第一章 リアルで会うフレンドは外国人美少女?!

第5話 Battle of Duty Ⅲオンラインサービスの終了

 『Battle of Duty Ⅲ』のオンラインサービスが終了する日、僕とSinさんは銃口を互いの顔に突きつけあっていた。


 僕達ふたり以外、対戦サーバーにもう誰もいない。

 みんな死んだ。

 死んだら二度とログインできない状態で、僕とSinさんが、最後のプレイヤーになった。


 廃墟と化した街は夕焼けに染まっている。

 ゲーム時間の経過とともに毒ガスが広がっていき、すでに行動可能な戦場は、僕達が立つ廃ビルの屋上のみ……。


「撃てよ、カズ。これが……世界の終わりだ」


 女性にしては低く嗄れた声に普段の張りはなく、諦観に染まっていた。


 僕は銃口を突きつけられているというのに、彼女の顔(ゴツい男性兵士だが……)から視線を逸らしてしまった。


「……僕には2年間ともに死線をくぐり抜けてきた相棒を撃つことはできません」


 僕達は明確な元ネタはないものの、なんとなくのノリで何かをロールプレイして、キザったらしい言葉を交換していく。


「撃て! カズ! オレと世界、どっちを選ぶんだ!」


「撃てませんッ! 選べるわけないですよ!」


「まったく……。ロボットアニメの主人公みたいな甘いこと言いやがって……。カズ。お前のそういうところ、好きだぜ」


 好き、という言葉を聞いて照れてしまった僕は、ロールプレイの続行は不可能になってしまった。照れ隠しのために、努めてぶっきらぼうに言う。


「というか、腕が辛いからマジで撃ってくださいよ……」


 僕は自分の部屋で両腕を、本物の銃を持っているかのように構えている。VRゲームだからこうやって撃ちあうんだけど、同じ姿勢でじっとしているのはかなりキツい。両手に握ったコントローラーも、重くはないけど地味に負荷がかかるし、二の腕がプルプルしてきた。


「筋トレしろよ。こっちは余裕のYO! だぜ」


「あっ……」


 画面が紫色に染まって、床が眼前に迫ってくる。毒ガスにやられた……

 もう慣れているのに、VRゴーグルから覗くゲーム画面はリアルすぎて、いまだに驚いてしまう。


 ミリタリー系VRシューティングゲーム『Battle of Duty Ⅲ』のオンラインサービスが終了した。


 映像はタイトル画面(パラシュート降下を控えた輸送ヘリの中)に切り替わった。

 両手のコントローラーを床に置くと、汗ばんでいた掌が久しぶりに空気に触れて、ちょっと気持ちいい。


「あー。強制的にログアウトした。Sinさんは?」


「こっちもタイトル画面に戻った」


 僕は手を伸ばし、指先でメニュー操作をする。VRゴーグルの前面センサーが僕の手を認識するため、コントローラーを持っていないときでもメニューを指先で操作できるのだ。


「オンライン対戦を選択しても『部屋を探しています……』のままっぽい」


「メーカーが今日までオンライン対戦サーバーを設置してくれていたことに感謝だな」


 BoDシリーズの最新作はⅤだ。

 僕達みたいに5年も前に発売されたⅢを遊び続けている方がおかしい。


 僕はBoDⅢを終了した。なんとなく、今日はSinさんと雑談する流れの気がするし、僕はバーチャルタウンの自室に移動した。

 自室には、ゲーム購入特典やなんかのキャンペーンでもらった家具が、統一感なく乱雑に並んでいる。無課金ソファに座ると、すぐにSinさんがやってきて、隣に座った。

 洋ゲーの主人公みたいな、禿げのごっついおっさんだ。英語の教科書に出てきそうな無課金アバターの僕と解像度が違いすぎて笑える。

 SinさんはBoDは無課金だが、Virtual Studioのアバターには課金しており、よく服装をカスタマイズしている。


「Sinさんはリアルオフ、行かなくて良かったんですか?」


「遠くて無理なんだよ。明日引っ越しで忙しいし。それに、未成年のお前がひとりぼっちになるんだから、誰かがつきあってやる必要、あんだろ」


 BoDⅢを最後まで遊んでいたプレイヤーは、おっそろしいことに、0時を過ぎているのに今から金玉キラキラ金曜日さん(とんでもない名前だ)の自宅に集まりオフ会を開く。

 レーションとかいう、軍隊で食べている食事をみんなで食べたり、明日になったらカラオケに行ったりするらしい。

 僕も誘われたけど未成年だし断った。とはいえ、ゲームの知り合いとリアルで会うのは緊張するから、日中の開催だったとしても、参加しなかった可能性が高いけど……。


「SinさんBoDⅤ買います? 本体はⅢ必須なんですよね?」


「ああ。カズも新型のVRゴーグルを買えよ」


「高校生に10万円超えるゲーム機なんて買えませんよ」


「それな……。ほれ。お疲れの乾杯しようぜ」


 Sinさんは虚空からビールらしき液体の入ったグラスを取りだした。


「あ。はい」


 僕はコントローラーを操作してグラスを受けとると、人生初の乾杯というやつを、バーチャル空間で経験した。


 そして、夜中だから声量は控えめに「プロージット!」と叫び、グラスを投げ捨てた。


「は? 何してんの?」


「え? 乾杯したら、グラスを床に叩きつけるんですよね?」


「なんの漫画に影響されたんだよ。リアルでそんなことすんなよ」


「あ、はい」


「で、カズ。バチャスタだけどさ」


「父さんがⅢを持ってるから、借りれるか聞いてみます」


「そうか。任務の成功を祈る」


 僕は家庭用VRゲーム機Virtual Studio VR Ⅱを父さんからお下がりで貰っている。Ⅱと最新のⅢは互換性があるから同じソフトを遊べるんだけど、やはり旧型機は性能が低いから、グラフィックが少し劣る。


 たとえば、Ⅲだと車のバックミラーに映像が映るけど、Ⅱだと何も映らない。Ⅲだと草が風に揺れていたり、角度によって窓ガラスに反射する人影の見え方が変わったりするけど、Ⅱはそれがない。


 そして悲しいことに、メーカー情報によると、明日発売の『Battle of Duty Ⅴ』はVirtual Studio VR Ⅲが必須らしい。


「あれ? メッセージが着た。BoDのメーカーから」


「おっ。こっちも着たぞ。タイミング的に同じ内容か?」


「えっと……『最後までプレイしてくれてありがとう』か。それと……。んー。読みました? これって、旧シリーズのプレイヤーに割引きセール、プラス、ベテランスキルをあげるから、明日発売のⅤを遊べってこと?」


「ああ、そうっぽいな。新作で30%オフは熱いし、買うわ」


「じゃあ、僕は父さんを説得する……」


 Virtual Studio VRのゲームソフトはすべてダウンロード専売でクレジットカードが必須だから、僕は父さんに頼む必要がある。アカウントを家族登録しているから、父さんが買ったソフトを僕も遊べるんだけど、父さんが買うのはフライトシミュレーターやパズルゲームばかり。なんとかして、Battle of Duty Ⅴを買わせるしかない……。戦闘機を操作できることをアピールするかー。


「オレは明日から引っ越しや仕事でしばらく遊べないけど、カズは明日から学校だろ?」


「思いださせないでよ。今日で春休み終了……。金曜が始業式。というか、よく覚えていますね」


「あー。カズ。先に謝っておくけど、オレ、お前の高校とか住所とか特定しちゃってるぞ」


「まじっすか。気をつけます」


「お前、住んでいる地域を公開しているのに、『学校の設立記念日で休み』って言ってただろ。該当するのは1校だけだったぞ。ゲームに負けた腹いせにリアルファイトって、たまにニュースになってるし、あまり個人情報は言うなよ」


「えっ。マジで、分かってるんですか?」


「新しい駅ができるって言っていたのが決めて。お前の学校、女子の制服が可愛いよな。気をつけろよ。来週早々にでも刺客が襲いにいくからな」


「スタート、メニュー、フレンド情報、このユーザーを通報するっと……」


「お前、貴重な女フレンドを通報って、マジかよ!」


 Sinさんはアメリカ人のように両腕を大げさに開いて、呆れアピール。


「いや、僕の中でSinさんって男だし……。女ってのが冗談で、声の高い男の可能性が50%くらいあると思ってるし」


「あー。イラッと来た。OK. ブラザー。報復だ。お前をムラッとさせて眠れなくしてやる」


「は?」


 Sinさんは身を乗りだし、顔を近づけてくる。


「ちゅっ……」


 耳元で湿った音がしたので、僕は背中がゾクッとした。

 VRゴーグルは耳にかける部分にスピーカーが着いているため、音の発生源は近いし骨伝導もするらしく、とにかくリアルに聞こえる。


「カズ……。毎日お疲れ様……。今日は私が一緒に添い寝してあげるね。ちゅっ……」


 あ。ガチで女性だったんだと気づかせてくれる、甘い声。でも――。


「キモッ……! 耳元で舌打ちやめてくれません?!」


「はあ?! オレの生ASMRがキモいだと?! お前マジでケツ穴に弾丸ぶちこむぞ!」


「いうて、Sinさんのアバター、洋ゲーの主人公みたいな禿げのごっついおっさんだから、耳元で囁かれるとキモすぎて……」


「心の目で見ろよ。美女が透けて見えるだろ」


「あ、はい……」


「はあ……。オレの生ASMRの良さを理解できないなんてもったいねー。……まあ、いいよ、カズはそれで。さて。そろそろ時間だ。じゃあな。カズ。そろそろ寝るよ」


「はい。僕も寝ます」


「おう。いい夢、見ろよ。Good night baby...」


 Sinさんのアバターがバーチャルルームから消えた。

 僕はVRゴーグルを外すと、電源を落とし充電ケーブルに繫いで片づけた。


 部屋の明かりを消してベッドに入る。

 こんな感じで、僕はまだ一度も会ったことのない女性フレンドと毎日のように楽しくゲームライフを送っている。


 もともと所属していたクランを追放されたのが切っ掛けでSinさんと会ったんだよなあ。追放されて良かったよ。

 毎日(多分年上の)女性プレイヤーとボイスチャットしながらゲームしているし、他にもたくさんゲームフレンドができたし。


 僕はクランを追放されたけど、楽しくやってるよ!

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