第45話 酷すぎる勘違いとざまぁ


「……一体、どういうことだ?」


 ラキストは俺がいるとは思わなかったのか、信じられないものを見るような目で俺を見ていた。


 まぁ、ダーティから事の顛末は聞いているだろうし、そんな反応になるのも無理はないか。


 俺はちらっとダーティの後ろにある馬車を見る。御者のすぐ隣に座っているのは、ラキストが治めている領地の人間なのか、顔に見覚えはがない。


 随分と付かれている顔を見ると、道中酷使されていたのかもしれない。


 そのままちらっと後ろを見ると、そこにはラキストと同じように驚いている元師匠のウィンスと、アストロメア家で見たことのある使用人が数人いた。


「め、メビウス様が生きているぞ」


「え? 本当に、メビウス様なの?」


 俺はそんな使用人たちの会話を聞いて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。ラキストたちが眉をひそめている所を見ると、どうやら感動の再開という訳ではないみたいだ。


「生きていたのか、メビウス」


「ええ、なんとか」


「……どおりで死体を探してもいないわけだ」


 ラキストは俺をじろっと睨みながらボソッと呟いた。今死体がどうとか言ったか? 死体を探したって、わざわざ『死地』まで俺を捜しに?


 俺がラキストの言葉の意味が分からずに首を傾げていると、ラキストは辺りを見渡してから冷たい視線を俺に向けた。


「それで、なんでお前がここにいる?」


「なんでって、ここに住んでいるからですけど」


「住んでいるだと? なるほど……ここの国の人に拾われたのか。それにしても、まさか本当に『死地』に国があったとはな」


 ラキストは俺に向けていた視線を農園や住居のある方に向けた。その後、『家電量販店』をしばらく見つめたまま腕を組んで考えこんでから、俺に視線を戻す。


「メビウス。それなら、最後のチャンスをやろう。この国の王と俺を取りもて。そうすれば、命ぐらいは助けてやる。『お前のことを心配して兄の俺が探しに来た。挨拶をさせて欲しいと言っている』とでも言っておけ。そのくらい、おまえでもできるだろ」


「取り持つ? なぜです?」


「この国には珍しい野菜とかがあるらしいから、関係を結んでおくんだよ。ほら、早く行けって!」


 俺が尋ねると、ラキストは分かりやすく機嫌を悪くさせた。怒ったときに。頭をガシガシッと掻く仕草はダーティを彷彿とさせる。


 そして、色々と偉そうにしていながら、いやらしい視線をちらちらとアリスとカグヤに向けている所もダーティにそっくりだ。


「旦那様。この下卑た失礼な男はここには相応しくありません。帰ってもらいましょう」


「ご主人様ー。この人ずっといやらしい目で私たちの子と見てくるんだけど。アリスの言うように帰ってもらおうよ。べつに、追い返してもいいんだけどね」


すると、隣で静かにしていた二人がラキストに冷たい目を向けた。ラキストは少し経って自分のことを言われているのだと気づいたらしく、徐々にぷるぷると肩を震わせていった。


「き、貴様ら、誰に向かって口を聞いているのか分かっているのか! ん? 旦那様? ご主人様? 今、メビウスのことを旦那様とかご主人様と言ったか?」


 しかし、ラキストは二人の言葉に引っ掛かりを覚えたのか、目をぱちくりとさせて俺を見た。


 どうやら、まだ誰がここの長なのか分かっていないらしい。


 俺は小さくため息を吐いてから、顔を上げてまっすぐにラキストを見る。


「いちおう、俺がここの長的な存在ですね。」


「はぁ⁉ メビウス、お、おまえ⁉」


ラキストはよほど信じられなかったのか、俺の言葉を聞いて声を裏返していた。


 俺は至近距離で大声を出された不快さで眉をひそめる。


「それで? もう一度お話を聞かせてもらえますか、ラキスト兄さん」


「お、おまえが……」


 すると、ラキストは声を震わせながら静かに俺を睨んでいた。なんで睨まれなくてはならないんだと思っていると、ラキストはふーっと深く息を吐いてから顔をひきつらせた笑みを浮かべる。


「そ、そうか! お前だったのか、メビウス! いやー、まさかアストロメア家のために、国をつくるとは恐れ入った! さすが、アストロメア家の期待の星だ!」


「アストロメア家のため?」


 俺はラキストの言っている言葉の意味が分からず首を傾げる。しかし、ラキストはそんな俺の反応を気にすることなく続ける。


「だってそうだろ? アストロメア家から我が国の王に献上するために、珍しい野菜とかを作っていたんだろ! いやー、これで我がアストロメア家も安泰だなぁ! 安心しろ! 兄ちゃんから父上に話はつけてやるからな!」


 すると、ラキストはばっと俺に握手を求めるように手を差し出してきた。俺はその手をじっと見つめてからパッと顔を上げる。


「え、いや、普通に違いますけど」


「んー? どういうことだ、メビウスぅ?」


 ラキストは俺の言葉を聞いてさらに顔をひきつらせた。口角がピクピクしているし、無理をして笑っているのは明確だった。


 俺は極力ラキストを刺激しない様に、ぴっと両方の手のひらを見せるようにして続ける。


「アストロメア家に渡すものはありませんよ。野菜もお酒も何もかも。お引き取りください」


 正直、ここでアストロメア家に売りつければ、財源の足しにはなる。しかし、もしも取引が続けば、ラキストが定期的に『死地』にやってくるようになると思う。


 そうなってしまうと、ラキストの領地から逃げてきたラインさんたちの存在を隠し通すのは難しいかもしれない。最悪、引き戻されてしまうだろう。そんな展開だけは考えたくもない。


 そして何より、殺されかけた家の人間に何かを売りたいだなんて思えるはずがない。


 すると、ラキストは食い下がるように続ける。


「ま、まてよ、メビウス。アストロメア家に戻ってきたくないのか? これは、絶好のチャンスなんだぞ」


「戻りたいわけないじゃないですか、あんな家」


 俺がつい反射的にそう言うと、ラキストの笑顔が徐々に崩れていった。


「あ、あまり調子に乗るなよ、メビウス。その発言は、アストロメア家を敵に回すということになるかもしれないんだぞ?」


「敵に回うすもなにも、初めに俺を殺そうとしたのはそっちでしょ」


 俺がまた反射的にそう言うと、ラキストがくわっとした表情で距離を詰めてきた。そして、ラキストは俺に向かって手を伸ばしてきた。


「てめぇ、こっちが下に出ればいい気にーー」


 しかし、ラキストは突然ピタリと止まった。ラキストはアリスに首元にデッキブラシを突きつけられ、顔を青くさせる。


「汚い手で旦那様に触れないでください」


「その手が邪魔なら吹き飛ばしてあげるけど?」


 そして、そのすぐ後ろにはタブレットを操作しているカグヤがいた。足元にいつの間にかいたお掃除ロボットを見るに、どうやら本気のようだ。


「ら、ラキスト様から離れなさい!」


 すると、その一部始終を見ていたウィンスが慌てて剣を引き抜いた。しかし、どう見てもこの状況でウィンスがラキストを守れるようには見えない。


「アリス、カグヤ、ありがとうね。でも、大丈夫だから離してあげて」


 俺は二人にそう言うと、二人は俺の言った通りラキストから距離を取った。そして、ラキストは急に緊張から解放されたせいか、そのままストンっと腰を落として尻餅をついてしまった。


 俺はそんな情けないラキストを見下ろしながら、敵意がないこと分からせようと笑みを浮かべる。


「お帰り頂けますか? アストロメア家、次男のラキスト様」


 俺がそう言うと、ラキストは俯いてぷるぷると震えてから、真っ赤な顔をしていきなり立ち上がって俺を睨んだ。


「ぐっ……後悔するぞ、メビウス!」


 そして、ラキストは最後にそんな捨て台詞を放って、逃げるように馬車に戻っていった。


 ウィンスは一瞬だけ俺と目を合わせた後、何も言わずに馬車に乗り込んで、他の使用人たちと一緒に『死地』を後にした。


 こうして、俺たちは久々で最悪な再開を無事終えることができたのだった。



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