第19話 苦いデビュー戦


「旦那様! お怪我はありませんでしたか!」


「わぷっ!」


 俺がお掃除ロボットに倒されたダークウルフを見つめていると、突然背後からアリスが強く抱きついてきた。


 よほど俺のことが心配だったのか、アリスは体の熱がじんわりと伝わってくるほど強く俺を抱きしめてくる。


 俺は一瞬気恥ずかしさを覚えながら、アリスの腕を優しくタップする。


「ええっと、アリスに聞きたいことがあるんだけど」


「聞きたいことですか? えっと、なんでしょうか?」


「話しづらいからいったん離れようか、アリス……違う、抱きしめてる腕を強くするんじゃなくて弱めるの」


 俺がそう言うと、アリスはしばらくしてから腕を緩めてくれた。


 なんかペッパー君だったときよりもボディタッチが多いような気がするけど、気のせいかな? それに、一瞬恍惚とした表情をした気がするんだけど。


 俺はそんな疑問を一瞬考えながらも、どうしても気になっていることについて聞いてみることにした。


「さっきの戦いについてなんだけどさ。アリスって実はすごく強い?」


 俺が尋ねると、アリスは嬉しそうに笑み浮かべていた。


「旦那様を守るのがメイドの役目ですからね。旦那様を守れるくらいには強いですよ!」


「メイドがそんな役目だとは思わないんだけどね。まぁ、でも強いのは心強いか」


 アリスは俺に心強いと言われたのが嬉しかったのか、しばらくの間機嫌良さげにしていた。


 それから、俺はアリスが俺に抱きつく際に、ポイッと投げ捨てたであろうデッキブラシをちらっと見る。


 ……あれって、普通のデッキブラシなのか?


 ただデッキブラシで殴っただけで、グレーウルフたちがあんなに飛んでいくだろうか?


 俺はそんなことを考えながら、近くで待機していたお掃除ロボットの方を振り向く。


「ありがとうね、お掃除ロボット。危ない所だったよ」


 俺がそう言うと、お掃除ロボットはぴこんっと音を立ててウインドウを表示させた。


『問題ございません。想定内です』


 俺はそのウインドウを読んで、自分のふがいなさにため息を漏らす。


 想定内ってことは、あのダークウルフが死んでいたと思ったのは俺だけということか。


 目の前の魔物の生死も確かめず、自分よりも強い女の子の心配をするなんて勘違いもいいことだ。


「……これから、強くならないとな」


 アリスを守ると言っておいて、守られているようじゃどうしようもない。


 こうして、俺の魔物との初陣は少しだけ苦い思い出として残ることになったのだった。




「おお! 戻ってきたぞ!」


 俺たちがラインさんたちの元に戻ってくると、ラインさんたちは手を振って俺たちのことを迎えてくれた。


 俺たちのことを本気で心配してくれていたのか、不安そうな顔をしている人たちもいるみたいだ。


「メビウス様! ご無事でしたか!」


「大丈夫だよ。アリスとお掃除ロボットもあったしね」


 俺はラインさんの言葉にそう答えてから、お掃除ロボットから飛び降りてそれをランドセルにしまった。


 本当に何でもはいるランドセルだなと思いながら、俺はそのまま別のモノを掴む。


「もしかして、メビウス様が相手にしたのってダークウルフとグレーウルフでしたか?」


 すると、アリスと同年代くらいの女性が小さく震えながらそんなことを聞いてきた。


「そうですよ。ということは、ラインさんたちを襲ったのもダークウルフたちでしたか」


「は、はい。生きて帰って来てくれて安心しました。せっかく、メビウス様が追い返してくれたので、今のうちに逃げないとですよね」


 女性はそう言うと、俺たちの後方に視線を向けてまた小さく震え出した。


 俺は女性の言葉に首を傾げてから、納得したような声を漏らす。


 この女性は俺たちがダークウルフを倒してきたのではなく、ただ追い返してきたと思っているみたいだ。


 まぁ、普通に考えれば子供とメイドさんが魔物を倒してきたとは思わないか。


「その心配はないですよ。ちゃんと倒してきたので」


「倒して……ええ⁉」


 俺がそう答えると、女性は目を見開いて信じられないものを見るような目をこちらに向けてきた。


 辺りを見渡してみると、他の人たちも同じような反応をしていた。


 疑っている訳ではないようだけど、俺の言っていることを信じ切れてはいないみたいだ。


 俺はそう考えて、ランドセルの中で握っているモノを取り出す。


 そして、俺が握っているモノを見たラインさんたちは、短く『ひっ』と小さな声を漏らした。


 俺は片手で持っているダークウルフの脚を持ちながら続ける。


「本当はここで解体して食べたいですけど、調理器具は持ってきていないので、『家電量販店』についたら食べましょう。皆さん、『家電量販店』に着いたらこのお肉が待っているので頑張りましょうね」


 俺はお肉を見せれば皆やる気になると思って、みんなを鼓舞するように言ってみたのだが、ラインさんたちは皆反応に困ったように固まってしまっていた。


 あ、あれ? 何か間違えたか?


「本当に私たちを襲ってきたダークウルフとグレーウルフを倒してきたのか?」


「え、発明家様じゃなかったの? メビウス様ってそんなに強い御方なの?」


「に、肉だ……肉が食べれるぞぉ!!」


 それから少しして、ラインさんたちは状況をようやく理解できたのか、各々そんなことを言いだした。


 うん。どうやら、何も間違っていなかったみたいだ。


 それから士気が上がった俺たちは、いつもよりもハイペースで歩いていき、無事『家電量販店』にたどり着くことができたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る