出来の悪い脱出ゲーム

殺風景過ぎる。

　うーん。どうだろ。ちょっと手抜き過ぎやしないか。

　インタラクト出来そうなものはひとつだけ。

　部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルに、段ボールの箱。

　梱包に使われるようなものではなくて、大きめの本と同じ程度の大きさ。カラフルなイラストから、監獄からの脱出をモチーフにしている事がわかる。

　見た目は出来が良い。既製品の画像を使っているということだろう。

　基本的に、ずっと出来は悪かった。導線は悪く、どこがインタラクトできる場所かもわからない。アイテムが多過ぎて総当たりを余儀なくされる。ヒントやひらめきで導かれるのとは全く無関係な解法やオチ。プレイするのが苦痛なほど。

　しかし、他にやる事も無いので黙ってプレイするしかない。

　それを思うと、今日のコレはかなりマシな方だろう。なんたって既製品のコピーだ。コンポーネントが正しく再現されていれば十分楽しめるものになっているはずだ。法的にクリアなのかは分からないが、我々が楽しむ分には問題無いだろう。

　箱の開け方に手こずっていると、自動的に中身が展開される。小テーブルはいつの間にか消え、複数のヒントファイルや解答用紙が並べられていく。手錠なんてモノも入っている。なかなか凝っているな。

「さて。どれから手をつけようか」

　解答用紙を持つと、ペンと白い紙が現れる。なるほど。これにメモをしろという事か。

　解答はこのペンで手書きをしたら良いんだろうか。文字認証だと、ワタシは良いが、字の汚いアイツは相性が悪いかもしれない。宿題のアプリが手書き文字を上手く判定できず、よく機嫌を悪くしていた。漢字の書き順を調べて直せとよく叱ったのを思い出した。

　……？　アイツ？　誰の事だろう。

　俺に字の汚さを指摘させるようなヤツが居るのか？　俺の字だって相当汚いが。

　鉤括弧を組み合わせたような図形がいくつか並んでいる。解答欄と照らし合わせると、五文字ほどの言葉が答えのようだ。何か別のシートを被せると、シートの模様と合わさって文字に見えるのだろう。もしくは、見方を変えれば何か文字に見えるのだろうか。

　コレ系は苦手だ。発想の転換や、純粋な観察力が必要な謎。

　えーと、アイツはどうやっていたかな。そうだ、色を白黒反転させる、なんて事をやっていたな。やっぱりそうだ。カタカナに見えるぞ。えーと。【オトシモノ】か。

　こっちはすぐに分かりそうだ。断片的な図形だが、トランプの柄を表しているのに気が付けた。おそらく柄を表す言葉の一部分をそれぞれ組み合わせて、ひとつの言葉になるんだろう。

　アイツと一緒にやった脱出ゲームに似たような謎があった。あの時は、洋館で起きた殺人事件を探偵が解決する、というモチーフだった。

　……。そうだ。アイツは怖がりで、ポップなイラストで描かれている洋館でも、事件現場の描写が怖くて涙目になっていた。やめるか聞いたら

「諦めると悔しいからがんばる」

　と。あぁ。そうだ。アイツは

　父は、加齢のアルツハイマーと脳腫瘍による重度の相貌失認、と診断された。物の性質などは覚えているようだが、僕の事は全く分からなくなっている。

　まぁそんな病状で、寝たきりではなく、首から下は元気でいてくれるんだから、御の字と言えなくもない。

　もちろん辛い。父は無愛想だが温厚で、聡明だった。

　こんな、訳の分からない、棚の物を全て引っ張り出してはそこらに叩きつけるような、凶暴な抜け殻になってしまうとは。

　本を裂き、引き出しをひっくり返し、壁を叩き、機械はドライバーで丁寧に分解する。必然、部屋に物は置けず、無理によく言えばミニマリストの部屋のようになっていく。実際は、多少日当たりの良い監獄だ。

　甥っ子に頼まれて買った、自宅で解いて遊ぶ脱出ゲームは、たまたま部屋に置きっぱなしにしていただけだった。

　じっと箱を眺めて動かない父を見つけ、もしかしたら中身が見たいのかとパッケージを開ける。ファイルを一つずつ見えるように、カーペットへ並べてやる。

　動きがあった。黙々とヒントを読み始める。物を書くような仕草をしたので、メモ用紙とペンを渡した。

　解いている。答えは合っているように見える。

　２、３回、父がこういったゲームに付き合ってくれた事があった。普段気難しい父は、遊びの時も気難しく、正直面倒だった。向こうも面倒だったに違いない。そう思っていた。

　父が、何かぶつぶつ話している。声を聞いたのは何ヶ月ぶりだろう。

　何もない方へ向かい、話しかける。

「ユウジ」

　眉根を寄せたまま、言う。

「お父さんも諦めないぞ」