイラットLv2の体当たりを受けた俺は、吹き飛んで壁に当たってしまった。


「ファイア!」

 アンネリーセの声が聞こえたと思ったら、視界が真っ赤に染まった。頬がひりつくほどの熱を感じる。

 壁に当たった時に頭を打った俺は視点が定まらず、立とうとしても思うようにいかない。


「大丈夫ですか?」

 アンネリーセが床に無様に転がっている俺を座らせてくれた。こんな老婆に助けられるとは我ながら情けない。


「油断しましたね」

「……言葉もない」

 AGIがたった1ポイント上がっただけで、あんなに速くなるとは思ってもいなかった。舐め切っていた俺の油断が、この結果だ。


「アンネリーセが居なかったら、ヤバかった。感謝するよ」

「いいのです。今後は油断しないでください」

 ステータスを見ると、HPは21ポイントも減っていた。3回ダメージを受けたら死んでしまうくらいのダメージだ。

 俺の防具は胸当てしかない。やはり、もっとガチガチに固めるべきだったか。


 装備できるのは頭、両耳、首、胴、両腕、両足、右手、左手の8カ所だが、右手と左手はミスリルの両手剣で埋まっている。残りは6カ所の内、胴だけしか装備してない俺は無防備に近いんだろう。


「今ので懲りた。これからはどんな相手でも油断しないよ」

「はい」

 体当たりされた直後は痛みがあったけど、1分もするとそれは収まった。頭を打った直後は眩暈もあったが、それもすぐに収まった。

 HPで管理されているからか、そういったものはすぐに収まるようだ。


「さっきのはアンネリーセの魔法?」

「はい。私は火と無属性の魔法が使えます。今回は火属性の魔法でグレイラットを倒しました」

「すごい熱量だったね。それだけ威力が高いってことだよね」

「レベル21ですから、この1階層で手古摺るようなことはありません」

 だよねぇー。


「魔法使いはレベル1でも強いの?」

「それなりに強いと思います。ただ、ご主人様にはミスリルの剣がありますから、レベル1どころかレベル10の魔法使いくらいの強さがあると思いますよ」

 レベル10相当なら油断さえしなければ、この1階層のモンスターに後れを取ることはないだろう。


「よし、進もう」

「はい」

 索敵はアンネリーセの魔力感知に任せているが、彼女に任せっきりにするのも止めた。分からないまでも、警戒は怠らないようにする。


「モンスターです。距離30」

「了解」

 距離30は30人分。彼女の魔力感知の有効範囲は50から60メートルくらい。


 次は、いや、これからは油断しない。

 冷静にレベルを確認。グレイラットLv1だ。

 レベルが1でも2でも同じ。油断せずに剣を振るだけだ。


「せいっ」

 一撃でグレイラットLv1を倒す。動きがよく見えた。あれで肝が据わったと思いたい。


 10体目でグレイラットLv2が出てきた。リベンジだ。

 タタッタタッタタッタタッ。グレイラットの足音が小気味良い音を刻む。

 レベル1のグレイラットよりも速い。1割から2割くらいは速く感じる。だけどもう俺は油断しない。

「はっ」

 飛びかかってきたところを、ミスリルの両手剣を横に振る。真っ二つになったグレイラットの死体が消滅する。


「レアドロップです」

 ドロップアイテムを拾ったアンネリーセの手の平の上に鋭い歯があった。

「鋭い前歯です」

 そのままかよ。


「これは鏃などに使われます」

「ん? 弓は使わないんだよな?」

「軍は違います」

「軍?」

「貴族や国の軍です。弓は武器として有効ですから」

「ジョブに弓士があるの?」

「あります。弓士は兵科として優秀です」

 軍での弓士は、剣士や槍士よりも待遇が少し良いらしい。弓士になるにはそれなりの散財をしているからというのが、その理由だとか。つまり金持ちの息子などが弓士になるらしい。


「平民の子は剣士や槍士になって体を張って敵とぶつかり、金持ちの子は遠くからチクチクと敵に矢を射ます。剣士や槍士のほうが死にやすく、弓士のほうが生き残りやすい。そういう裏事情もあるそうです」

「……世知辛い理由だな」

 剣士や槍士の部隊が崩れたら、弓士はすぐに逃げるのだとか。それでいいのかと思うが、接近された弓士は弱いから無駄に命を散らさないものだとアンネリーセは言う。平民の命は散らしてもいいのか?


「別に平民でも弓士になっても構いません。要は、それだけの財力があるかです」

 何度も言うが、世知辛い。

 ただし貴族の場合は弓士の他に、騎士になる人も多いらしい。騎士というのは、身分ではなくジョブのほうだ。ジョブ・騎士は攻防に優れているらしく、花形のジョブなんだとか。前衛でも花形ジョブは人気なんだってさ。


「ご主人様も剣士に転職し、レベルが10になったら貴族から兵士にならないかと誘いを受けるかもしれません」

「レベル10が軍に入るライン?」

「軍はあまり実戦をしません。訓練でもレベルは上がりますが、実戦に比べればわずかです。ですから最初から高レベルの方をスカウトするのです」

「レベル10で高レベルなの?」

「剣士Lv10だと、村人Lv30以上に相当します。スキルがある分、これだけのレベル差があっても剣士のほうが圧倒的に強いのです」

 そういえば詳細鑑定も村人は弱いと言っていた。


「アンネリーセは軍に誘われなかったの?」

「誘われましたが、私は探索者を続けることを選びました」

 だからレベルが21まで上がったのか。


「軍のほうが待遇はいいの?」

「探索する階層次第ですが、探索者をしていたほうが稼げるでしょう。しかし入隊すれば収入が安定します。探索者と違って常に戦っているわけではありませんから、怪我をするリスクも減ります」

「でも戦争はあるんでしょ?」

「戦争はこの十数年起こっていません。それを考えると、安定を取る探索者も多いです」

 戦争が起こらないなら、安定した収入を得るほうがいいか。


「そう言えば、盗賊退治はあるんじゃないの?」

「剣士または槍士と盗賊では、明らかに剣士や槍士のほうが強いです。盗賊と同等の数を揃えれば、盗賊はそこまで脅威ではないです」

 数を揃えるのは軍のほうがしやすく、必要なら貴族同士で手を組んで盗賊退治すればいいんだとか。この国の貴族は結構仲が良く、いざと言う時は協力し合うらしい。


 ダンジョンの中であまり話し込むべきではない。俺は再びモンスターを求めてダンジョンを進む。

「モンスターです。十字路を左に曲がってすぐです」

「了解だ」





 この日、俺は20体のグレイラットを倒し、レベルが1つ上った。

 村人は満遍なく経験値を得るが、戦闘ジョブではないから戦闘で得られる経験値はそこまで多くない。戦闘系ジョブのほうがレベルが上がりやすいようだ。


「ご主人様が初日で20体もグレイラットを倒せたのは、そのミスリルの剣のおかげです。普通はパーティーで囲んで何度も攻撃して倒すのです」

 分かっているけど、面と向かって言われると自信なくすな……。だけど天狗にならずに済んだから、こういうことを言ってくれるアンネリーセに感謝しなきゃな。


 ダンジョンから地上に戻ると空気を肺いっぱいに吸い込み、開放感を実感した。

 ダンジョンはなんだかんだ言っても閉鎖された空間だから、空が見えることにホッとする。


 探索者ギルドへ足を運んだのは、ドロップアイテムを買い取ってもらうためだ。

 ネズミの肉が20個、鋭い前歯が1個―――アンネリーセが1体倒しているから合計で21体分のアイテムだ。

 換金総額は1100グリルだった。肉が1個50グリルで20個で1000グリル。前歯が100グリルだ。


 1日働いて1万1000円相当の収入だ。アルバイトなら多いと思うが、俺には養わないといけない老婆が居る。

 宿代がいくらか分からないが、おそらく宿代を払って食事をしたらいくらも残らないだろう。今さらだけど、宿代を出してくれたゴルテオさんに感謝だ。

 とは言え、1カ月すれば自分で宿代を払わなければいけない。もっと稼がないといけないな。


 装備を揃えると、購入費以外にメンテナンス費もかかる。ミスリルの両手剣は自動修復があるから耐久値は回復するが、普通の装備には自動修復なんて都合の良い効果はついてない。


 耐久値が0になると剣でも鎧でも壊れて使い物にならなくなる。だから鍛冶屋にメンテナンスに出さないといけない。それには金がかかるが、装備を整えるのは決定事項だ。たった3発で死ぬようなダメージを受けるのはさすがに怖い。


 ギルドを出るとすでに夕焼けがかなり地平線に沈んでいた。街灯がほとんどないから、夜になると道を歩くのもままならない。宿に帰るとするか。明日は防具を買いに行こう。


 宿屋で食事をし、部屋に戻って水で体を拭く。背中はアンネリーセに拭いてもらう。俺もアンネリーセの背中を拭いてやるが、相手が老婆ではまったく興奮しない。


 アンネリーセが服を洗濯してくれるというので、頼んだ。俺は料理はできるが、洗濯はできないから助かる。

 その間に俺はステータスを確認しよう。レベルは上がったが、能力の上昇はまったく見られない。これではレベルアップと言わないだろと、毒づきたくなる。


「なあ、アンネリーセ」

「なんでしょうか?」

「レベルが上っても能力がまったく上がらないんだが?」

 洗濯していた手がピタリと止まって、アンネリーセがゆっくりと俺に視線を向けてくる。目が死んでいるんですけど?


「能力が見えるのですか?」

「うん、見えるよ」

「ご主人様は鑑定が使えるのですか?」

「使えるけど?」

「……はぁ」

 アンネリーセが深々と溜息を吐いた。


「ご主人様はアイテムボックスの他に、鑑定まで持っているのですね」

「そうだな……」

「以前も申しましたが、ユニークスキルは珍しいものです」

 呆れた風な口調でアンネリーセは続けた。

 村人はスキルを持ってないから、俺が鑑定を持っているということは必然的にユニークスキルだと分かってしまうわけか。でもなんか違和感が……?


「ユニークスキルのことはできるだけ隠してください」

「わ、分かった」

「他にユニークスキルを持ってないですよね?」

「2つだけだ」

 俺の返事を聞き、洗濯の手が動き出した。


「村人はレベルが上がってもほとんど能力は上がりません。レベルが4くらいになると分かるかもしれませんが、そんなものです」

 洗濯しながら語るアンネリーセの背中を見ていると、働き者のお婆ちゃんに見えてくる。


 しかし村人はほとんど成長しないと聞いてはいたが、ここまで酷いとは思ってもいなかった。できるだけ早く剣士にジョブチェンジしたいぜ。


 ん? これはなんだ?

 ジョブを確認していたら、その中に探索者というジョブがあった。

 取得条件は最初にダンジョンに入った時に、単独でモンスターを20体倒すことらしい。


「20体倒しておいて良かった……」

「何か言いましたか?」

「いや、なんでもないよ」


 探索者は戦闘でもレベルアップできるジョブだから、ジョブを村人から探索者に変更した。



【ジョブ】探索者Lv1

【スキル】ダンジョンムーヴ(微) 宝探し(微)

【ユニークスキル】詳細鑑定(低) アイテムボックス(低)



 ダンジョンムーヴはダンジョン内をショートカットして移動できるというものだ。ただし一度でもその場所に行っていないと移動できない。便利だと思うけど、まだ1階層のボスさえ倒してない俺では多少便利なスキルという程度。これから階層を重ねていけば、神スキルになると思う。

 それに対して宝探しのほうは使えそうだ。近くに宝箱があると、その存在を感知できるらしい。早く宝箱というものを拝んでみたい。いや、中身のお宝を拝みたいものだ。


 あっ、さっきの違和感が分かった!

 ステータスを見れば、詳細鑑定を使わなくても能力の確認くらいできるじゃないか。なんでアンネリーセは鑑定だと思ったんだ?


「な、なぁ……」

「はい」

「ステータスって知ってる?」

 恐る恐る聞いた。なんでこんなにびくつくのか自分でも不思議だ。


「聞いたことはありません」

「そ、そうか……」

 ステータスが使えるのは俺だけ? もしかしたら召喚されたあいつらも使えるのか?

 またため息を吐かれるから、しばらくアンネリーセには黙っておこう。こういうのはタイミングが大事だ。うん、そうしよう。


 

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