第四章 休憩時間。僕はアリサと出店をまわる

第45話 お昼休みになったので、アリサと一緒にイベント会場をまわる

 ゲーム大会の1回戦が終わったあと、僕とアリサはジェシカさんに連れられてイベントホールの正面玄関に来た。

 玄関フロアは仮設みたいな売店があって、Tシャツや光る棒みたいなグッズが売られているようだ。


 僕達は外に出て、玄関を少し放れた。

 朝は快晴だったが、昼になると少し雲が出てきたようだ。

 空から視線を戻すと、近距離真正面にジェシカさんがいた。

 いきなりハグみたいな急接近。というか、むっ、胸ッ、当たってない?!

 気のせい?!

 この柔らかいの、パーカーのゆったりしている部分?!

 僕の動揺に気づいているのか気づいていないのか、ジェシカさんは声を低くし、耳元に囁く。


「オレは配信関係の仕事があるからさ。アリサと遊んでて」


「は、はい」


 そ、そそ、そうだよね。周囲にはイベントを見に来た人が大勢いるし、声を聞かれるわけにはいかないから、密着する必要があるんだよねっ。あわわっ……。


「とりあえず、1万円渡すから、屋台をまわっててよ」


「う、受け取れません」


「遠慮するな。正当な報酬だ。交通費だけでもすでに1000円使ってるだろ? それに、来るときも言ったけど、今までカズを勝手に動画に出演させていたから、あとで出演料を出すつもり。だから、昼食代くらい気楽にもらってくれないと、こっちがあとで困る」


「は、はは、はい」


 これ以上、胸が当たった状態で耳元に囁かれたら頭がおかしくなりそうだから、僕はお金を受けとることにした。

 ジェシカさんは離れると、僕のシャツの胸ポケットに紙幣を突っこんできた。


「乳首ーム!」


「な、何言ってんですか……」


「当たった?」


「当たってません」


「カズも撃つ?」


「ヒットしても外しても、僕は社会的に死ぬ気が……」


「そっか。お。忘れてた。連絡先交換しておこうぜ」


「は、はい」


 う、わ……。

 初めてスマホのアドレス帳に母さん以外の異性を登録してしまった。ひとつ大人への階段を上った気がする……。


 くいくいっとアリサが僕のシャツを引っ張ってきた。


「ねえ。アリサも交換――」


「うん! 交換しよう!」


 アリサが普通の声量で名前を口にしたから、僕は大声で言葉を被せた。

 ジェシカさんと違って、アリサは危機感がないっぽい。


 なにはともあれ、一挙に2人も異性を登録してしまったぞ……!

 モテ期到来。勝ち組か?


「じゃ、またあとで」


 ジェシカさんはアリサの額にキスをすると、イベントホールに戻っていった。


 いや、待って。さりげなさすぎたけど、なんだか凄く凄い光景を見た気がする。

 僕がキスされたわけじゃないのに、なんか、ドキドキする。

 これが、てえてえってやつ?


「カズ、お腹、すいた」


「あ、うん。じゃ、行こうか」


 僕達はとりあえず、食べ物がありそうな方向へ向かう。

 会場を出ればファミレスやファストフード店があるだろうけど、せっかくだし、会場内の出店を見た方がいいよな。

 女の子と一緒にイベントを回るなんて、緊張しまくりで不安いっぱいだけど……。


「綿飴とチョコバナナがほしい!」


 アリサが花より団子なおかげで、なんとかなるかも?


「じゃあ、行こうか……」


「うん!」


 アリサは僕の手首を掴むと、小柄な身体のどこから出ているのか分からない強い力で引っ張って、走りだした。


 僕は抵抗しきれないと判断して、一緒に走りだす。


「うわっ、速ッ」


「早く早く!」


 芸術ホールの本館と別館の間が中庭になっていて、遊歩道の左右に屋台が並んでいる。あまり行ったことがないけど、夏祭りという感じがする。屋外フェスとかスポーツイベントとか、こういう雰囲気なのかもしれないけど、インドア派の僕にはよく分からない。


 さっそくお眼鏡にかなう物を発見したらしく、アリサはビビビッと背筋を伸ばして前方を指さす。


「前方に目標の綿飴を発見! 購入支援を要請する!」


 購入支援と航空支援の発音が近いからゲームの台詞をもじったんだろうなあ。

 振り返った目がキラキラしているんだもん。ノリにつきあうしかない。

 僕は通信音声を装うために、口元を手で隠し、声を可能な限りガサガサにする。


「了解。10000円までの購入支援が可能だ。目標をマークしてくれ」


 僕達は綿飴の屋台に向かう。


 僕達にとっては運の良いことに、いや、店にとっては不幸なことなのだが――。

 客の大半がコラボ屋台に吸われているらしく、綿飴の屋台は3組しか客が並んでいなかった。コラボ屋台の人達は何十分並ぶんだろうと遠目に見ているうちに僕達の番になった。


 僕は綿飴を購入し、アリサに渡す。


「はい。アリサ」


「Thank you」


 綿飴にかぶりつき、アリサはご満悦。


 僕達はぶらぶらと屋台を見て回る。あ。懐かしいタピオカミルクティーだ。トルネードポテトなんかもあるんだ。意外と、焼きそばやいか焼きみたいな夏祭り的なのはない?

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