009_初めてのモンスター
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009_初めてのモンスター
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ペタッペタッと石の床を草履の裏が打つ。アンネリーセは草履を履いていた。いくら戦闘させないつもりでも、ブーツを買うべきだったと今さらながら後悔する。
「戦闘は俺がするから、アンネリーセは俺の戦い方を見て気になったところを教えてほしい」
「分かりました」
と言っても戦闘は初めてだから、ここは安全第一で行くか。
クイック装備からミスリルの両手剣、鋼鉄の胸当を装備。
「え?」
アンネリーセが小さな声を出したので、どうしたのかと首を傾げる。
「ご主人様のその装備は……どうやったのですか?」
「どうやったって……クイック装備だけど?」
「クイック装備? それはなんでしょうか?」
まさかクイック装備を知らない? アンネリーセのような高レベル者が? そうか、クイック装備はアイテムボックスがないとできないから、知らないのか。
「クイック装備はアイテムボックスに付属する機能かな。そこにセットしておくと、一瞬で装備できるんだ」
「アイテムボックスにそんな機能があるとは知りませんでした……」
とても戸惑った表情だが、アンネリーセが持ってないスキルのことだから無理やり納得させたようだ。
「あと……その剣、もしかしてミスリルですか?」
「お、分かる? いい剣だろ?」
「ご主人様は貴族様ですか?」
「ん? 違うよ。俺はただの平民。貴族なんて知り合いさえいないから」
そもそもこの世界の知り合いは、アンネリーセとゴルテオさんルイネーザさんくらいかな? 宿屋の従業員と探索者ギルドの職員、露店の店主など会話したことがある程度の人を知り合いと言うかは微妙なところだ。
「ミスリルの剣は滅多に出回らないものです。強いとは思いますが、持っていると妬まれるかもしれません」
「そ、そうなの?」
「そうです」
ミスリル装備ってヤバいんだね。とは言え、これを使わないなんてあり得ない。ダンジョンのような危険な場所では何があるか分からないから、最大限の安全マージンを取るのは当然のことだ。
さて、俺たちはダンジョン内を進んだ。最初の分岐は十字路だ。
「どっちに行けばいい?」
「左はモンスターが多めです。真っすぐはそこまで居ません、右は左の半分くらいでしょうか」
なぜ分かる?
「それ、どうやっているの?」
「魔力を操って、周囲に伸ばしてモンスターや探索者の反応を感じています」
「魔力操作、または魔力感知ってことか」
「魔力感知です」
「魔力感知で罠も分かるの?」
「はい」
罠には魔力が含まれているらしく、魔力感知を使えば分かるんだとか。
【ジョブ】魔法使いLv21
【スキル】火魔法(中) 無魔法(中) 魔力操作(中) 魔力感知(中) 魔法威力上昇(中)
これがアンネリーセのジョブとスキル。
これまで町中で色々な人のステータスを見てきたが、レベル20を超える人は数人しか居なかった。
中には村人Lv25なんて人もいたが、これは論外だと思う。剣士や槍士、それに魔法使いでレベル20を超えていたのは3人だけ。全探索者を見たわけではないが、レベルが上がりにくい世界なのかもしれない。
あとスキルの熟練度が(中)もレベル20超えの人にしか見られない。詳細鑑定でも(高)以上に上げるのは難しいと言っているから、ある意味(中)になれば最高に近い熟練度なのだろう。
「右に進もうか」
「はい」
日本人は真ん中が好きなんだよ。
少し進んでアンネリーセが俺の腕を掴んだ。
「どうした?」
疲れたのか?
「モンスターが居ます」
うす暗いから俺の目にはモンスターは見えない。
「どれくらいの距離だ?」
「30人くらいの距離」
何その距離は? まさかこの世界では長さをそんな単位で示すのか?
「30人くらいって、寝転んだ人を30人並べた距離?」
「……そうです」
こいつ何を言っているのか? という目で見られてしまった。
人の背丈は個人差があり、150センチの人と200センチの人が30人だと15メートルの差があるんですが? 基準は何センチなの?
ちなみに今の俺は155センチくらいだ。かなり背が縮んでしまった。おかげで女の子にしか見られない。
アンネリーセは160センチくらい。腰が少し曲がっているが、俺より高い。
とにかく、30人ならあっても60メートルで、短めに見ても50メートルくらいだと思っておけばいいだろう。
少し進むと通路上に黒い塊が見えた。
「グレイラットです」
それは50センチくらいの灰色のネズミだった。細長い尻尾を入れると1メートルくらいはある。怪しく光る赤い目が狂気を感じさせる。
グレイラットLv1
HP=68
MP=24
STR=9
VIT=8
AGI=11
INT=2
MIN=4
DEX=6
ATK=27
DEF=24
MATK=6
MDEF=12
10メートルくらいの距離になると、グレイラットがこっちへ駆けてきた。結構速いんですが!?
恐怖で足が震える。盗賊だって殺せたのだから、やれると思い込んで恐怖心を勇気で上書きする。
「てやっ」
飛びかかってきたグレイラットに向かってミスリルの両手剣を振り下ろす。技術も何もないただ振っただけの一撃だったが、ミスリルの両手剣はグレイラットを真っ二つにした。
「お……おぉぉ」
グレイラットを切った感触はない。盗賊の時もそうだったけど、ただミスリルの両手剣を振っている感じだった。
これがミスリルの両手剣の威力なんだと、その柄をギュッと握る。
「初めてのモンスター討伐、おめでとうございます」
アンネリーセが地面から何かを拾い上げて、そう言った。
「ドロップ品はネズミ肉です」
俺が感動している間に、グレイラットは消滅してアイテムを残していたようだ。
ネズミ肉を見て気が抜けた俺は、その場に座り込んだ。
「はー。怖かった」
「最初は誰でもそんなものです」
「アンネリーセも最初は怖かったのか?」
「もちろんです。怖くて足が震え、動けませんでした」
レベル21の魔法使いにもそんな頃があったのか。
幸い、吐くことはなかった。盗賊討伐で少し慣れたのか、モンスターが死体を残さないからか。それでも気疲れは凄くしていて、ミスリルの両手剣を持っていた手が震えている。
「最初ですから誰もがこんなものですが、剣はもっと肩の力を抜いて振ったほうがいいですよ」
「そ、そうか……心がけるよ」
アンネリーセも魔法使いになる前は剣を使っていたらしい。彼女は村人Lv4で探索者になり、村人Lv8で剣士に転職、剣士Lv13の時に魔導書を発見して魔法使いに転職したらしい。だから剣を使うのはお手の物で、俺の動きなんかひよっこに見えるんじゃないかな。
しかしドロップアイテムはネズミの肉か。この世界に来て何度か肉を食ったが、まさかこのネズミ肉じゃないだろうな? 特に不味くなかったけど、ネズミの肉だと思うと今後食えなくなってしまう。
うん、考えるのは止めよう。それに肉を食べる時も素材を聞かないことにしよう。
「このネズミ肉はたくさんドロップします。宿屋の朝食の肉もこのネズミ肉です」
うぉーいっ! なんで言うかな。俺、あの朝食気に入っていたんだぞ。これからは魚だけにしよう……。
アンネリーセが手を伸ばしてくる。掴んで立ち上がれということだろう。掴むのはいいが、体重をかけたらアンネリーセも倒れそうだ。
自分で立ち上がって、お礼を言う。アンネリーセが悲しそうな目をする。決して肉の恨みではないぞ。気遣ったんだ。
「ドンドン行くから。悪いけど、ドロップアイテムはこの袋に入れておいて」
「はい」
布袋を渡しておく。重くなったら俺のアイテムボックスに入れて空の布袋を渡せばいい。
次もグレイラットLv1が現れた。ギルドで購入した冊子にも、1階層はグレイラットしか出てこないと書いてあった。ただし、レベルは1から3まで出てくるらしい。
グレイラットの特徴は速い動きから噛みつく攻撃だ。特別な攻撃はしてこないから戦闘に慣れるには丁度いいモンスターらしい。
「せいっ」
ミスリルの両手剣を振り切り、グレイラットがブロックが弾けるように消滅してネズミ肉を残した。
こんなエフェクトなのか。1体目の時は戦闘の緊張から消滅するところは見てなかったので新鮮だ。
「まだ肩に力が入っています」
「そうか。気をつけるよ」
アンネリーセはネズミ肉を拾い、布袋に入れながら指摘する。こういうのは自分では分かりにくいから、言ってもらえるほうが気づけるものだ。
3体目もグレイラットLv1だ。これもミスリルの両手剣の圧倒的な攻撃力のおかげで一撃で倒した。アンネリーセから指摘をもらい、素振りして修正しようと思える余裕が出てきた。
グレイラットの動きは速いが、しっかり見れば対応はできる。ミスリルの両手剣が当たれば一撃必殺だから、とにかく当てればいい。そう考え、肩の力を抜くように心がけた。
4体目も指摘されたが、5体目を倒した時はアンネリーセの指摘がなくなった。
この感覚を忘れないうちに6体目を倒す。指摘はない。
調子が出てきた。この感覚を体に覚えさせるためにさらに進んだ。
そして7体目。初めて見るグレイラットLv2だ。
グレイラットLv2
HP=76
MP=24
STR=10
VIT=9
AGI=12
INT=2
MIN=4
DEX=7
ATK=30
DEF=27
MATK=6
MDEF=12
レベル1に比べると、INTとMIN以外は全部高くなっている。STR、VIT、AGI、DEXが1ポイントずつ、そしてATKとDEFは3ポイントずつ高くなっている。
この時の俺は、この程度の能力差と高をくくっていた。それが油断に繋がってしまうのだった。
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