せっかく転生したので今回は気楽に生きようと思います。
ぽてと
第一章 転生編
0.プロローグ
「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる」
現代において、努力することは美しいとされている。俺もそうだ、何かに一生懸命な人はかっこいいと思うし、心から尊敬する。しかし、当然のことながら世間が評価するのは結果である。
俺も人並みの努力はしてきたつもりだ。大学は一応誰もが知っているところだし、部活に真剣に打ち込んだこともある。どれも上澄みには程遠いが、懸命であったとは思う。しかし、世間の風当たりは厳しい。頑張ったが結果が出ない人に対して、世間は努力が足りないだの、努力の方向性が違うなど、努力を行ったこと自体に対しての評価は行われない。
まあ、分かりやすく言うと、俺は凡人だったってわけだ。
努力して成功する。確かに誰もが夢見るプロセスではあるが、それが個人の幸福になるとは限らない。成功することは必ずしも幸福とイコールではないということである。
幸福になることは必ずしもそのプロセスを必要としない。月並みな表現ではあるが、足るを知ることが大切だ。小さな幸せに気づくなどと表現することもある。しかしこのことに気づいたとき、俺に残された時間などなかった。
みんなは思ったことないだろうか。平凡に生きるしかないのなら、せめて死ぬときは派手でありたいと。嫌いな奴に復讐したり、大切な人に贈り物をしたり、若くてかわいい子を金で買ったり。
だけど、残念ながら、死ぬときは本当に一瞬だ。平凡な人生を送ってきたやつは平凡に死ぬ。安くて燃費がいいからと買った軽自動車に、信号無視でしかも速度超過のスポーツカーに横からぶつけられた。死の間際で俺に浮かんだ感情は複雑だった。
ずっと、何者かになりたいと思っていた。そのために俺は頑張った。それは俺の数少ない誇れることだ。だがその裏で後悔の念があることにも気づいてしまった。
もう少し、楽しく生きることはできなかったのだろうか。
(あれ、ここ、どこだ。)
目が覚めると、俺は産声を上げていた。
自分の感情は凪だ。しかし、小さな体に蓄えたエネルギーをかなり消費して泣いている。体についたぬめりを取るため、お湯につけられる。そこには赤ん坊がいた。
(え、これ、俺?)
ラノベとかである奴だ。しかし、思考ははっきりしているし、夢にしてはリアルすぎる。しかも、スポーツカーにぶつけられるその瞬間の記憶が鮮明に残っている。恐らく即死だったのだろう。痛みや苦しみは残っていない。現実を受け入れる余裕などなく、周りの人間はせわしなく動く。
使用人らしき女性に抱きかかえられ、周りを見ると、両親らしき西洋風の男女がそこにいる。女の方はひどく疲労していそうだが、表情には安堵と欣幸が浮かんでいる。
(どの時代でも出産は大変だし、子供はかわいいもんな。)
そう思っていると、使用人が男の方に俺を向ける。父親らしき男の顔には多くの傷が刻まれていた。表情は読めず明らかに堅気ではないといった感じだ。
「旦那様、男子ですよ。おめでとうございます。」
男はああ、とうなずいた。使用人が男に俺を渡そうとしたが、男は受け取らず、息が絶え絶えの女性の方へ促した。
「奥様、抱いてあげてください。」
俺の身体は抵抗するすべもなく、いやするつもりはないのだが、女性の腕に抱かれる。人間というものは不思議なもので、本能的に誰が自分と血縁関係があるか分かる。先ほどの男もこの女も肉親だと直感が訴えた。
母に抱かれるということがここまで安心するということを、前世の俺は覚えていただろうか。言語を聞き取ること、そして思考することが現在自分が可能なことである。赤ん坊ながら大人顔負けな身体能力を持っているなどのご都合主義は生じていない。それ故に、母から感じる鼓動は安堵感を与えた。
母に揺られて眠気が押し寄せる。赤ん坊というのは注目を浴びるらしく、両親も使用人もみんな俺の方を見ている。理性を有していない普通の子であれば、問題なく寝れたであろう。しかし、大人の俺の感覚から言えば、人に見られながら寝ることは憚られる。
(くそ、本能のままに寝たい。)
そう思い、首を反対の方向へと向ける。こっち見るなよ、と言わんばかりに。しかしこの行動が余計に注目を集めることとなった。
「この子、もう首が座っているの?」
母が驚いたように言った。父も急いで俺の正面へと移った。生傷もある恐ろしい顔をこちらに向けられ、思わず顔を逸らしてしまった。
「目も、、、見えている。」
父がそう言った。使用人は狼狽している。
くそ、失敗した。自由な歩行等が出来ないため、思考が出来る以外は普通の赤ん坊だと思っていた。しかし考えてみると周りの人間を認識し、少し苦労するものの首を動かせるだけで異常なのだ。自分は思っていた以上にギフテットだったらしい。
危惧すべき事項がある。それはギフテットであるが故に気味悪がられることだ。悪魔付きだの、魔女だの言われて殺されてしまうかもしれない。まさか転生という奇妙な体験をしているにもかかわらず、まず先に自身の境遇を心配することになるとは。
使用人は自身の常識を超越した赤子の存在に狼狽えている。そこには畏怖の念が含まれていた。
すると、少女のような使用人が俺を助ける一言を言った。
「さすが、ご主人様のご子息ですね。」
少女が優しく微笑みかける。
「そうだな。この子は優秀な騎士になる。」
父は同調し、母親から俺を受け取った。
すると、騒いでいた使用人も、「さすがです」などと乗っかり、俺に対する畏怖の念は父への賞賛へと移っていった。
使用人は部屋に2人いた。1人は自身も出産経験がありそうな年齢だ。俺を取り上げたのがその人だ。使用人としては経験豊富なのだろうが、俺が目が見えるのを知り大騒ぎしていたのを見ると、若干やかましいおばさん感が出ている。
対してこの少女は異彩を放っていた。穏やかな表情を保ちながら、俺に対する疑惑の念を見抜き、俺を守る最良手を講じた。俺は彼女に心の中で感謝を述べた。
しかし俺の興味はすぐに移り変わった。少女もまた、赤ん坊を抱いているのだ。気づかなかった。
「奥様、こちらも抱いてあげてください。」
少女は手に抱く子供を、母に渡した。
「よかったわ、この子だけだったらどうしようかと__。」
母はぼそりと呟いた。
「まさか、双子だとは。びっくりしましたね。本当、お疲れさまでした。」
「ええ、あなたも初めての出産なのに落ち着いていて安心したわ。」
母が少女の頭をなでる。少女はその手を優しく下ろし、
「恐縮です。しかし、私1人でしたらどうしようもありませんでした。」
そう言って、おばさんメイドの方を向く。なんてできる人なんだ。生前の俺より社会人スキルが高いとは。
「名前はどうするの、あなた。」
母が双子の子と目を合わせながら言う。こちらの子は目は見えていないようだ。
「うーん、そうだなあ。じゃあ、こっちがバランタインで、そっちがアマレットだ。」
ネーミングセンスは、まあ、何とも言えないな。穏やかな組み合わせではないが、まあ獺祭とか八海山になるよりはましと考えよう。
少女は少しうれしそうに復唱した。
「かしこまりました。お姉さまがアマレット様で、弟さまがバランタイン様ですね。」
ああ、あっちの子は女の子だったのか。不安だなあ、前世では一人っ子だったのに、ましては女の子なんて。うまくやっていける自信はないぞ?あ、でも姉にはこの少女の使用人がいるのだし、何とかなるか?
そんな不安を抱えていると__
「いや、兄がバランタイン、妹がアマレットだ。」
父が口を挟んだ。少女の使用人はやんわりと訂正しようとする。
「ご主人様、生まれたのはアマレット様が先で__」
「知っている。だが所詮は双子、大した差はなかろう。」
父は静かに言い放った。しかし、少女の使用人はまだ食い下がろうとする。
「でも__」
「その方が当家にとって都合がいい。」
父が遮るように言う。
少女は何か言いかけたがやめた。物憂げで悲しそうな顔をしているが、母は頭をなで、おばさん使用人も彼女をなだめる。
前時代的な価値観だ。しかし常識は時代によって変わるもの。男子が次の当主となるといった価値観に関しては、前世にもあった。嫌なものを見てしまった。俺の妹、(実質の姉)はこれからどうなるのだろうか。今の俺にできることは、ない。それに何かしてやろうという善意が出せるほどに俺は現状を理解していない。
ただ一つ言えることは、この体は紛れもなく自分のものであるということだ。
今がいつの時代で、どのような世界なのかはまだ分からない。しかし、意思があり体がある。もしこれが何かの運命で与えられたやり直しの機会なのだとしたら、せっかく転生したので今回は気楽に生きよう。
そう思った。
睡魔にはもう抗えそうもなかった。
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