第05話 陰間の茶屋に散る花は(4)

「──すみません。若旦那はいらっしゃいますか?」


 例のカラスミ屋。

 あのときもらったカラスミ、すごく美味しかった。

 茶漬け、炊き込みご飯、混ぜうどん……。

 足が早い(腐りやすい)食材だからって自分に言い訳しながら、米と麺を三食ごとにもりもり……。

 一時的に体が重くなった責任を、この店のぼんくら息子に取ってもらうのは筋が通っている、うん。


「……はい。手前がこの店の若…………えっ!?」

「落文師の樫瑠璃です。その節は、落文のお仕事をありがとうございました」

「えっ? えっ? 樫瑠璃……さん?」


 ……彼が驚くのも無理はない。

 きょうのわたしは、せっかく育った眉を細く刈って、前髪を分けて額を見せ……。

 椿油で髪をとかし、毛先を揃えて光沢を持たせ……。

 生来のジト目を目張りで丸く見せ、頬と唇に紅を差した。

 ……そう。

 若旦那が恋慕していたあの女に、見た目を寄せた。

 ああ、いやだいやだ。

 男に媚びた、こんな姿──。


「か、樫瑠璃さんって……本当はそんなに美しかったんですね?」

「あらいやだ。普段はそうではない……ということですか?」

「あっ……いえいえ! 実はその、最初に会ったときから、この人は本来の美貌を隠して暮らしているのだろうと思ってました! わたしが文を落とし間違えたのも、きっとそのせいだったのでしょう……ははははっ」


 ……嘘ばっかり。

 軽薄でお調子者。

 でもそのおかげで、話が進めやすそう……フフッ。


「わたしが代筆した文が、お役に立てなかったと聞きまして……。こうして頭を下げに来た次第です」

「いやいやそんなぁ! 露西亜将校の囲い者相手じゃあ、どんなに優れた落とし文でも無理というものですから!」


 ……そう。

 わたしは代筆の仕事をきっちりした。

 そしてこの、ぼんくら若旦那と相手を引き合わせるまでは進んだ。

 しかし異国の将校が相手では……表の仕事としては、そこが引き際。

 もし裏の仕事……幽函ならば、国家間戦争の勃発も辞さない文をしたためたけれど──。


「いやまったく、うだつの上がらぬ男で申し訳ない限りです」


 うだつの上がらない男……。

 ……か。


「……ふむ。それでいってみるか。助言感謝する、若旦那」

「へっ?」

「あっ、それから……。この若旦那の店の並びって、海鮮市場よね?」

「は、はい……。それが、なにか?」

「買いたいものがあるんだけれど、売ってる店、教えてくれない?」

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