006_勇者たち
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006_勇者たち
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大理石の床に投げ出されるように召喚された34人の高校生は、可愛くも豪華なドレスを着た王女エルメルダの監視下に置かれていた。
召喚された34人は、すぐにレコードカードを確認された。
レコードカードとは、その人物の人生の記録である。人が死ぬと胸から排出されるものとして有名だが、これは生きた者でも確認することができる。あるスキル、または魔法を使うことで生きている者のレコードカードを確認できるのだ。
「何故あの者たちは犯罪者ばかりなのだ」
34人のうち、12人が犯罪者であった。『たった12人』と言うか、『12も』と言うかは個人差があるだろう。エルメルダは『12人も』と感じたのだ。
この数字は召喚した34人の35パーセントにもなる。犯罪者率35パーセントは高い。国家レベルでこのような数字なら、国の統治が成立してないレベルのものである。
「幸いなのは、重犯罪が少なかったことか」
少ないだけで居なかったわけではない。10人は傷害と恐喝、窃盗など軽微な罪だったが、2人は放火や強盗とこの国で重犯罪と言われる罪を犯していた。
エルメルダは憂い深き表情で召喚勇者たちのレコードカードの控えを見つめる。
「なぜ炎の勇者が重犯罪者なのだ」
34人のうち4人が勇者系ジョブだったが、そのうち3人が犯罪者であった。特に攻撃力がもっとも期待された炎の勇者であるシンジ・アカバ───赤葉真児は、放火犯であった。
放火犯だから炎の勇者になったわけではない。シンジが放火犯で炎の勇者になったのは偶然の産物である。他の勇者の属性と犯罪歴に関係性がないことからそう考えられた。
氏名、性別、年齢、ジョブ・スキル・犯罪歴が記録されているレコードカードだが、王女エルメルダにとって重要なのはジョブとスキルである。仮にその者に犯罪歴があろうと、それは過去のこと。もっと言えば、違う世界のことである。異世界の法律など、この国では適用されないのは当然のことである。あるのだが……。
「あの勇者たちが力をつけていいのでしょうか?」
召喚したはいいが、勇者たちがこの国に厄災をもたらさないとは言えない。勇者イコール品行方正だと思っていただけに、エルメルダは大きな不安に苛まれていた。
とは言え勇者を召喚することは、内外に向けて大々的に宣伝してしまった。今さらなかったことにはできない。勇者たちでも罪を犯せば、容赦なく断罪しなければいけない。召喚者たちが罪を犯さないように、教育をしなければいけない。こんなことで頭を悩ませるとは、召喚前には思ってもいなかった。
エルメルダは騎士団長と魔法師団長を呼び出した。
「34人に何をしたら犯罪になるか、最初に教育しなさい。勇者であろうと、犯罪者は許さないとも」
「あの者たちの犯罪歴のことは聞いております。軽微な犯罪はともかく、重犯罪者は更生しますでしょうか?」
騎士団長の言葉に、エルメルダは眉間にシワを寄せた。これまでエルメルダがしたこともない表情に、騎士団長も魔法師団長も事の重大さを痛感する。
この世界では犯罪者に更生を促していない。犯罪者は犯罪者であり、更生するものではないと考えられているからだ。犯罪者には犯したその罪に応じた罰が与えられる。ただそれだけなのだ。その罰は死ぬよりも辛いことかもしれないが。
「更生させるしかありません。勇者には人々の模範となってもらわなければいけません。それが叶わなければ───」
排除という言葉を飲み込むエルメルダだった。
国が勇者召喚を行なったのは、国内にある複数のダンジョンにおいて、モンスターの数が増えたからだ。ダンジョンのモンスターの数が増えると、いずれ地上へ溢れる。そうならないためにも、ダンジョン内のモンスターを間引く必要がある。
幸い、ダンジョンからモンスターが溢れ出すまでには、数年の時間がある。だが一度増え出すと簡単には収まらないのがこの現象である。過去の実績からダンジョンの深い層のモンスターを間引けば沈静化するのが分かっている。だから強力なジョブである勇者を召喚したのだ。
「―――であるからして、他人のものを無断で奪う行為は窃盗という犯罪になります」
「おいおい、俺たちはなんの授業を受けてるんだよ? そんなのガキでも知っているっつーのっ」
問題の炎の勇者シンジがダルそうに、講義を行なっている文官を威嚇する。
「子供でも分かっている犯罪を、大人がします。こういったことを知らなくても、罪を犯せば罰せられますから、これは皆さんの身を護るための講義でもあります」
「そんなもの、国がなんとかすればいいじゃないか」
シンジはそんなことと言うが、罪を犯した者はしらない間にジョブが盗賊やそれに類するものに変化している。変化してからでは遅いのだ。
それはさておき、このようなことを言うシンジは、法を守る気がない。そう文官は感じた。
「国は法を守るものを庇護し、法を犯す者を断罪するものです。ですからもみ消すようなことはしません。これらのことは皆様が最低限知っておくべきことであり、それを知らないと言っても通じません」
「ちっ。召喚しておいて、そんなこともしないのかよ。しけた国だ」
文官からすれば法を守るのは当然のことだというのに、召喚されたから特権があると思い込んでいるのはシンジだけではない。他の勇者たちも同じように考える者が一定数存在した。
エルメルダたちはシンジたちを無理やりこの世界に呼んだという自覚と負い目がある。だから国として召喚した勇者たちには、できるだけの待遇を与えている。ただしそれは常識の範囲内であり、過剰な特権を与えるものではない。
文官は勇者たちの授業態度をよく観察し、それをエルメルダに報告した。
「やはり態度が悪い者が多かったのですね。困った方々です……」
エルメルダは1週間ほど様子を見て、性質が悪そうな者とそうでない者を選別した。その結果、勇者たちは3組に分けられた。
性質の悪い者が集められた組は、シンジを含めて14人。そうでない者が集められた組は14人。そして生産系ジョブの6人だ。
幸いと言うべきか、ジョブはバランス良く分けることができた。
組み分け後、騎士団長と魔法師団長が勇者たちを訓練場に呼び出した。
「1カ月間戦闘訓練を行い、その後は実際にダンジョンに入ってもらうことになる。訓練であっても気を抜いていると、大怪我をする。気合を入れて行うように」
騎士団長の言葉に、勇者たち───特にシンジたちの反応はよろしくない。
「なあ、訓練なんてかったりーことなんてせずに、さっさとダンジョンとやらに入らせてくれよ」
「訓練もせずにダンジョンに入るのは危険だ」
「そこをなんとかするのが、勇者ってやつじゃないのかよ」
なおも食い下がるシンジに、騎士団長と魔法師団長は顔を寄せ合って相談した。
「分かった。シンジの組はダンジョンへ入ってもらおう」
痛い思いをさせれば、懲りるだろうと両団長は考えたのだ。
「そっちの組はどうする?」
シンジの組ではないほうに聞く。
「俺たちは訓練してからにします」
勇者たちは実戦に出るシンジの組と、城に残って訓練する組に分かれることになった。
召喚された勇者たちは、全員が戦闘系ジョブではない。34人中4人が勇者系ジョブ、8人が前衛系ジョブ、8人が魔法使い系ジョブ、4人が斥候系ジョブ、4人が神官系ジョブそして、6人は鍛冶師や錬金術師などの生産系ジョブである。
よって、全員が戦闘訓練するわけではない。
夕方になって自室に戻った生産系ジョブだったサヤカ・イツクシマ───厳島さやかは、陰鬱な表情をしていた。
「なんで誰も藤井君のことを言わないのかな……」
今回、クラスメイトたちが召喚された。しかし本来は35人居るはずなのに、34人しか召喚されなかった。1人足りないのが、藤井である。
その藤井が別の場所に転生していることなど誰も知らないことから、クラスメイトのほぼ全員が召喚されなかったのだと思った。
サヤカだけは行方不明のクラスメイトの安否を案じている。どうして1人だけ居ないのか、この世界の別の場所に飛ばされて苦労してないのか、酷い目にあってないか……。
「藤井君にとっては、ここに居ないほうがいいのかも……」
藤井を虐めていたクラスメイトは全員ここに居る。彼らから離れられたことは、藤井にとって良かったはずだ。
特に虐めのリーダーであるシンジがここに居る。それだけでも藤井は暴力を振るわれずに済むのだ。
「私にもっと勇気があれば、藤井君を助けられたのに……」
勇気がなく虐めを止めることができなかった。今もシンジが怖い。いや、もっと怖くなった。
サヤカは錬金術師だが、シンジは炎の勇者だ。その腕力の差はさらに開いた。
ベッドに座り込み、やや赤みのかかった髪が垂れるほど俯くサヤカ。
「会いたいよ……藤井君……」
消え入りそうな声を絞り出す。
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