断罪の星
日本在住
第1話
昼休みの喧騒を、一際品のない笑い声が貫いた。
「や、や、やめて!」
丸メガネをかけた少年、佐藤勝が震える声を押し上げると、
「や、や、やめてよ〜」
背の高い男子生徒が、体格に見合わない弱々しい声を演出して復唱し、今し方取り上げた小説を天に掲げた。
勝は、体格で大きく劣る男子生徒から小説を取り返すべく、背伸びをして手を伸ばしたところ、前方につんのめって男子生徒に抱きつく形になった。
その刹那、男子生徒の笑顔が消え去り、まっさらな顔になったかと思うと、勝を突き飛ばすと、勝は衝撃で尻餅をついた。
「触んなよ、キモい」
男子生徒は持っていた小説を勝に向かって投げると、埃を払うかのように両手で体を叩いた。
クラスメイトたちの視線は一点に向けられる中で、勝は多量の冷や汗が背筋を駆け降りるのを感じながら、男子生徒を見つめ続ける事しかできない。
全身の筋肉が硬く緊張して、鼓動は異常に速く、視界は点滅するようになった。
勝は姿勢を崩さず、これから自身に降り掛かる如何なる苦痛を覚悟した。
「まあ、そんな奴に関わらんと、自販機行かね?」
一連の流れを傍観していた男子生徒の友人が、割って入り男子生徒の背中を押した
「まじであいつ、気持ち悪りぃ」
男子生徒は、最後まで勝から目を離すことなくブツブツ言いながらも友人に従い教室を後にした。
それを認めた男子生徒5、6人もわらわらと後に続き、教室を出た。
彼らがいなくなった教室では、しばらく時が止まったように静まり返っていたが、女子生徒の一群が先陣を切って話し始めると、緊張が解け、いつもの喧騒が広がった。
勝はやっとの思いで立ち上がると力の入らない足を必死に操縦し、トイレの個室へ急いだ。
勝は気の弱い少年だった。
いや、気の弱い少年になってしまったのだ。
中学校を卒業するまでは、友人も多く、温かい学生生活を送っていた。
しかし高校入学と同時に、先ほどの長身の男子生徒、岩崎とその一派に目をつけられてしまったのだ。
その原因は勝の障害である吃音にあった。
症状を認識しはじめたのは小学校中学年ごろで、徐々に酷くなり、中学生の頃には、障害と呼んで差し支えないものとなっていった。
吃音は、横暴にも彼の表現の自由を侵害することで、外界との交流を閉ざし、彼の尊厳を土足で踏み荒らした。
最も、この頃の勝は、吃音なる障害の存在は認識していなかったが、この忌々しい個性が自身の人生を破壊し、自身を蝕む存在であることは、すでに理解していた。
この頃から勝の口数は激減し、彼を取り囲む空気は目に見えて澱んでいた。
しかし、中学校には小学生時代から連れ添った友人が多くおり、彼らの理解と協力によって、勝の心の平安は保たれていたのだ。
だが、それも中学生までの話。
この高校には、自分を知る人間はいないのだ。
昼休みに誘い出してくれる友人も、一緒に登下校してくれる友人も、放課後にファミレスで語り合う友人もいない。
大人しくて、気弱で、抵抗する意思も能力もないことが明白な勝は、日々鬱憤の捌け口を探し続ける人種にとっては、格好の獲物に見えたことだろう。
入学初日の自己紹介で吃音が現れ、教室が嘲笑に包まれると、担任教師が一言たしなめた。
勝の学生生活が崩壊した瞬間だった。
吃音の物真似から始まり、言われのない侮辱と暴言に発展し、最近では教科書や運動靴が消えたり、スパーリングと称する袋叩きも常習化しつつある。
今日の程度ですんだことは、幸運であった。
勝は、便器に腰掛けて昼休みが終わるのを待っていた。
両親が付けた「勝」という活気に満ちた名前が、彼をより哀れに見せた。
勝は、始業のチャイムと同時に教室に滑り込んで残り半日の授業を受けると、丸めた背中にリュックを背負い、家路についた。
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