第22話 二人のメイドの役割


「えっと、とりあえず、落ち着いて――うわっ!」


 俺が涙を浮かべている女の子を落ち着かせようとすると、今度はアリスが突然俺の体を後ろに体を引っ張った。


 後ろに転ぶと思った瞬間、俺の後頭部に柔らかい双丘を押し付けられて、そのまま後ろから体を密着するように抱きしめられる。


「いきなり旦那様に何をしてるんですか⁉ 旦那様、大丈夫でしたか?」


 アリスはピシッと涙を浮かべている女の子を指さしながら、力強くそう言った。


 俺はさっきと今押し付けられている双丘の感触を前に、顔を熱くさせながら続ける。


「お、俺は大丈夫」


「……旦那様を辱めるのは、私なのに」


 すると、突然アリスの声の温度が冷たいものに変わった気がした。


声をかけるのも躊躇われるほどの声色の変化を前に、俺は振り返らずに冷や汗をかきながらなんとか声を漏らす。


「あ、アリス?」


「旦那様? なぜあの者を、あんな性の化身のような姿に変えたのですか?」


「せ、性の化身⁉」


 俺は思いもしなかった言葉に体をビクンとさせた。


 た、確かに胸は大きめで陽キャ感はあるが、何も『性の化身』と呼ばれるほどではないと思うんだけど。


「……ふー、ふー」


 すると、アリスに指をさされた女の子が耳を真っ赤にさせながら顔を俯かせて息を荒くしていた。


 な、なんだ? なんか興奮してないか?


 俺はどういたのだろうかと思って顔を覗こうとしたのだが、アリスにさらにきゅっと後ろから強く抱きしめられて動けなくなってしまう。


「旦那様、大事なのは気持ちです。大きさではありませんよ。そもそもですね――」


「あ、アリス。一旦離れて。その、色々と、ね」


「色々と?」


 俺は話が長くなりそうだったので、アリスの腕をタップしてそう言った。


 すると、アリスは不思議そうに声を漏らしてから、妖艶な笑い声を俺の耳元で漏らした。


「ふふふっ、旦那様ぁ」


「違う。アリス。離れるのはきつく抱きしめ直すっていう意味じゃないから。ちょっ、ちょっと」


 い、息が耳に当たってこそばゆい。


 俺はなんとかアリスの腕から逃れて、深呼吸をして鼓動を落ち着かせる。


 ちらっとアリスを見るとアリスは何やら恍惚な笑みを浮かべていた。


 俺はその理由を考えようとしたと事で、もう一人の女の子を放置していたことを思い出す。


「それで、えっと何から話そうか」


 俺は咳ばらいをして、放置してしまっていた新しくなったペッハー君の方を見る。


 すると、彼女は未だ耳の先を赤くしてもじもじとしていた。


「まずは名前かな? ちょっと待ってね。今考えるから」


 俺は整いきっていない頭で彼女に付ける名前を考える。


 確か、アリスは異世界で電気がないのに動いていたから、不思議っことで『不思議の国のアリス』からとってアリスにしたんだよな。


 そうなると、この子も不思議な存在ってことになるよな。いや、他にも何かこの子の要素があるだろ。


 せっかくアリスは物語から取ったんだし、この子もそんな感じで何かの作品から取ってくるか?


 俺はしばらくの間腕を組んで考えてから、あっと小さく声を漏らしてかを上げる。


「初めて会った時はベッドで寝ていたよな? 突発的な行動で驚かされる言動……『かぐや姫』からとってカグヤって言うのはどうだ?」


 確か、かぐや姫って求婚してきた人たちに無理難題を言って驚かせていた気がするし、仕様変更後の俺の前にいるペッハー君にはちょうど良い名前かもしれない。


 俺がそう言うと、ペッハー君は満面の笑みを浮かべて俺の手を取る。


「うん! ご主人様が付けてくれるのなら何でも嬉しい!」


「そ、そっか。よかったよ」


 俺が突然手を繋がれたことに驚いていると、カグヤはハッとして顔を赤くさせる。


「うぅ、なんでこんな話し方? それに、勝手にご主人様と手を繋いでるし……」


 カグヤはそう言うと、また恥ずかしそうに瞳を潤ませた。


 どうやら、この反応から察するに、カグヤは本当はぐいぐい来るタイプではないみたいだ。


 ということは、やっぱり仕様変更時に出ていたあのウインドウが原因か。


「えっと、ごめん、多分それ俺のせいだと思う」


 それから、俺はカグヤを仕様変更したときに出たウインドウのことを本人に告げた。


 本人からしたらしたくもない言動をさせられるのは、あまりいいことじゃないよな。


 俺が全てを話し終えると、カグヤは心配そうに俺を見つめていた。


「えっと、ご主人様はこんな話方でも嫌いにならない?」


「ならないよ。まぁ、そのアニメのキャラ染みててむしろいいとまで思うかもしれなーーいや、なんでもない」


 俺は強引に気持ち悪くなりそうだった言葉を誤魔化した。本人が恥ずかしがっているのに、むしろいいとかさすがに気持ち悪すぎる。


 俺が嫌われてしまったかと思って顔を上げると、アリスはパチパチっと数度瞬きをしてから、ニコッと可愛らしい笑みを浮かべた。


「それならいいかな。ご主人様が嫌じゃないなら、それで」


 カグヤはそう言うと、俺と視線を合わせて照れるように顔を赤くさせた。


もしかしたら、この言葉も俺が言わせてしまっているのかと思ったが、さっきみたいに言葉を否定しないということは、本心で思っていてくれているのかもしれない。


 なんとなくだが、そんな気がした。


「というか、なんでアリスのときはカグヤみたいなウインドウが出なかったんだ? ん? いや、そうか」


 俺はちらっとアリスを見て、カグヤと仕様変更をした時の違いに気づいた。


 カグヤを仕様変更したときに出たウインドウには、『性格不一致のため、言動に修正あり』と書かれていた。


元々ペッハー君時代からドジっ子だったアリスにとって、俺の考える仕様変更は言動を変えるまでいかなかったのだろう。


 アリスがドジっ子で助かったみたいだ。


 俺はそこまで考えてから、また視線をカグヤに戻す。


「それじゃあ、名前も決まったことだし本題に戻るか。カグヤはなんで急に『家電量販店』に現れたんだ? それに、裏と表って言うのは何の話だ?」


 アリスの名づけの話題からどんどんと逸れていってしまったが、結局カグヤが『家電量販店』に現れた理由も、その説明の意味も分かっていなかった。


 俺がそう聞くと、アリスはこてんと可愛らしく首を傾げる。


「急にって言うか、私はずっとここにいたよ?」


「え? そうなの? でも、アリスだけじゃなくて俺も会ったことないぞ」


 俺は初めて『家電量販店』のギフトを使った時、数週間外に出ずにこの『家電量販店』で時間を過ごした。


さすがに、それだけ長い間同じ建物にいて、一度も会わないなんてことはないはずだ。


「うん。会ったことはなかったよね。そもそも、私本当は裏方だし」


「裏方?」


「そうだよ。ご主人様が使った家電の発注とか、陳列とかしてたのって私だし。ご主人様が寝てから行動してたから、会わなかったんだよ」


「「え?」」


 カグヤの言葉を前に俺とアリスは間の抜けた声を漏らした。それから、俺はアリスと顔を見合わせてから、視線をカグヤに戻す。


「あれって、自動で発注がかかるんじゃなかったのか?」


「まぁ、ご主人様とかアリスからしたら、そういう認識になるかな。実は自動発注ではなく、バリバチ私が発注とか裏方のことをしてたの。でも、自動発注って……ふふふっ、ご主人様面白いこと考えるね」


「い、いや、俺の知っているアニメやラノベとかだとそうなんだけど」


 確かに、そう言われれば自動で発注がかかるってどういう原理なのかまるで意味が分らないかもしれない。


 まだ発注がかかるだけならまだしも、陳列されているのは原理がまるで分らない。


 今まで見てきたテンプレ展開のせいか、そこについて深く考えるということをしなくなっていたのか。


 俺がそう考えていると、カグヤは カグヤはふふんっと得意げに胸を反らして続ける。


「逆に、アリスは表に出てご主人様のお世話をする役割。アリスのことを表って言ったのは、そういう理由からだよ」


 どうやら、まだ俺は『家電量販店』のことを深くは知らないみたいだ。


 カグヤとの出会いを通して、俺はそんな重要なことに気づくのだった。

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