第14話 アリサちゃんが膝の上に座ってきた。これはひとりっ子男子憧れのシチュエーション?!

「むーっ。無視しないでよ!」


「いたっ」


 またアリシアが蹴ってきた。


 痛みで反射的に、僕はジェシカさんから離れてしまった。

 緊張と羞恥から解放されて嬉しいんだけど、ちょっと残念なような……。

 もし抱かれたままだったら頭が蕩けて変になるところだった。


「なんで私の名前は聞いてくれないの! カズ、レディに対して凄く失礼です!」


 あー、さっきの意味ありげな視線は名前を聞けってことだったのか。


「ま、レディの年齢を聞かなかったのは、紳士的な態度だって評価してあげます」


 おしゃまな口調で目を細める仕草は、必死に大人びた態度をとる子供みたい。


「アリシア・サンチアゴ。14歳です。今日はカズに私をエスコートさせてあげる。感謝してもいいですよ」


「えっ?」


 14って中学2年生なのか。

 背が低いし、赤と黒のワンピースが子供っぽい感じだし、うさ耳リボンしてるし、てっきり小学生かと……。


 つうか、中2のくせに、さっきはゲームに負けてマジ泣きしてたのか。


 ジェシカさんがアリシアの肩を掴んで、僕の方に押しだす。


「ごめんな。カズ。今日は謝ることがいっぱいあるんだけど、先ずひとつめがこれ。オレは半分、OgataSinじゃないんだ」


「えっ? どういうことですか?」


 お気に入りのポーズなのか、またアリシアが腰に両手を当ててふんぞり返っている。


「いっつもカズを助けていたの私だから。たっぷり感謝してくださいですよ。いひひひっ!」


 アリシアは目を細めると、甲高く笑い、顔をほころばせた。ゲラゲラ笑いを必死に堪えてギリギリお上品にしたような笑い方だ。


「え、でも下手だったよ」


 自らの失言に気づいたときには、もう蹴られていた。

 アリシアが顔を真っ赤にして「家なら勝ってたもん!」と息巻く。


 家なら?

 まあ、たしかに屋外でVRゲームは、動作に制限があるから上手くいかないよな。

 操作は下手でも、カンが冴えていて反応が鋭い理由に納得した。


「じゃあ、Sinさんはゲームやらないの?」


 ジェシカさんに話しかけたら苦笑いが返ってきた。


「やるよ。半分OgataSinだからな。喋っているときがオレ。喋っていないときはアリサなんだよ」


 ……え?

 ……あっ! そういうことか!

 アカウントがひとつで、交代で遊んでいたんだ。

 だから、無言の突撃馬鹿が、喋るときは冷静なオールラウンダーになっていたんだ……。


「それはそうと、オレのことはジェシー、もしくはお姉ちゃんって呼んでくれ」


「私のことはアリサって呼んでもいいよ」


「え、あ、うん。……お姉ちゃん?」


「それ、謝ることの2つめ。オレさ、カズと一緒に遊んでいるときに配信して、お前のこと弟って言っちゃったんだよ。だから、悪いんだけど今日はオレの弟ってことで頼む。細かいところはオレに話をあわせてくれ。とりあえず親が国際再婚? 国際結婚? そんな感じで」


「え、あ、はい……」


 えっと、つまり、銀灰色の髪で青灰色の瞳をした美女が姉で、金髪碧眼のちびっ子が妹なの?

 僕の困惑を余所に、ジェシカさんは唐突にコンビニのビニール袋をつきだしてきた。


「それ、アリサの朝食ね。多めにあるからふたりで食べててよ。オレは家賃やら何やら振りこんでくるからさ」


 ジェシカさんは胸元に引っかけてあったサングラスを取り、装着した。よく分かんないけど、ニューヨークのクラブでDJやってそうな雰囲気だ。


 ジェシカさんは踵を返すと、行軍のようなキレのある動きで歩きだす。脚が長く歩幅が広いから、ただ歩いているだけなのに絵になる。


 僕は見とれてしまっていたのか、見送っていたのか自分でも分からないけれど、彼女がコンビニに入るまで、立ちつくしてしまった。


「あー。えっと、アリサちゃん。あそこのバス停に座る?」


 バス停には座席と屋根があり、人はいない。通りで待っているより、あっちにいた方が周囲の邪魔にならないはずだ。


「うん」


 アリサちゃんが座っていた大きなキャリーバッグは、僕がバス停の隅に運んだ。

 それから僕は長椅子の端に座り、左隣にコンビニ袋を置く。


 けど……アリサちゃんは袋をどかして僕の真横に座ってしまった。


 ……近い。


 椅子は余裕たっぷりあるんだから隙間くらいいくらでも作れるはずなのに、ふとももと腕が触れてしまってる。

 これがジェシカさんだったら、僕は間違いなくフリーズする距離だ。


「ねえ、カズ、BoDしよっ」


 瞳に星やハートがキラキラと浮いているみたい。

 ジェシカさんが『5年後に自分に匹敵する美人になる』と太鼓判を押すのも納得だ。

 アリサは返事を待たずに、椅子の上を這うようにして、僕の膝の上に身を乗りだしてきた。


 そのまま僕の鞄からVRゴーグルを取りだすと、被せてくる。

 勝手に人の手荷物を漁るのはどうかと思ったが、僕は目の前にある小柄な胴体を意識してしまい、すっかり抗議するのを忘れてしまった。

 あと、人は頭を触られると床屋の記憶が蘇って、動けなくなってしまうのではないだろうか。


「はい」


「あ、うん」


 アリサは手で髪の毛を押さえながら、VRゴーグルを装着し始めた。


「ねえ、負けたほうが、勝ったほうの言うことを聞くことにしましょうです」


「あ、うん」


「約束したですからね」


「えっ?」


 アリサは軽くお尻を上げると、僕の膝に座ってきた。

 まさか、これは全国のひとりっ子男子あこがれの、妹が膝の上でゲームをするシチュエーション?


「さっきと同じステージでいいよね。1対1の屋内戦。出撃位置も初期装備もランダムね」


 さっきのゲームが中断で待機状態になっていたので、再開は早い。

 すぐに、『同士よ遠慮するな。殺せ。動く者はすべて敵だ』という音声が、ラウンド開始を告げてきた。


「あっ」


 膝の上にアリサが座っているから、VRゴーグルのカメラは(多分事故防止の機能)ゲーム画面ではなく現実世界を映したまま。僕はアリサの後頭部しか見えない。


「ねえ、見えないから退いて」


 パパンッ! パンッ!


『You dead...』


「Yes! One kill」


 ゲーム画面を見ることすらなく僕はぶっキルられた。

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