第03話 陰間の茶屋に散る花は(2)

 ──遊郭への落文。

 その依頼者の女と、港が見える公園で待ち合わせを果たす。

 当地の港には多国の軍艦、貿易船が行き交い、こうした場所は憲兵がこまめに足を運んでくる。

 けれど太陽が真上にあるころ、樹影を求めて女が二人、幹の前に並ぶのは何気ない光景。

 何気ないからこそ、わたしから問う合言葉パスワードが大事──。


「……きょうは暑いですね」

「お……お、そう……ですよ? あっ……わたし、おやつにを持ってるんですけど、一本いかがですか?」


 「おやつどきには日は陰る」「よりより」……よし、回答一致。

 この女が依頼者で間違いなし。

 「よりより」は、近隣の清国しんこくから伝わった麻花兒マファールという菓子の当地での異称。

 小麦粉の生地を糸状に練ったあとで、花状に形よくる。

 まるで鉄の鎖のような強度と見た目を持つ軽菓子スナック

 その硬さに折られた歯は、数知れないだろう──。


「……樫瑠璃と申します。落文師です」

めぐろ……と申します。大変な頼みになりますが、何卒よろしくお願いします」


 きれい、かつ、ていねいな言葉遣いに、わずかに滲む焦りの早口。

 先ほど作ったかのような皴を刻んだ、赤い

 草色をした真新しい……いや、なかなか使わせてもらえない草履。

 その軽装に不似合いな、強めのべに、目張り。

 廓でそこそこ人気の女が、無理に理由わけを作って抜け出してきた……ってところか?

 話が短く済みそうなのは、こちらとしては助かるが──。


「……桧廻さん。この公園は、外国船の入出国のたびに憲兵が見回りに来ます。用件は手短に、かつ詳細に──」

「は、はい……。わたしには、郷里で将来を誓い合ったながという幼馴染がおります」


 おーおー、将来を誓った幼馴染……かぁ。

 虫籠のつがいのように、交尾を半強制されてる間柄だけれど……。

 案外とこの関係性、上手くいくのよねぇ。


「その阿長はいま、遊郭のかげぢゃにいます。その阿長へ文を届けてほしいのです。あなたの子が生まれ、いまや三つだと……」

「はいはい、陰間茶屋勤めの男へ、三つの子がいるという報告を…………って! ええええーっ!?」

「樫瑠璃さんっ、お静かに! 憲兵が来てしまいますっ!」

「そ、そうですね……すみませんっ!」


 ……陰間、すなわち男娼だんしょう

 表向きは、麗しい男が茶を供する、男性客専用の茶屋。

 売っているのは、あくまでもお茶。

 湯呑み一杯で、高級茶葉数カ月分の値段がするお茶。

 ちゃなんと呼ばれる美男子が客につき、茶を煎じる。

 そのわずかな間に、茶男と客が恋に落ち、男同士で情を交わすのは……店のあずかり知らぬこと。

 客は茶を飲み干すまで、部屋を自由に使っていい……という体裁の水商売。

 だから客が飲むのは、決まって冷めきった茶。

 わたしのような、純粋なお茶愛好家としては、しばしば苦々しく思っていた施設──。


「彼……阿長は、とある材木商の二男で、十六のときに家業の商売不振を救うため、この街で茶男となりました。彼の実家では、長男が後継ぎなので二男は修行に出した……ということになっています」

「それをあなたは、追ってきた……と」

「……はい。わたしはこの地で飯盛女いいもりおんなになり、樫瑠璃さんへの代金を蓄えてきました……」


 飯盛女……。

 素直に受け取るならば、食堂の女給。

 けれど「宿場町」という言葉も廃れたこの時代になおも残る、旅客の夜の相手をする、宿の娼婦の隠語。

 彼女の身なりからして、恐らく後者だろうが……。

 そこは、わたしにはどうでもいい。

 愛しき幼馴染とで創った子を、女の細腕で三つまで育て、安くない幽函代を蓄えた桧廻さんの想い……。

 文才で研ぎ澄まされたわが十指じっしで、したためずにはいられないっ!


「……桧廻さんっ!」

「はっ……はいっ!?」

「あなたの伴侶……夫である阿長さんのこと、より詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「えっ……? じゃあっ!?」

「この幽函、承りますっ! 必ずやあなたの夫、わたしの文で陰間茶屋を辞めさせますっ!」

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